声の種類と演目

歌い手の声の種類は、色々です。ソプラノ、メゾ、アルト、テノール、バリトンといった大まかな声部があり、更に、各声部のなかでも、声の質によって細かい分類があります。例えば、ソプラノだったら、軽い順から、レッジェーロ、リリコ・レッジェーロ、リリコ、リリコ・スピント、リリコ・ドラマンティコといった具合。男声も、同じですね。しかし、これは、高い音が出ないから、重いものを歌うと言うことでなく、単に、音色です。例えば、シャーリー・バレットというメゾなどは、テクニック的に高い音もきちんと使えるために、ヴェルディのマクベス夫人などを歌ったりします。これはソプラノの曲なのですね。テノールなども本来はリリコ・レッジェーロであっても、ロッシーニからヴェルディまでレパートリーとして持っていたりするのです。

この境は、私にも良くわかりませんが、テクニックやニュアンスなどが使えれば、声が出る限り、どの役でも出来るという広さを持っているのだと思います。しかし、歌い手さんの方は、自分で楽曲を選ぶ場合に、どこまで自分の声の幅を認識しているのでしょうか?時々あららと思うことがあるのです。

今、研究生の授業では、色んなオペラのアンサンブルをやっています。ある一場面選んで、それを演じて試験とするわけですが、女声の数が圧倒的に多いこの世界では、こういった授業にも助演として男声が入ってきます。彼らは、出来る限りのご奉仕として、役を二役か三役振り分けられるわけですが、その中にも必ずしも、自分の声部にあってないものもあります。何せ、いないんですから、しょうがない。例えば、本来はロッシーニバリトンであるはずの人が、「椿姫」のジェルモンもやるといった感じ。今も、一人のバリトン君が、この憂き目に会っています(笑)。

こういった場合、歌う方は必ず役に自分の声をあわそうとします。つまり、ジェルモンと言う父親の役に必要な威厳を声で現そうとしています。だから、必要以上に重く歌い、声をつぶしてしまいそうです。

私は実は、これは違うと思っているのですね。基本的に持ち声が変わるわけはないのだから、声質だけの問題ならば、わざわざ声をそれっぽくしなくても、音楽感やリブレットの読み方さえ、しっかりしていれば、ちゃんと威厳のある父親は出来るのです。
先の助演君も、最初えらく気張って威厳を出そうと、頑張って歌っていましたが、一曲終わったら、は~は~言ってます。これでは持ちませんね(^^;)

ジェルモンは、父親役ということで、かなり皆さんも重々しい声を想像なさるでしょうが、実は楽譜上はテノール?と見まごうほどの高い音の羅列です。バリトンにしては、かなりきつい音の並び。ほとんど五線を越えています。その中に書いてあることは、しかし、重厚で、しかも、誠実さがある(解釈の仕方は色々ですよ)。この高い音のラインを、きちんとした発声で歌っていないと、あっという間に、つぶれてしまいます。

そこで、そのバリトン君に、色々お話をして、私の解釈と楽譜上のことと、そして、何より彼の持ち味である、高い音の響きを戻してもらいました。このバリトン君は、高音のE、F、Gくらいの音がすごく綺麗でつややかです。しかし、きちんとバリトンの響きを持っており、決してテノールのような明るさではないのです。確かに、若く聴こえますが、それに伴ってばたばた動かずに、音楽だけを感じていれば、十分、ジェルモンに見えます。もとい、聴こえてくるのです。

どの楽曲を扱うときも、自分の持ち声を変えずに内容で役を創る。そこは、絶対だと思うのです。後は、きっとテクニックをしっかりつけると言うことなのでしょうね。マリア・カラスなどは、元々はリリコの声でありながら、「ルチア」の狂乱のアリアや、ロッシーニなどを沢山歌っていました。声はあまり良くないといわれながらも、アジリタ(早いパッセージです)のテクニックが抜群だったために、役の幅が広かったのですね。もちろん、感性も表現力もあったわけです。

やはり、ここにも歌い手自身が、己と言う歌い手を客観的に見つめる能力を求められると思います。その上で、テクニックを磨いて、役の幅を広げる。でも、それは決して、役に自分の声を合わすことじゃないのだと思うのです。
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by kuniko_maekawa | 2006-06-28 22:12 | 歌手 | Comments(2)

Commented by ぼんち@Vodafone at 2006-06-29 12:22 x
ジェルモンを例にとると、あれ、
系統的には低いテノールから派生した役なんですよ。
つまり、ジェルモン歌いをバロック時代に
タイムマシンで連れて行ったら、
確実にテノールのレッテルを貼られるのです。

話を「フィガロ」で考えてみると、
バルトロって結構高いでしょう?
アンサンブルではコンテより高いと。
これは、初演したブッサーニがつい2、3年前まで
テノールの看板を掲げて歌っていたからなのです。
これと同じことが騎士長やアルフォンソに与えられていると。
親父さん役が低音に与えられるようになったのは
主にドイツロマン派オペラからで、
イタリアオペラの流れでは親父役は低いテノール、
現代の区分では高いバリトンに与えられてきたのです。
ヴェルディって、本来のベルカントに必須の
「ファルセット」を排除した最初の人間です。
当時の感覚からすれば、歌手が胸声だけで歌う、
ということそのものが既に「重厚」だったわけで、
現代ジェルモンに求められている重厚さというのは、
どちらかというとドイツロマン派から輸入したイメージ
という事情なんじゃないかと思いますね。
以上、声楽技法史からの見解でした。
Commented by うさぎ屋店主 at 2006-06-29 13:14 x
すごいですね~!一講義聞きました(^^)。何にせよ、色んな方向から、歌い手も認識を持った方がいいということですよね。勉強になりました!