音楽稽古

もう日付は変わっちゃいましたが、本日は音楽稽古なるものに顔を出してきました。
オペラの公演をやる場合、最初に始まる稽古が音楽稽古です。何せ、音楽が主体ですから、楽譜を勉強して覚えていく事から始まりますが、この「音楽稽古」と言うのは、一番色んな形を持ってしまうものなのではないでしょうか。
私自身は音楽稽古と言うのは、すでに歌い手自身で、或いはコレペティ稽古などをし、音楽を作ってきた上で、マエストロ(本指揮者です)の音楽とあわせていくという、そう言う作業をするものだと思っていますが、中々ここまでもちゃんとした音楽稽古になることも少ないような気もします。こう言ったことは、やはり大きな団体に関しては、きちんとなされています。藤原歌劇団や二期会などは、外人キャストやマエストロ等からの要求もあるでしょうし、何より、やはり歌い手のレベルは高い。それに音楽スタッフのレベルが高い。こう言うところは、類は友を呼ぶで、良い歌い手や演出家が居れば、それに見合ったスタッフが集まると言うことでしょう。
しかし、地方オペラや、小さな公演では、逆に一番難しいのがここのところです。何故か・・・。正直に言わせて頂くと、良い音楽スタッフが育っていないからです。
今日も、本指揮者ではなく、副指揮者がソリストの音楽稽古をしていましたが、頑張ってはいるのですが、彼の仕切りではとてもとても、音楽を創るというところまでいきません。まず、稽古場の空気が締まりません。彼自身の温厚な性格もあるのでしょうが、これは信用が無いことを示してもいます。つまり、舐められてる。どんなに、休憩中や稽古中に楽しい雰囲気になっても、音がなったらなんとなく場が締まるものですが、今日はそう言うことは一切ありませんでした。それもしょうがないかもしれません。彼のやっている稽古はただの音取りですから。オペラの場合、アリアなどはもちろん自分で勉強すればある程度音楽も創れますが、アンサンブルと言って、2重唱以上に成ってきますと、さすがに相手が居なくては音楽が創れません。音をとってきたものを、合わせていくのが稽古場。そこをまとめて音楽を創り上げるのが指揮者の仕事です。しかし、今日の彼は、音楽を流すだけで、例えば音が間違っていた、言葉が間違っていた、アンサンブルに乗り遅れた、こう言ったことを繰り返すこともしませんでした。かといって、テンションが高くも無く、これでは音が身体に入ってきません。立ち稽古もそうですが、駄目なところはしつこいほど返しをしなければ、体がなじんでくれません。こう言う風に、仕切る人間によって、音楽稽古はただの音取りで終わるか、音楽を作る現場になるかが決まります。これはピアニストにも言えることです。オペラの稽古場でピアノは「オケ」と呼ばれています。文字通りオーケストラの代わりですから、指先一つで歌い手にインスピレーションを与えるような音が出せる事が望ましいです。これは指揮者より大切かもしれません。耳に聴こえてくる音一つで、稽古場が明らかに変わります。歌い手のテンションが変わるのです。本当に繊細な仕事だと思います。
指揮者もピアニストも人材が少ない上に、ある意味個人のセンスや、頭の良さなども絶対に必要ですから、中々良い人材が育ちません。しかし、やりたい人は多いらしく、どこにいっても「指揮者」とかいてある名刺をいただきます。しかし、その名刺を頂いた人達の中で、きちんとお仕事をして下さった方は片手で終わります。これは実は今のオペラ界で一番問題なのかもしれません。
音楽稽古はオペラに於いては芝居の台本を読み合わせるのと同じことです。歌い手も指揮者も、演出家も、音楽稽古の段階でお互いのコンセプトを持ち出して話し合い、そして作品を読んでいくことが必要だと思います。地方に行くと、もっと環境は良くなく、ピアニストも弾けないピアニストが多いです。しかし、これは責めるわけには行きません。東京にいると言うことは情報が多いというだけです。だからこそ、私達が地方で仕事をすることは意味があります。日本中にオペラを広めるには、こうしたスタッフを育てていくことも大切なことだと、本当に思います。
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by kuniko_maekawa | 2005-08-20 00:38 | オペラなお仕事 | Comments(0)

オペラ・レッスンのこと、演出のこと、舞台や絵画や色んなことを書きまくっています。


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