カテゴリ:稽古場( 25 )

「稽古場Vol6 リア王」スナップショット!

お待たせしました。
先日19日と20日にやった「リア王」のスナップショットをアップします。

ただ、VDを置いた位置が悪かったので、あんまり画像が良くなく、なんだかわかりませんが、取り合えず、雰囲気だけでもお伝えできるかな~。

まずは19日。

基本的には客席を人数分、エリアの周りに置き、動く場所を真ん中に集約して、読み手はそれぞれ「ホーム」と呼ばれる、場所を確保し、動きたい時に動いて行くという感じ。
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センターにおいていある、三角形のオブジェらしき物や、右側にある月らしきものは、普通の間接照明です。みんなが手に持って歩いているものとかも、それぞれ部屋の中にあるものを持ってきていただきました。

三角形オブジェとお月様は、照明をやってくださったASGの稲葉直人君の私物(^^;)。
ちゃんと対応できるように、細工をしてきてくださったんだそう。

今回のコンセプトは、「音に刺激された身体と空間を創る」と言うもの。

なので、照明も打ち合わせはしませんでした。

最初は間接照明だけでやろうとしてたんだですが、さすがに台本を読まないといけないと言う事がシビアなものになってきて、稲葉君の方で色々と手当てを入れてもらって、こういう空間になりましたが、彼も、読み手の台詞と動きを見ながら、ライブで明かりを創っていました。

これはたった一夜の一度だけの空間です。

二日目の20日は、逆に動かずに、本来のコンセプトに近い、「音」の刺激を求めてみました。

前日、センターを守ってくれた三角オブジェはそのままで、今度は、その三角を囲んで客席を円形に設置し、読み手は、その客席をぐるりと囲む状態で、お客様からは、読み手の顔が見えない状態を作りました。

明かりも、前日とは違って、手元明かりとして読み手の椅子につけた、クリップライトと間接照明のみ。

動いたのか動かないのかわからないくらいの、明かりの中で、声だけがお客様の頭の上を色んな方向にトンで行くという感じ。
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なんか新興宗教の集会みたいになってますが、これが結構評判が良かったんです。

門仲天井ホールは、この窓を開けて夜景を楽しみながらライブが出来るのが、また楽しい空間です。

前日は、明かりを創っていたので、途中からカーテンを開けて夜景を入れましたが、20日は最初から窓を開けて、暮れていく夜景も合わせて、空間を作りました。

そうすると、聞き手のイマジネーションを誘うらしく、物語りにのめりこんだという感想が多かったです。

本当に、聴いていただいたお客様には、大感謝です!

いつもは「稽古場」は無料公開をしています。

今回は、カンパと言うこともそうですが、これから続けていくために、試みに参加していただくという意味でも、入場料を設定しました。

にも関わらず、予想よりも多くのお客様に足を運んでいただき、読み手も私も本当に気持ちよい空間を創らせていただきました。

読み手の皆さんも、すべての方々が参加費を払っての公演でしたが、なんと言うか、オペラ歌手の可能性はいかほどかと改めて感動しました。

やはり、音を扱う人たちの耳はすごい!

私の放つ様々な言葉を、瞬時にキャッチして、声の音を変えてくださるのもそうですが、キャッチするスピードが速い。ってことは、かなり風通しが良いということ。

こんな不思議な創り方をしているにも関わらず、まるで何ヶ月も稽古していたような、チームワークが生まれていました。それだけ、自分を放してくださっていたというのが嬉しかったですね。

何より、オペラ歌手としては、それぞれが舞台を踏んだ経験がある人たち。

客に対しての責任がちゃんとあります。

決して「勉強」とか「経験」ではそこに居なかった彼らに脱帽です。

藤原歌劇団団員の中村靖さん、柴山昌宣さん、藤原歌劇団準団員の折河宏治君、江口浩平君、上田誠司君、松田麻美さん、宮本彩音さん、楢松雅子さん、そして普段は演出家の恵川智美さん、本当にありがとうございました。
彼らが本職でも素晴らしいのは、才能だとはっきりわかった夜でしたね(^^)

照明の稲葉直人君は、毎回私の作品に明かりを出してくれる人ですが、いつもいつも演出に添いながら、良い感じで裏切ってびっくりさせてくれる人です。

私の今のキャリアでは、中々大きな舞台を彼とやる機会は無いのですが、どんなものでも、その時私が望んでいる形で、現場に居てくれる貴重なスタッフの一人です。

こういうライブ感のあるものをやっていると、当然、感性だけの話し合いになってくるので、今回はいつも感じないことも、感じながらのコラボでした。それも新鮮で面白かった。

時間と予算があれば、もっと違うことも出来たのでしょうが、それはどこの現場でも思うこと。
いつか彼の心にも叶う現場を一緒にやれればと思い続けています。本当に感謝、感謝!(^^)

こういった試みの大きな目的は、「経験」ではありますが、今までと違って、外側への発信を考えたのは成功でした。

私の創る場には、関わる人たちを「観て」「知って」帰っていく人が居て欲しい。

どう変容していくかはわかりませんが、「稽古場」は更に進化して、続けて行くと思います。

本当に、参加してくださった方々、客席に座ってくださったお客様、心の底から、感謝しています。

ありがとうございました!
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by kuniko_maekawa | 2009-08-26 15:44 | 稽古場 | Comments(0)

「稽古場Vol。6 リア王」無事、終了!

昨日、「リア王」の公演が終了いたしました。

両日の舞台稽古、本番と、思ったよりもお客様が入ってくださり、嬉しい誤算が沢山ありました。

今回は、二日間の公演を二パターンに分けて感性を止めずに、「リア王」を表現媒体にしてみました。

その結果、19日の方は、台本を持ったままでしたが、ある程度自由に身体を動かして行き、耳と目の刺激で空間を作りました。

二日目の方は、逆に、お客様を中心に円を描くように座っていただき、その周りを読み手が囲い、動かずに「朗読」をいたしました。

ただし、客席の真ん中には間接照明が一つあり、ホールの特色である大きな窓を、カーテンを開けて夜空を見せながら、読み手の手元明かりだけが動いていくという、耳を刺激する空間を作りました。

照明操作をお願いしたのは、ASGの稲葉直人さん。

今回は、明かりもライブで作っていきたかったので、稽古にきてもらって、みんなの読んでいるのを聴いてもらったら、後は本当に簡単に用意するものだけを決めて、ホールに行きました。

用意したのは、間接照明を5,6灯。

普段部屋で使っているものです。

それを稲葉君が操作できるようにしてくれて、実際の照明と同じような情景が生まれ、幻想的な空間になりました。

まだVDを整理できてないので、ビデオショットを撮りましたらば、改めてアップします。

それにしても、今回参加してくださった、オペラ歌手&演出家さんの風通しの良いこと!

自分で選んだとはいえ、ここまで自由に身体と言葉を扱ってくださるとは、かなり嬉しく予測を裏切られました。

私はといえば、「道化」と言う役の台詞を覚え、その言葉を頼りに、身体を動かしたり、明かりを動かしたりしながら、確実に自分の中に生まれる欲求を感じられて、かなり面白かったです。

観てくださった方々も、それぞれ楽しんでくださり、特に動かなかった20日の朗読に関して、色んな感想があったことが私の一番の収穫です。

とにかく、可能性と言う物は、知らないことを経験するから起こってくる、ということが証明された夜でもありましたね。

参加してくださった方々、客席に座ってくださった方々、本当にありがとうございました!

詳細は、これから順にアップしていきますね。
お楽しみに!(^^)
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by kuniko_maekawa | 2009-08-21 14:06 | 稽古場 | Comments(0)

「稽古場Vol6 ~ リア王 ~」のお知らせ

本番までトップに置いておきます。
新しい記事はお隣をご覧くださいね~(^^)

稽古場Vol.6「リア王」
~言葉と声と身体を使ってシェークスピアを読む?の巻き~

★「稽古場」とは?
ある一つの演目を心ゆくまで「稽古する場」として、2002年に活動を開始しました。
「場」を共有すると言うことで、演出、歌手、演奏者ともに稽古場代を参加費にし、あらゆることを試し、稽古場を成立させるということがコンセプトです。
6回目となる今回は、その可能性をもう少し広げて、「音」としての言葉とそれに刺激を受ける身体を創ってみたいと思いました。選んだ演目はシェークスピアの戯曲「リア王」。
実の娘に裏切られ狂王となった悲劇の台詞を、私たちがどう捉え、刺激され、そして空間を動かしていくのか・・・・。
客席に座った方々も、空間を創る参加者として存在することが「稽古場」の面白さです。そのため、今回は午後枠と夜の枠と二つの枠を設けました。
午後はリハーサルを兼ねて、空間を明かりとともに創っていく舞台稽古作業。
夜はその舞台稽古によって出来上がった箇所をリーディングする「本番」の作業。
どちらも参加可能です。「稽古場」の意味は、参加してくださった方々一人ひとりの中にあります。
皆様の御来場を心からお待ちしています!        「稽古場」主催  前川久仁子

読み手 中村靖、恵川智美、柴山昌宣、前川久仁子、松田麻美
        折河宏治、江口浩平、宮本彩音、楢松雅子、上田誠司

照明 稲葉直人(ASG)  協力:荒川はるか

2009年8月19日(水)
20日(木) 両日:14-16(舞台稽古) 18:30-20(本番) 
    舞台稽古:500円  本番:1000円  舞台稽古・本番通し:1,200円

門仲天井ホール(都営大江戸線徒歩1分、東西線門前仲町徒歩3分)

★今回はチケットではなく、受付でお名前を確認し、精算入場となります。ですので、あらかじめ御予約をいただきたいと思います。このブログのコメントでも構いませんし、graziadioamore@yahoo.co.jp (前川)
で受け付けます。

どんなことになるか想像も付きませんが、参加してくださる方々と、思う存分楽しみたいと思います。
多分、面白いのは昼の枠かな~。

きっと四苦八苦しながら作っているでしょうから。

今回入場料をいただくのは、こういう催しをすると、必ず花束とか差し入れとかいただくので、それならばカンパしてくださいという主旨のもと。

私たちの試みを続けさせていただくためにも、御協力ください。

予約はこのブログでも受け付けます。
非公開コメントにしていただいて、お名前をお知らせください。

さっそく予約いただいた方もいて、なんだか楽しくなりそうです!

御予約、お待ちしています!
                
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by kuniko_maekawa | 2009-08-19 10:53 | 稽古場 | Comments(0)

台詞を覚えるの巻き

さて、今日も「リア王」の稽古は続きます。

明日、一回稽古したらば、もうホールに行きますので、なんとなくまとめていますが、今回は「生み出すことをみせる」というのもコンセプトなので、台本に慣れるために、何度か読んでいるという感じ。

朗読ですから、読み手は台本をそれぞれ持って読みますが、止まったままでは結局台詞が動いてこないので、いつの間にかみんな勝手に動き出してきます。

そこで、困るのが照明。

今回のもう一つのコンセプトは、「空間も刺激すること」。

つまり、読み手の台詞の音を聴いて、明かりが動いて空間を創ると言う事なんですが、そのために用意されたのは、間接照明。

普通にみんなの自宅にあるものです。

これとホールにある常設の照明を使って、操作してくれるのは、ASGの稲葉直人さん。

いつも私の演出作品に関わってくださっている照明家。

普段、作品を作っているときは、まずある程度出来上がったところで、稽古を見てもらって、それから打ち合わせをしてプランを立てるという感じなんですが、今回は、このプランを立てると言う部分を、ライブで行おうと思っています。

ここ二日くらい、稽古場に来てくれて、私たちの読むのを聴きながら、彼的に色々と考えていることはあるみたいですが、如何せん、私が読み手の中に居るのと、明かりを創ると言う作業も、読むことと同じと考えているために、プランは曖昧なままでホールに入ることになりました。

と、言うより、決められないのですね。
当日、何が起こるかわからないから(笑)。

しかし、それこそが狙い。

何もかもを創りだす瞬間を「創って」みたい。

ってことで、私の中の新しい試みは、台詞を覚えてみるってことです。

どうしても台本を持っているので、明かりを完全に落とすことが出来ず、間接照明だけでも、暗さに慣れないことが怖い。

読み手が読めなくなると、成立しませんよね。

照明家も、一度くらいは明かりを落としたいだろう。

私自身も、台本があるがために、明かりとのコラポレーションが出来ないのは、ちょっと不本意。

かといって、すべての台本を覚えるのは無理かなあ。

なので、私の長台詞を一箇所、覚えてコラボすることにしました。

しかしながら、今まで覚えるという作業をしたこと無い私。

中々頭に入らないのが現状。

ほんとにオペラ歌手とか役者さんはすごいっ!

どうやって二時間のものを覚えるんだろう?????

なんとか言葉は入ってきましたが、本番どうなることやら。

でも、こうやって読んでいること自体が私に取っては経験です。

今まで使ったことのない、身体の可能性を見つける。

そこに生まれる感情に気付く。

これをやりたいからこそ、「稽古場」を企画します。

とにかく、私は結構おたおたし、言葉を聴き、稽古場を成立させています。

この形が、そのまま19日と20日に皆さんの前に出ます。

どうぞ会場にお越しください。

本当に面白いですから~!(^^)
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by kuniko_maekawa | 2009-08-16 23:22 | 稽古場 | Comments(0)

自由になること

さて、「リア王」の稽古が佳境に入ってきました。

と言っても、3日に稽古をしてから、物理的に私のスケジュールが増えたことと台風の影響で、稽古はほぼ10日ほど空いてしまいました。

昨日久しぶりに稽古場に戻って、読み始めたらば、なんだか感覚が戻ってこない。

今回の「リア王」は自分でも読みますから、読み手の音をまとめている場合じゃなく、自分の音も作りたい。

けれど、物理的に演出を担っているわけだから、取り合えず、自分も自分で演出しなきゃ・・・・。
そのために私が最初にやることは、耳を開くこと。

私は、自分で言うのもなんですが、こういうことをやっている時、結構感覚を開放できます。

というより、開放しないと出来ない。

その感覚は、上手く言えないけれど、身体の中に風が常に流れている感じ。

一度息を吸ったらば、ず~っと循環されていて、それと共に自然に声や身体が動く。

なので、一度その状態に入ったらば、まず耳が開きっぱなしになります。

これも不思議なもので、目で見ているものは現実感がありすぎて、感性を刺激しないみたいなんですよね。

なので、今回も私はほとんど台本を見ながら、耳だけ開いて、感じたことを勝手に言い放って稽古場を動かしています。

この私の感覚を楽しんでもらえれば、稽古場はかなり動きます。

耳と耳が刺激しあって、自然に身体が空間を創る。

今回の読み手の皆さんは、かなり風通しがよく、かなり真面目に取り組んでくださっています。

しかし、時として稽古場が動かない時がある。

昨日も久しぶりだったせいか、ちょっとそんな感じでした。

頑張って動かしてみようと思うのですが、これがまた余計な力みを産んで、結局から回りする。

役としての台詞を喋るのもそうですが、私はこの台詞と言う物を、もっと自由に泳がせたい。

シチュエーションは、自分を裏切らないと動きません。

ネガティブな台詞を、ただネガティブに読むだけで感情は表現できるかといえば、疑問。

そこを裏切って、違う切込みがどれだけできるかで、台詞の自由さが決まると思っています。

最大の問題は、私の耳が開くか開かないか、やってみないとわからないってこと。

昨日は実は、ちょっと開きにくかったんですよね。

そしたら、読み手が持ってきたシチュエーションに巻き込まれそうになって、空間が動かなくなった。

なんとなくがっかりして落ち込んだので、一緒に参加してくださっている演出家のEさんと、照明君とで夜ご飯を食べに行きました。

そこでも「なんかすっきりしません~」みたいなことをぐたぐた言ってると、Eさんが「前川の感覚はコンテンポラリーダンサーみたいだ」と言って慰めて?くれました。

なるほどね・・・・。

コンテンポラリーダンサーがどんな感覚かは正直わからないけど、ダンサー的ってことはわかるかも(笑)。

そう思ったらば、なんだかやるべきことも見えた気がして、今日の稽古はいつもの耳が戻ってくれたみたいでした。

この前川のおたおたぶりも、かなり面白いパフォーマンスになるはず(^^;)

とにかく、会場にお越しください!

まだまだお席はありますよ~(^0^)!
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by kuniko_maekawa | 2009-08-15 22:14 | 稽古場 | Comments(0)

台詞を自由にする

さて、先の記事でも書きましたように、現在、「稽古場Vol6 リア王」の本読みが続いています。

今日で三回目でしたが、中々毎日集中力一発!みたいな稽古をやっているので、エネルギーが日に日になくなっていくのがわかったりして・・・・・(^^;)

一日目に顔合わせと本読みをした時に、10人の声がかなり面白いトーンで集まったのは良かったのですが、原作の戯曲をカットしてカットして作った台本だったにも関わらず、軽く2時間かかる。

読み手の皆さんは、さすが、若くても舞台経験を肥やしにしている人たちばかりなので、考えて読みこなしてくださるのですが、それでも、声の面白さだけではこの2時間は埋まらない。

ってことで、必死になって新たに台本をカット。

そういう意味では、今回、物語を作ることがメインではありませんので、少々話の流れが変わっても気にしないモンね~と割り切って、9ページ分をばっさり切りました。

すっきりしたところで、やっと稽古開始です。

昨日、今日と私たちがやっているのは、「台詞を自由にする」こと。

先にも書きましたが、読み手の皆さんは本来の職業はオペラ歌手(私ともう一人演出家はいますが)。

声を出すことには問題もなく、元来、楽譜をちゃんと読んで勉強するという真面目さも取り合わせていますから、最初からちゃんと役を作って喋ってくれる。

それだけでも人前に出すには十分作品として成り立つのですが、今回のコンセプトは「言葉の刺激を受ける」ことですから、自分たちの範囲を広げないと、身体は動いてくれません。

つまり、台本として台詞を扱っていると、枠が出来てしまう。
文字通り「リア王」を読んでしまいます。

それでは空間が動かない。

私が考えている「言葉の刺激」と言うのは、自分を裏切ることです。

役を解釈して、筋通りに読み込んだ言葉を作るのじゃなく、ダイレクトに言葉のもっている意味に身体が反応したい。

例えば、リアが自分の国を分割するのに、それぞれ娘たちが自分に示した愛情に対して土地を分ける時、長女には「夫の子孫に対して」土地を分けるといい、次女には「お前とお前の子孫にたいして」と言う。

そこに長女に対するリアの愛情と、次女に対するリアの愛情の違いは明らかです。

この台詞を喋るリアの方は当然わかって喋るでしょうが、それでもわざとその違いを見せるか、それともなんでも無いようにその台詞を喋るか、長女に対して申し訳なさそうにするか、次女に対して愛情を過多に見せるか。

パターンは如何様でもあるのですが、そのパターンを読み手の感情で自由にチョイスしたい。

受けても、そのパターンによって、それをそのまま受け取るのか、裏切るのか、瞬時に判断して方向性を変えたい。

こういうパターンの裏切りが、次に受ける相手を翻弄し、台詞がまったく違う意味を持ってきます。

それと同時に、身体が自然に動いてくる。

思考から動きへの信号が至極自然に起こってくるのですね。

そうなると、当然、空間も動きます。

ある場所が出来上がってくる。

これをまた次の読み手が壊していく。

空間を裏切るのは、明かりであっても、音であっても良い。

それに動揺することさえ、シチュエーションのパターンを変えると言う事になります。

言葉にすると難しいですが、とにかく、まずは台詞と言う物に捕らわれないで勝手にシチュエーションを変えていく作業をし、台詞をもっと自由に泳がせることをしばらくやっています。

そういう意味では、どんどんと思考を発展させて、スクリュー的に要求を投げていくので、頭で考えることなく、皆さんテンションをあげて動いてくださるので、稽古場はいつも大爆笑の渦(^^;)。

今の段階が一番面白いかもしれませんね(笑)。

もうしばらく、この作業をやったらば、またまともに読むというところにも戻っていきます。

本番までには、まだ変容していきそうなので、今のところ、昼間と夜とどちらが面白いかわかりませんが、余裕があれば、両日観ていただくのが一番良さそう(笑)。

もし、そういう方がいらっしゃれば、お知らせください。
割引しますので。

何はともあれ、どうぞ、会場にお越しください。
相当面白いことになっていますので(^^)

それにしても歌手という人たちは素晴らしいです。
身体が声を出すと言う事が、ちゃんと訓練されている。

この企画をやって、本当に良かったと思います。

感謝しつつ。

とにかく観に来てください~!!!(^0^)
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by kuniko_maekawa | 2009-08-01 01:15 | 稽古場 | Comments(0)

「リア王」発進!

さて、本日より「稽古場Vol.6 リア王」の稽古が始まりました。

横の記事でもお知らせしていますように、今回は歌い手8人と演出家10人、そして照明家一人のコラポレーションです。

「リア王」はシェークスピアの中でも、「ハムレット」や「ロメオとジュリエット」同様、有名どころ。

名前だけは聞いたことがある、と言う方も多いのでは?

あらすじはこうです。

ブリテン国王リアは、長きに渡った戦いの日々を終え、老いの身を三人の娘たちに託し、余生を送ることにした。長女、次女はそれぞれが父王を褒め称え、その賞賛に値する領土をもらうのだが、末の娘だけは、嘘の言葉で飾ることが出来ず、リアの怒りを買い、フランス王の妃となって国を出る。
しかし、残った二人の娘はリアを疎ましく思い、城から荒野へ追い出してしまう。段々と気が狂っていくリア。
彼の運命は・・・・。

世界の巨匠、黒澤明監督の「乱」は、この物語を戦国時代に移したものです。

今回のコンセプトは、言葉に刺激を受ける身体と空間を創るということ。

私がいつも朗読会や、こういう場でシェークスピアを取り上げるのは、この台詞がすべてライブだと思っているから。

16世紀の劇場で、人々が食べ物を食べながら、役者たちに野次を飛ばしたり、笑ったり、泣いたりする度に、役者や劇作家たちが台詞をどんどん変えていく。

シェークスピアの特徴ある長台詞や比喩などは、いかに客を飽きさせずに面白がらせるかを考え続けて書き続けたという感じがして、読んでいるとワクワクしてくるのですね。

「リア王」も、娘たちに領土をわけようとして、結局は末娘を追い出してしまうという、いきなりの顛末は、芝居が始まって15分くらいの間に起こることです。

これだけでもかなり劇的だとわかります。

この激する言葉が、私たちの身体をどう刺激するか。

そして、その刺激が空間をどう動かしていくのか。

集まった人たちは、誰しも経験と感性を持っています。

今日は顔合わせで、初めてみんなで読んでみたのですが、中々面白い音が集まってきました。

明日からは、台詞を刈り込んでいきながら、まずは「読む」ということに慣れる作業をやって行きます。

そうしながら、段々に言葉の音を創っていき、心と耳を開いて、身体に風を通し始めます。

本当に面白くなりそうですよ~。

とにかく会場にお越しください。
お待ちしています~!(^0^)
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by kuniko_maekawa | 2009-07-30 00:18 | 稽古場 | Comments(0)

稽古場VOL5「セヴィリアの理髪師」最終日

昨日、「稽古場」の三回目の稽古をしました。
本当は、今日までの予定であったのですが、参加者の諸事情により、急遽打ち切り。演目はロッシーニの「セヴィリアの理髪師」の7番のデュエット。

一回目は台詞のみで芝居を作り、二回目はsecco部分を音楽稽古。そして、昨日は楽曲の部分を中心に音楽稽古をしました。

参加してくださったのは、藤原歌劇団準団員の松田麻美ちゃんと押川浩士君。
前回の記事にも書きましたが、本当に、この二人の才能にはびっくりします。特に、押川君。
いや~、歌います。本当に良く歌います。
ロッシーニには、アジリタと言う、早いパッセージの部分が随所に出てきます。これが、見事にすべての音が聴こえてきます。しかも、その早い部分にも言葉と言うものはありますから、それをちゃんとした単語や文章で捉えてくれる。元々、艶のある良い響きの声を持っていますから、どんなに早いパッセージでも、言葉が呪文のようになりません。すごい~・・・!

この人は、VOL3の「Don・Giovanni」の時でもそうでしたが、「面白い!」と言うスイッチが入ると、俄然、心と体が開いてきて、こちらが予測不可能な能力がどんどん出てきます。まさに、才能の宝庫!びっくりです。

対する松田麻美ちゃんは、今回も、「リゴレット」同様、彼女の元々のレパートリーではありません。メゾの曲ですしね。しかし、感性の豊かさと芝居の感覚は相変わらず、鋭いです。
この人の特色として、そういった感性が「熟している」ということがあります。

ブッファのものを演じる落とし穴は、とかくメルヘンチック、漫画チックになってしまうこと。
内容自体が深くないものも多いので、つい、コメディアデラルテのコロンビーナみたいな感覚で作ってしまいますが、彼女には、それプラス、ブラックな資質があります。これが、最高に面白いです。それこそ、予測できない。一癖も二癖もありそうって言う、ロジーナが出来上がります。

しかし、これは彼女の経験とか知識もさることながら、言葉の捉え方が豊かだから起こりえることです。「裏を読む」と言う言葉を良く使いますが、それは、相当に頭が良く、言葉の感覚の引き出しを一杯持ってないと出来ません。役者でもそうですね。この感性が、彼女にあるのです。素晴らしい!

もちろん、これに加えて歌唱の妙もありますから、この二人で音楽を作っていくと、今まで気づかなかったことが、沢山見えてきますね。

そして、今回は大活躍のピアニスト、田村ルリちゃん。
彼女は、本当に面白い感性を持っています。もちろん、ピアノの音色自体も、豊かではっきりしていて好きなのですが、それ以上に、イメージの膨らみが、相当刺激を受けます。

通常、「稽古場」の稽古は、私が主となり、感じたことを勝手にしゃべっていきます。そうですね、議長のようなものですね。
それを歌い手達や、ピアニストがイメージをそれぞれ受け取って、膨らませていくのですが、ルリちゃんとやっていると、私の横で、黙って楽譜を観ているかと思うと、ぱっとイメージが膨らんだ瞬間に「今、感じたんだけど・・・」といいながら、彼女の思ったことをまったく主観的に、言葉にしたり、音にして見せてくれます。それを、聴きながら、またもや私達も「あ~、だから、そうなんだ~」と、その部分を音楽的に試してみる。そして、立ち稽古に発展させる。これが、かなり刺激的。

今回は、このイメージの受け渡しが、本当に面白かったです。

ロッシーニは、ご存知の方もいらっしゃるかと思うのですが、音楽がとても、楽しくて愉快。綺麗な音形も多いですよね。
しかし、この楽しさや、愉快さにあまり意味づけを感じられずに、私などは困ってしまっていました。

本来、深く理由を掘り下げて作りたいタイプでもあり、音楽的にも、そう感じるものの方が得意である私です。
ロッシーニ、ドニゼッティはそう言う意味で苦手だと思ってました。

しかし、昨日の稽古で、楽曲をイメージ合戦していた時、ふと、オケが随分身勝手に動いているのだな、と気づきました。

例えば、ロジーナが最初にアジリタを歌いますが、それに付けていたかと思うと、ふと、フィガロの歌いだしに合わせて、簡単に方向が変わる感じがする。
文章にするとわかりづらいのですが、変わり身を感じるのです。

それを口に出して話しているときに、ルリちゃんが、「オケを引いていると、役に付いて変わるときに、お客を引っ張っていく感じがする。だから、お客をいつも、驚かせたり、裏切ったりする。そう言う意味では、随分、お客に対してサービスしている感じがする」と言い出しました。

おおお~!それって言いえてるかも。
この楽曲の内容は、ロジーナとフィガロが、どちらがイニシアチブを取るかと言うものであり、その腹の探り合いが面白いのですが、オケはそれぞれのパーツに簡単に付いていって、いきなりロッシーニクレシェンドをして、二人を濁したり、お客の予想を良い意味で裏切っていくのです。
そうかと思えば、ここは、みんなで楽しみましょう~、といわんばかりに、デュエットの絡みになると、歌い手とオケの3者三様で、楽曲が盛り上がってくる。まるで、宝塚の鈴を振ってるカーテンコールみたいです。面白い~!!!

ロッシーニが作曲を始めたころ、オペラはサロンや晩餐会の出し物でした。
作曲の代償として、彼らは食事にありつくことができた。面白くなければ、客はすぐに幕を降ろさせたでしょうね。
客をどれだけ、飽きさせず、面白がらせるかが、その日の食事と引き換えだったわけで、かなりの切迫感はあったのでしょう。必死でエンターテナーになりうるしかなかったわけです。

こういったことは、本当に試してみないとわかりません。
私にしても、アシスタントをしていたとしても、今あるオペラの作品に、どれだけ関わることが出来るでしょうか。「稽古場」を始めて本当に良かったと、昨日もつくづく思いました。

それにしても、毎回、思うのですが、こんなことを続けていられるのも、参加してくれる人がいるから。しかも、みんな本当に才能があります。感謝しています。

この先、もっと、この形を広げていけたら、どんなにいいか。
来年からは、「稽古場」を、もう一段階外側に広げようと思っています。今年は二回も出来ました。来年は、三回、四回。歌い手を変えて、作品を変えて、作って行きたいと思います。とにかく、至福の時間でありました!
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by kuniko_maekawa | 2006-10-04 15:12 | 稽古場 | Comments(0)

「稽古場」VoL5「セイヴィリアの理髪師」

はい、今年は初めて1年に二回、「稽古場」を組みます。

いつも事の起こりは簡単なのですが、今回も。
前回「リゴレット」が終わった後に、ジルダをやってくれた松田麻美ちゃんが「秋口暇です~」と打ち上げの時に言ってました。それで、何の気なしに、「じゃあ、また稽古組んでみる?」と、投げたところ、「やりたい~」とのこと。

私自身は少し忙しくなってくる頃でしたが、それでも、時間はたっぷりあるので、思い切って組むことにしました。

さて、女性がメインで「稽古場」を組むのは初めて。今までは、私がやりたい演目を歌い手に投げていたような感じでしたから、自分のヴィジョンを持たずに稽古場を組むのも初めてです。
それで、彼女に問うてみたところ、「おもいっきり笑わせる役」がやりたいとのこと。

ああ、これまた苦手なブッファものを示唆されているらしい。う~ん・・・。
松田麻美ちゃんは非常に感性豊かな人。彼女ならば、きっと、どの役でもある程度のことはこなしてくれると思う。しかし、私はどうだい???

おりしも、次期研究生の修了公演の演目を決めている最中。色々作品名が応酬される中、やはり上がってくるのはロッシーニ。やっぱり楽しくなくちゃってわけです。
しかし、私はロッシーニが大の苦手。第一、こんなに曲が楽しかったら、やることないじゃん!それで、いつも玉砕しているわけですが、その苦手意識を払拭するためにも、ロッシーニに決定。

「セヴィラ」にしたのは、研究生などでNO7のデュエット等をよくやるので、麻美ちゃんの認識があったからですが、それよりも、私の苦手意識が高い演目だったので、ええい、やっちゃえ!とばかり。

相手をしてくれるのは藤原歌劇団準団員の押川浩士君。
昨年の「稽古場VoL3.Don・Giovanni」に参加してくれました。まだ30代の若いバリトン君ですが、素晴らしく良い響きの声と、高い身体能力を持っています。「セヴィリア」のフィガロは一本演じた経験があるのと、元々こう言うブッファのセンスがあります。本人も二つ返事でOK。
う~ん、役者が揃いました。

さて、今日はピアニストをいれずにseccoの部分を台詞で作ってみました。
つまり芝居で言う、読み合わせと言うわけですが、これが中々どうして、すごく面白かったです。

まず、松田麻美ちゃんの感覚の良さは健在。この人は本当に相手の台詞からのキャッチボールにセンスがあります。一応は、こちらの投げかけを受け取って台詞を作り出してくるのですが、それがまったく思いもよらない形になって戻ってきます。「こう出てくるのか~!」って感じ。
これは、本当に面白い。

対する押川君は、感性は良いのですが、スイッチが入るまでがちょっと時間がかかります。
今日も、読み始めた最初は、どこまで自分の世界を守っていいものか、測りかねているようでしたが、麻美ちゃんのダイレクトな変わりようと、こちらとのやりとりを素直に受け入れ始めてからは、俄然スイッチが入ってきました。そうなると、この人はいきなり欲が出てきてびっくりします。

これは前回の「Don・Giovanni」でもそうでしたが、彼は楽しくなってくると「もっと観て、もっと聴いて、もっと笑って!」みたいな欲求度がものすごく激しくなるのです。

そうなると麻美ちゃんとの掛け合いは、まさに偶然の産物。どういう手で出てくるか、お互いにわからないけど、モチベーションとテンションは上がりましたから、結構真剣勝負です。しのぎを削るって感じがはっきりあって、どきどきしました。おもしろ~い!

さて、私は、と言うと・・・・。
これが不思議なことに、今日はまったく苦手意識が起こりません。いつもだったら、少し自分のボルテージが下がるのに、この二人を相手にしていると、むしろどんどんイメージが湧いてきて、次から次に言葉が出てきます。えええ~、こう言うことか~!!!

もしやと思っていましたが、こうまではっきりするとは。
私がブッファを創るためには、良い歌い手が必須条件と言うことです。
今まで、この演目は、研究生のアンサンブル試験の時しか触ったことがありませんでした。しかし、相手は研究生。こちらがどんなに動かしたくても、動いてくれません。

私の頭の中では、楽譜上の世界観は出来ていましたから、後は歌い手に渡してしまって、適当に動いてもらえば、いつもだったらイメージが湧いてくるのに、この演目だけは全然駄目だったのです。

ところが、今日はすんなりやりたいことが出てくる。そして、楽譜に絵が見えてくる。
これはひとえに、麻美ちゃんと押川君のレベルが高いからです。もう、絶対にロッシーニをやる時は歌い手で決めることを決心しました。私のレベルじゃ、それが得策なんですね。いやいや~(^^;)

次回は音楽稽古。ピアニストは「リゴレット」の時に参加してくれた、田村ルリちゃん。彼女もとても楽しみです。感性は麻美ちゃんにも押川君にも負けません。彼女の感性も無限大。

今日も思いましたが、「稽古場」をやってよかったと思うのは、本当に、こう言う気づく瞬間があること。そして、それが打ち上げ花火にはならずに、必ず私のうちに「経験」として残っていくことです。これをやって、また私の中が変わってくる。

来年、「稽古場」を拡大して、ある演目をやりたいと思っています。これは公演に出来たら嬉しい。必ずやろうと思います。さて、次はどうなることやら。本当に楽しみです!(^^)
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by kuniko_maekawa | 2006-09-23 23:36 | 稽古場 | Comments(0)

「稽古場」VOL4「リゴレット」最終日

はい、無事に終わりました。これでお祭りが終わったと思うと少し寂しいのですが、実りの多い、4日間だったと思います。参加してくださった方と、見学にいらした方と、神様に感謝。(^^)

最終日の今日は、一番稽古場が広いところでした。
今年は、別に測ったわけではありませんが、立ち稽古に入って、段々に稽古場が大きくなっていった感じ。サイズのことです。それにつれて、稽古内容も大きくして行った感じがあります。一回目の立ち稽古では、極力しゃべることをやってもらって、歌うことは捨てても、言葉から生まれるものをメインに創っていきました。二回の目の昨日は、それから少し発展して、歌ってはいるのですが、音楽的要素を追いながら、場面を作っていきました。
そして、三回目の今日は、空間を広く使うと言うこと。そこまでに創ってきた、小さな空間を、もう少し拡げて、外側の影響も、感じてみようと思い、なるべく、歌い手の二人にも、距離をとって、演技してもらいました。

こうなると、面白いのは、ふと二人が黙ってしまう、空間だったりします。例えば、フェルマータ。オペラの楽譜に限らず、フェルマータと言う音楽記号は意外と使われています。目玉のような形の絵で、それが小節に付いた場合、「一旦止まる」と言う合図です。しかし、フェルマータと言うイタリア語自体は、「停まる、停留する」と言う意味ですから、私の感覚では、その先に続くために、一旦停留する。例えば、バス停にバスを待っているような感覚があります。
で、この広い空間で、こう言うフェルマータがある箇所にくると、お互いの息は感じていても、距離があって、動けないので、ピタッと空間が停まります。その瞬間に、リゴレットと、ジルダが二人っきりだと言う、空虚感みたいなものを感じる。

大きな理由は、稽古場が広いので、ピアノの音の余韻を、歌い手も見ているほうも、自然に感じると言うことだと思います。そして、そこから始まる次の音楽が、場面を自然に動かしていく。その空間を感じると言うことが、今までとは違って新鮮。
そして、空間が広くなると歌い手の身体が、簡単に(笑)、歌う体になってきます。これも、面白いメリットです。

しかし、歌い手自身は、今までの稽古が、空間を無視して感情的なことに走っていましたから、すごく狭い。これを、段々にゆるくしていって、体の外側に、音楽が感じられるように、崩していきました。ですから、空間にあわせて、段取りも変えますし、其れによって、おこる影響も、変わっていきますね。

参加者の二人は、少し戸惑ってはいましたが、基本的に稽古場に対して潔い人たちなので、こちらの意図を少しずつ汲み取っていきながら、最終的には、大きな息の流れを作ってくれました。後は、ピアニストの出した宿題を、私達がどう解決するか、と言うことのみ。

これは、リゴレットがモンテローネを受けて、自分が復讐をすると、言い放っていく最後の場面のところなのですが、そこのテンポを、ピアニストの田村さんが、「三連音符が装飾音符にならない程度の早さで、欲しい」と言うことを要求していました(歌唱に三連音符が頻繁に入っているのです)。普通、この箇所は、やっている方も、指揮者も場面のあおりを受けて、ほとんど2振りで行くような箇所です。そこを、4つ振りで考えたい。実際もテンポはあまり速くありません。私は、やはり、概念をちょっと捨てないといけなかったのですが、この広い空間の稽古場に来て、初めて、彼女の意図が見えてきました。

文章にするとわかりづらいのですが、この箇所は、オケで聞くと、ぶんちゃ、ぶんちゃ、と金管楽器みたいな音が入ってきます。そのテンポが、まるで「おもちゃの行進」のよう。そのことを、彼女が言っていたのですね。しかも、音楽表記は「Allegro vivo」です。つまり、陽気に活き活きと。一度、彼女が、そのリズムを刻んでくれたのですが、その時、感じたのは、ファンファーレなんだってこと。つまり、復讐することに生きがいを感じて、気がおかしくなっているリゴレットの頭上で、ファンファーレがなっていると言う感じ。ほとんど気が狂っています。それを表すためには、その金管が響けば響くほど、良いわけです。それを、速いテンポにすると、何をやっているのか、まったくわからなくなる。なるほど~!!!

こう言う異セクションの投げかけが、本当に私の経験値を上げてくれます。自分で起こした物ながら、毎年、やってよかったと思いますね。引き出しが沢山増えています。
今年は、本当に楽しくて、大笑いしながら稽古をしていました。其れも嬉しかった。この枝葉は絶対に切れることなく、また続けていけたらと思います。参加してくださった方、見学に来てくださった方、本当に、ありがとうございました!
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by kuniko_maekawa | 2006-07-27 23:22 | 稽古場 | Comments(0)