演出は戦いである!

ただいま、演出作業を週に2回ほど行いますので、頭の中は、そればかりになります。

弊害は、常に、24時間、音楽やプランが流れてくること。メリットは、レッスン等で楽譜を読んでいる時に、やはり稽古をしている時の方が楽譜が立体的に見えやすいこと。

それにしても、結構辛いことでもあります。余計なプレッシャーと、ストレスは日々収まることはありません。まるでインドの苦行。いえね、今、たまたまガンジス川の巡礼のドキュメンタリーを観ているからですが・・・ははは・・・(;;)

別に片足で立ち続けたり、沈黙を守ったりしているわけではありませんが、やはり、なんだか毎日重いという、感じはあります。

大きな理由は、稽古が始まったばかりで、段取りを渡している最中だからです。

段取りとは、作品を形にするとき、音楽に合わせてとか、言葉に合わせて決めるお約束事ですね。方向性とか、立つ場所とか、そういったもの。

もちろん、形だけではなくて、感情的なこと、プランと共に、渡していくことなので、私の中身も、一気に吐き出される瞬間でもあります。

今、この時が一番苦しいです。
なぜかと言うと、まるで予告編を溜め込んでいるみたいに、私の頭の中だけにあるプランが、全部を渡しきるまでに、少なくともひと月くらいはそのままになっており、その間、ずっと秘密を抱えた忍者みたいに、ただ、黙っているわけです。

これを一旦全部渡してしまえば、歌い手と共に、作っていく作業をすれば良いので、頭に残るものはありませんから、楽。一人で抱え込んでいるのがどうにも、こうにも・・・・。

しかも、プランは生き物ですから、ふと受けた刺激とか、TVの場面などが入ってきて、コロコロ変わりそうになります。それをまた、抑えるのも一苦労。
もちろん、それが良いこともありますが、それにしても、しんどい・・・・・。

後2回の授業で、段取りは全部渡しきる予定です。
そして、通した後にやっと詰め稽古に入ります。

それにしても、今回ほど、戦っている自分を認識している仕事はありません。
まあ、演出家としての経験は浅いですから、自分の経験値が増えて、作品の捉え方が変わっているだけですが、まさに、戦っていると言う言葉がぴったり。

作品自体とも戦っていますし、歌い手とも戦っていますし、そうしないと、はっきりとしたやりたい形が出来ない作品なのですね。でも、思ったよりも、周りは戦ってないのが、思わず空回り・・・?みたいな気分にさせます。(^^;)

それも、稽古が細かくなってから、歌い手達には初めてわかってくることなので、今は、本当に、私の空回りです。しょうがないですね。これが仕事です。

少しは、こういったせっかちな性格が収まると良いのですが、この歳では無理かも・・・(::)

これから字幕を作ります。
仕事には仕事を兼ねる。これが一番頭を切り替えるのに良い方法です。ああ、ワーカーホリックだ~・・・・!
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by kuniko_maekawa | 2007-01-24 20:39 | 演出家のつぶやき | Comments(2)

質問されると言うこと

最近、色んな現場に行っていつも思うことは、歌い手達の環境の変わり方です。

研究生や学生だった頃は、授業をやっても、演出家や指揮者に、質問ばかりをされています。
そして、この質問に答えるために、最大限に頭を使って、考えて、身体を使って、表現します。

これがいわゆる「プロ」になってくると、質問をされることはほとんどありません。
演出家、指揮者のコンセプトや要求を、ただ聴いて、それをこなす。

もちろん、これが「プロ」と言う形でもあります。
音楽やリブレットを解釈する能力があると言う限定のもと、稽古場でスタッフと物を創っていく。そう言う素材であるべきです。

しかし、質問をされなくなると、途端に考えることを無くす人がほとんどなのが、おそらく今の現状です。

先日、ある歌い手さんと稽古をしていて、内容のことを珍しく質問してみました。
どうしても、それがわからないと、説明できないことだったのです。
本来なら、全部話して、説明して、それでも稽古は出来ます。しかし、彼女はまだ若く、今からの人です。それで、敢えて質問してみましたが、答えられませんでした。本当に大切な箇所でしたけれど。

研究生期間を終えて、たかだか3,4年でこれです。
この「質問されること」が無くなるからこそ、トレーナーが必要なのだと思って投げかけをしていますが、理解はされないようです。

それは、こう言う「質問される」ことが無い現場がほどんどなのと、その質問された部分は、知らなくても、なんの影響も無いと、歌い手自身が思っているからです。そういう環境でしか、舞台は行われないと言うことなんです。

このジレンマは本当に苛々します。
しかし、私には何も出来ません。必要と思わなければ、依頼は来ません。

まだ演出家のほうが、職人として必要であるのでしょうね。
しかし、こう言う歌い手と作品を作ることは、トレーナーを必要としない現状よりも、苛々します。

本当は、何も出来ていないのに、環境がそれ以上「成長すること」を望まない現場。
そこで、演出家や指揮者が、どう、作品を作れば良いのでしょうね。

いずれにしても、今年からは見方を変えて私は進んでいます。

本当にうまくなりたい歌い手。一生「質問されること」を望み、「成長すること」を望んでいる歌い手、あるいは、そういう資質を持っている歌い手。

見極めるのは、私自身の目と耳なのでしょう。そう思いはじめました。

まずは、良い現場をつくり、良い歌い手を育てて行くこと。その「良い」と言う、価値観が変わってきたように思います。本当の「原石」に出会えること。神さまだけが、ご存知かもしれませんけれど・・・。
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by kuniko_maekawa | 2007-01-17 12:42 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)

修了公演

さて、「謹賀新年」などと言っていた日々はあっという間に過ぎ、もう日常が戻ってきましたね。
レッスンや研究生の授業も、しっかりと始まりました。

今年、私が持っているクラスは最終学年で、3月に修了公演なるものをやります。
これで、彼らは「研究生」と言う、暖かい園から追い出され、歌い手としての本当に道を歩いて行くことになります。

元々修了公演と言うのは、オペラ歌手育成部として、色んな方向から学んできた事を、お客様の前で、歌手としての役割を経験することが目的です。ですから、ちゃんとスタッフが入り、衣装を着け、メイクをし、照明の中で、作品を演じていきます。そして、これは集大成ではなくて、オペラ歌手として、お客様の前にでる第一歩となるわけですね。

私達スタッフも、この公演に関しては、特別な思いがあります。
私がお仕事をしている、藤原歌劇団育成部オペラ歌手は、今年で27年目。藤原の名だたる歌い手さんたちを輩出し、スタッフも、ほぼ、現場で活躍している方々が、講師としてまさに「オペラ歌手」を育成するために、ずっと関わってきました。

私の代になる前は、私の師匠、そのまた前は、今は亡き粟國先生などが、演出をなさっておりました。

そして、先にも記しましたように、2年間をかけて勉強してきたものを、お客様の前に出す時に、演出家、指揮者、そして、舞台監督以下、各スタッフをそろえて、きちんとした形で舞台に立たすことを信条としていました。

なぜかと言うと、修了した研究生達が、全員、この先もソリストとして活躍できるかと言うと、正直、一握りもいないかもしれません。まったく皆無かもしれません。そのためにも、一度は、ちゃんと経験をしておくべきなのです。お客様の前でオペラを公演すると言うのが、どう言うことかと言うことを。

今は、予算が激しく無くなり、昔のように、舞台美術家が入ったり、衣装を借りたりすることが、出来ませんから、お客様にも、申し訳ないような、舞台セットではありますが、それでも、ちゃんとメイクをして、照明の下に立ち、演出家や指揮者のコンセプトをお客に伝える。そう言う役目であることを体験し、外の世界に出て行くことが出来ます。

私達スタッフは、この真っ白な研究生達と、真っ白な作品を作るのに、外公演では感じ得ない「物つくり」の原点を見ます。

「特別」と言うのは、そう言う意味で、今までも、実験的な舞台が沢山出来ました。
何せ、研究生は何も出来ません(笑)。これは、ほんと。経験も、知識も、方法も知りません。

しかし、若さとエネルギーと、テンションがある。
自分達が、初めて作る舞台に向けての力のかけ方が、ものすごいです。

ある意味、サークル的ではありますが、そのサークル的な集中力があるからこそ、面白い作品が生まれます。何せ、ただ言われることを頑張ってやるしかできない。だけれど、やり始めたら、どこまでも・・・・なんですもん。

この勢いに乗って、私達も叱咤激励しながら、色んな事を試していきます。
そのためには、通常よりも、沢山の引き出しを用意し、それを試しては捨て、試しては捨て、していかなければ、生まれてきません。

他のスタッフも同じでした。
スタッフ作業も、学生がやりますから、その子たちに出来ることを与えながらも、小道具や大道具が、舞台でどういう意味を持っているからを、もう一度理解しながら、一緒に作っていくのです。私も、長い間演助で入っていましたから、ずっとそれを経験していました。

こうやって、いつの間にか、皆が同じ作品によって、一つのグループになっていき、それぞれが精一杯のものを出して、修了公演は出来上がります。それが、本当に経験として私の中にも残っています。

私の師匠にしても、この修了公演を15年以上やって、ノウハウを培いました。
初演物も多かったし、師匠たちも若かったので、ほとんど手弁当で面白い舞台を創ることに、夢中になっていましたっけ。

基本的には、「好きだから」と言う、私達のモチベーションですが、この修了公演を踏まえて、舞台に上がっている、今の藤原の歌い手さんたちは、ソリストでも、合唱団でも、あるいは、本公演以外の、舞台でご一緒しても、さっとお稽古が成立し、「物つくり」の体制になります。素晴らしい。これは、基本的には自分達で考え、作る能力がなければ、舞台に乗れないこと、裏方をやって、公演自体がどうやって出来上がり、歌い手がどう言う仕事をすればいいのかを、研究生の時代に、叩き込まれているからです。

こういった、現場の考え方を知らない、あるいは知ろうとしない人も増え、最近は、昔のように、丁寧に修了公演を作ることが難しくなっています。
問題など、様々ですが、時代が変わったこともあります。つまり、考え方が変わったってこと。それによって、段々に簡略化し、上の人たちの扱い方も変わっています。

私は、昔は昔、今は今、と、どこかで割り切って付き合ってはいます。理想を追ってしまうと、叶わないことの方が多いと言うことと、私と師匠たちとでは、経験も能力も違い、あそこまでの公演を自分が作れるかどうか、疑問だからもあります。

それでも、修了公演が一番良かった時代を、知っている人間なので、この公演に演出で関われることを、本当に嬉しく、誇りに思っていますし、何より、心の中では、ずっと師匠たちが培ってきた、修了公演のモチベーションが消えていません。それを持ち続けています。

願うならば、それを今の研究生たち、助演の人たちにも、わかってもらいたい。
そう思いながら、毎回の授業に挑んでいます。大切なことは、これが、私達の一歩になるということなんです。

チマローザの「秘密の結婚」は、本当に歌い手の力量が必要とされる作品です。どこまで彼らがそれを理解しているかは、まだわかりません。何せ、先週やった授業はひどかったですから(^^;)。

それでも、本番は、お客様が会場を出た瞬間から、なんだか笑顔になっているような、公演にしようと思っています。

さて、頑張りますよ。これは私の大切なプロセスですから。皆さんも、どうぞ、お暇なら見てやってください。そのうち、新着情報にアップしますので(^^)。

今年も、たくさん、オペラが創れると嬉しいです!がんばろ~!!!
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by kuniko_maekawa | 2007-01-13 12:54 | 演出家のつぶやき | Comments(4)

謹賀新年!

いつも「オペラのブログ」を読んでくださっている方々、明けましておめでとうございます!
今年も、またオペラのこと、レッスンのこと、舞台のこと、思ったこと感じたことを、色々と書いていきますので、ますますのご愛顧を!

さて、そういっている間に、あっという間にお正月は終わりました。
来週からは研究生の授業や、レッスンも始まります。
今年は、今までとは違って、新しく成し遂げたいこともあり、トレーナーとして、もう一つ飛躍したい年にしたいと思っています。それで、クリスマスが終わった頃から、年明けの準備をしていました。

今年、私は藤原歌劇団の育成部(研究生機関です)マスターコースで修了公演の演出をします。作品はチマローザ作曲「秘密の結婚」

作品を一本演出するのは、昨年の「魔笛」以来、1年ぶり。ぺーぺーぶりが歴然としてますね(演出依頼が来てないってことです^^;)。

「秘密の結婚」は、ロッシーニの「絹のはしご」や「結婚手形」などと、同じような台本で、商人の親に内緒で秘密に結婚してしまった娘と使用人。ある日、その家の姉娘を嫁にもらいに、やってきた伯爵が、あろうことか、妹に恋してしまい、その恋人である使用人と、使用人に恋している、娘達のおばとが絡まりあって、二人の恋をどう成就させるかと言う内容のもの。

結果的には大団円になるのですが、話が単純なだけに、あんまり見せようがありません(^^;)

奇抜な内容が無いものの方が、難しいですよね。1792年の作品ですから、seccoが物語を進めて行き、重唱、アリアと、いわゆる番号オペラの形式です。

モーツアルトの作品と同じような感じですが、モーツアルトほど、音楽的に魅力は感じず、かといって、内容が無いわけじゃないので、どう扱うべきか、迷います。しかも、長い・・・。

カットしないで全幕やると、多分3時間は越えちゃうでしょうから、もちろん、カットします。そうするとまた、つぎはぎだらけで、わからん・・・・。しかし、ほっとくわけにもいかず。とりあえず、暮れから辞書引きに明け暮れていました。

私の作品を作る工程は、当たり前ですが、内容を知ることから始めます。
まず対訳があれば、対訳を楽譜に書き写します。その作業をしながら、ぼんやりと、頭に絵を浮かべてみます。ここで、浮かんでくる絵が一つでもあれば、なんとかOK。自分の中に、その作品に対するイメージがあれば、そこから膨らませることが出来ます。

これね~、まったく無いものもあるんですよ。本当に。私の場合は、これが本当に重要。
全く絵が見えないと、お手上げです。どうにか絵を搾り出すのに、知識を使うしかなくなるので、「創る」作業が人工的になるのですね。好きじゃないのです。ま、引き出しが無いだけですが・・・・。

さて、対訳を書き写して、イメージが見えてきたら、一度、音楽を楽譜を見ながら、聴きます。この時点でも、絵が見えていれば、気づいたことを楽譜に書き込んでいきます。プランじゃなく、ラフスケッチみたいなもの。

そして辞書引き。
これも、本当に大切な作業で、対訳でぼんやりと浮かんだイメージが、辞書を引くことではっきりした言葉になってきます。そうすると、見えてくるのはコンセプト。全体の方向性です。

これが終わると、もう一度、音楽と楽譜を照らし合わせて、聴き込みます。
そして、今度はプランを考えていくのですね。

プランを考えた後でも、何度と無く、楽譜と音楽を聴き合わせます。
タイミングなどを計ることもありますが、何度も聴いていく事で、さらにわかってくることがあるからです。

まったく時間の掛かること。
この作業を気が済むまでやったらば、稽古場にかけていくのですが、そこで、生きた人間に絵を移していく間に、当然、コンセプトは変わってきます。相手も、イメージを持っていますし、何より違う人間同士のかかわりですから、変わって当然。

しかし、これが作品を作ると言うことです。

昨日でうまい具合に、辞書引きは終わりました。
今日は、これから楽譜と音楽を合わせていきます。そして、来週9日から立ち稽古。稽古場にかけて、形を作っていきます。

演出家になって、一番、気を使い、疲れるのは、段取りをつけているとき。
こうやって創ったプランを、実際に歌い手を使って絵を作ってみるまでは、成立するかどうかわからないし、創ったところで、違うものが出来るかもしれないし。そのための、第一歩として、段取りを渡すわけですが、ここが一番、疲れます。

自分の思いを人に説明して、形にしてもらうには、客の前に出る以上の表現力と、説得力がいります。それを持つためにも、資料を調べ、知識を創って、作品を知る努力を恐ろしくするわけですけれど・・・・・・。

私は知識を持つことに甘い人間なので、いつも、結局行き当たりばったりで冷や汗をかくこともしばしば。
今年は、そう言うことを絶対にしないために、早めに準備を始めました。頑張ります~!
公演は3月10日。また新着情報などに載せますね。

さて、明日から仕事始めです。
今年も色んな事をやって行こうと思っています。どうぞ、皆さん、お楽しみに!(^^)
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by kuniko_maekawa | 2007-01-04 12:09 | 演出家のつぶやき | Comments(0)