プロでいること

昨日やっと本番が開けて、長かった4ヶ月間の激務から開放されました。

毎日の稽古の中でレッスンや足の治療やほとんど休まずに過ごしていましたが、これも今日まで。やっぱりほっとしますよね。

さて、今回の公演は規模が割りと大きかったので、色んなスタッフが入っていました。

昨日初日が明けたので、初日打ち上げと称して、舞台監督、美術家、字幕制作、音響プランナーなど、各部所のお歴々と一献。

とは言っても、いつもご一緒する方々ばかりなので、楽しい宴となるわけなのですが、私は字幕制作のS氏のお隣に座っていました。

彼は私の一つ上で年が近いこともあり、良く話をするスタッフの一人です。
もちろん、現場の中でですが、そう言う仲間なので、別段彼の仕事を気にすることも無く、現場に入っていました。

昨日、打ち上げに行く会場で急に胃痛を訴えた彼。
「酒飲めば治るから」なんていつものごとく、辛口に話していたのですが、その話題にまたなった時に、「今日は本番の前に弁当食ったんだよ。いつもはブースに入る前に弁当くわないんだ」って。

「あ、そうなんだ。やっぱ集中力とかかけるもんね」とは私。

「違うよ、一旦本番が始まったらば、途中で腹が痛くなってもブースを抜けられないから」

あ~、そっか~!!
かなづちで、頭をガツーン!と言う感じです。

私ったらば、本当に馬鹿です。今まで全然そんなこと考えなかった。

彼らは本番の最中、字幕をずっと出していくという仕事をやっています。
その機械を操作できるのは彼だけ。

と、言うことは、彼が倒れたらば、字幕が出なくなるということです。

しかも、字幕は舞台上で誰かがしゃべっていれば、ずっと出ているもの。それを途中で止めるわけに行かないのです。

長いスタッフ生活の中、一回だけ、最後のキューのボタンを押して、トイレに駆け込んだことがあるそうですが、それさえも、最後のキューを出した瞬間です。

改めてプロだ~と感動しきり。
当たり前とはいえ、それを自制できて初めてプロなんですよね。だって、それは客のためですもん。そのために、どんなに腹がすいてても、本番前は絶対に食べ物を口にしないんですよ。

そういえば、先の現場で仲良くなった照明君も、あんまり食べませんでした。
ダイエットしてるんだ、なんて言ってたけど、ひょっとしたら、彼もそうなのかな・・・・・・。

今回は照明さんが一人舞台のギャラリーと言って、天井部分に上がりっぱなしで舞台上の歌い手に明かりを当てています。トップフォローと言うのですが、スポットライトです。

女性ですが、彼女は長い本番、上がったら絶対に降りられません。しかも、天井はありとあらゆる照明が入っていますから、ものすごく暑いはず。休憩中は気が抜けたように袖に座っています。

そんなたった一人の我慢が、夢のような舞台を創ります。それも、たかだか3時間の夢の時間のためなんです。

本当にプロってすごい。
そうは言っても、演出や演助は舞台が開けてしまえば、何をしてもOKです。稽古中にトイレに行っても文句は言われない。本番は用無しですから、問題外。甘い仕事してたんですね~。

来年この仕事を初めて20年ですが、今頃こんなことを知るなんて・・・・・それだけ私はプロじゃないんでしょうね~。改めて己の未熟さを知った公演でありました。あほだ~・・・・・。
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by kuniko_maekawa | 2007-08-30 14:05 | オペラなお仕事 | Comments(4)

孤高でいること

連日お稽古が続いています。

本番は今月の29,30日。後もう少しですね。
みんなが段々に一つになって来るときです。稽古場も本番に向けて、まとまってくる感じですね。

今ご一緒している演出家は、歌い手やスタッフと共同作業をしていくタイプ。
自分のコンセプトを色んな目で見せて、世界観を拡げていきます。

演助である私にも積極的に意見を求めてくださり、常に一緒に創っていく姿勢を持ってくださる方。懐が広いのですね。

だからと言って、自分のコンセプトを曲げるのではなく、更に良くしていくためのプロセスと言う感じです。

今日も彼女と食事をしながら、こういった意見を交わしつつ、私には無いものだな~っと。

私は基本的に演出家でいる時は孤高です。

って言うか、多分性格的にそうなんですね。人に意見をあんまり求めたことが無い。

だからと言って、がっちりとそれで固めたいわけでもなく、なんと言うか・・・、聞く必要を感じてないのです。

話の筋がわかるかどうかは時々確認します。
これは言葉的なこと。イタリア語や独逸語が不便な私は、辞書だけで作っているニュアンスが大丈夫かどうか確認したくなる。それで、その辺が達者な人たちに確認します。

でも、コンセプトや舞台上に欲しい絵は私の中から真っ正直に出てきたものなので、それがすべてで、それ以外のことはいらないと思うみたいなんです。

照明や舞台美術、衣装などは、それぞれ専門家だと思っているので、職人的に、私の出したものをそれぞれの裁量と目で形にして欲しいと思っており、その時に彼らが感じることは沢山欲しいのですが、それは私の安心感だけで、共同作業とはちょっと違う感じもします。

こんなこと書いてたら怒られそうですが・・・(^^;)

スタッフは私にとっては、私に出来ないことを形にしてもらうという人たちなので、かなり私よりもレベルが高いと思っているし、その胸を借りて好きなものを作らせてもらうという感覚。

やっぱり共同作業とは違うな~。
きっともっと、子供感覚なのかもしれません。

お父さんやお母さんに甘えながら、絵の具を選んだり、お人形を着せ替えたり、ハウスを作ったり。孤高と言うより、ガキの仕事って感じですか・・・・。はははは・・・・。

明日は久しぶりにお休み。
一日右脳生活に戻って、レッスン三昧です。

それでも物を創るってことは、私にとってはご飯を食べるのと同じくらい大切。
それを仕事に出来てるなんて幸せ。

感謝してまた頑張ります!(^^)
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by kuniko_maekawa | 2007-08-19 02:23 | 演出家のつぶやき | Comments(0)

稽古場で見ているもの

おおお~、珍しく「オペラのブログ」が結構更新されています。
どうも今月は色々と感じることが多いみたいですね。風通しがよくなっているのかもしれません。
なんだか書きたくなるのです。

さて、今現在、私は演出助手として、ある公演の稽古に入っています。

演出助手で居る時の私は、トレーナーや演出をしているときとは全く違ったスタンスで稽古場に居ます。

まず、働くのは左脳(笑)。

うそみたいですが、本当です。
演助をやっているときの私の頭はまったく事務屋で、感覚的と言うのがほとんど無くなり、計算で物事が動いていきます。

例えば、スケジュールを立てるときや、稽古を進行していくときなども、その場で起こっていることはサンプルであり、その次のシーンや、稽古内容を決めるためだけの出来事になっていきます。

もちろん、扱っているのが人間ですし、元々は芸術なので、そうも計算だけではいきませんが、それでも、歌い手さんの力量や、稽古回数、それから演出家の好き嫌い、相性など、そんなことを探りながら、今必要なことを適切に出せるようにします。

これだけだと、まったく機械的に稽古をこなしているように見えますが、当然そんなことあるわけなく、ちゃんと楽譜を読み、欠席している役があれば、代役をし、台詞を読み歌ったりもします(決してうまくはないですよ^^;)。

当然、楽譜の内容は演出家よりもわかっていなければならず、代役で立った時も、きちんと稽古が進むように芝居をしなければいけません。全役、立ちも台詞も音楽も、わからなくては出来ません。

こう言う仕事をしているときに、自分が楽しんだらおしまいです。あっという間に集中力も切れてしまう。

私がいつも心においていることは、「稽古場に気を使うこと」。

演出家でもない、歌い手でもない、指揮者でもない、ただ「稽古場」がスムーズに行くように、最大限に気を使います。

稽古をしている時は、私と「稽古場」それしか存在してないのです。人間じゃないですね~、こうなったら(笑)。

そろそろ稽古は佳境に入ってきます。
私の頭の中に入ってくるデータもどんどん増えてくる。

このデータが稽古場に動き出した時、私の集中力はすっごいです。自分でも信じられないことが出来たりするのです。

変な話ですが、人間のことを考え出すと稽古場はうまく回らなくなるのですね。
結局は作品を作るのは、人間じゃないってことなんです。じゃあ、何か。

なんでしょうね・・・。よくわかりませんが、多分、誰しもが「私」を捨てたときなんだと思います。
みんなが作品に対して、自分じゃなくなった時。私も含めて。

それは至福の稽古でしょうね、きっと・・・・・。
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by kuniko_maekawa | 2007-08-07 01:30 | オペラなお仕事 | Comments(0)

素材となること

昨日は楽しみにしていた照明君と演助さんとの食事会でした。

お食事会そのものは本当に楽しく、久しぶりに沢山話して、気持ちよくストレス解消しましたが、話の中で話題になるのは、やっぱりお互いの仕事の話。

特に照明君は、いつも私の絵に色を付けてくれる人。しかも、それは私の想像以上の絵になるので、いったいどんなこと考えながら私と対しているんだろうって、不思議満載。

彼もそうだったらしく、どんなリサーチをするのかとか、何にインスピレーションを受けるのかとか、そんなことを質問されながら、思うままに話をしていました。

照明さんと打ち合わせをするときは、私はいつも何を話して良いのか、ちょっと考えあぐねるところがあります。

一つは打ち合わせの時間が無いこと。
これは彼もそういっていますが、24時間時間があれば、細かいことも話せるのですが、いつも打ち合わせは3時間くらい。限られた時間で伝えるものは結局はイメージと、現実的なことです。

例えば、歌い手が上手から下手(かみてからしもてと読みます)に動くので、その道が欲しいとか。

しかし、彼は演出家が考えている事があれば、もっと聞きたい。音符の音一つにどんなこと考えているのか聞きたいんだそうです。
出来るだけ演出家の意図に沿って、プランを創るため。

そうなると、従属しているように思えますが、作った絵には自分のものが入っているって。

ふ~ん。

私は自分に視覚的センスがないと、常々思っているので、舞台美術や照明や衣装、そういったことは専門家にお任せしたいといつも思っています。

ですので、「やりたいことを言え」といわれるのがどうも苦手。

それが無いと演出家じゃないみたいに言われる時もある。

もちろんコンセプトは伝えますが、それを伝えたうえで、各プランナーが自分の能力でプランを出し、それをお皿の上にまとめるのが演出家の仕事かな、なんて思っていました。

でも、私がいつも歌い手に要求するのと同じように、スタッフにも素材となることが必要なのですね~。

つまり、私の思ったとおりの絵が作れるのならば、それも力量と言うわけです。

ふ~ん。そっか~。

もちろん、演出家も作曲家や戯曲作家の素材となっていることを思えば、同じことであるのですね。

彼と別れて、家に帰る途中、私の頭の中は結構疑問符でもありましたが、沢山刺激を受けてよい時間でした。

その疑問符を解消するために、やりたいことが浮かんできたのですが、それが叶うかどうかは、これから検討。でも、やってみようかなと思います。

まったく神さまはいつも、良いことだけを与えてくださいます。感謝、感謝。

それにしても、この照明君は呆れるほど仕事が好きみたい。自分でもそういっていました。

こんな風に自分の仕事に幸せを感じていて、誇りを感じていて、夢をもてるなんて、羨ましいくらい。これも、しばらく感じてなかったこと。素晴らしいプランナーです。

私も頑張らないとな~。せめても置いていかれないように。(^^)
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by kuniko_maekawa | 2007-08-05 11:31 | 演出家のつぶやき | Comments(0)

息を作ること

今日から絨毯座オペラ・プラスの第二回目に入りました。

演目はモーツアルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」

先の「ポッペア」とやることは同じですが、楽曲の時代と様式が違いますから、もちろん、アプローチを変えて行きます。

今回は受講者も、一人を覗いて、全然知らない人たち。

ある意味新鮮ではありますが、どう彼ら、彼女らの方向性を作ってあげればいいのか、そこも大切な仕事となります。

今日は、第一回目として、リブレットと音楽的な解釈とをやっていくつもりで、最初に全員の箇所を歌ってもらいました。

さて、今回の受講者は、まだ学生さんもおり、楽曲を作るということが、全く未経験の人が大半。

それで、歌を聴いても、場面の中の音楽はやはり聴こえてきません。

まず、自分達が歌うことで一生懸命になってしまいます。

しかし、それでは中々先に進みませんので、失礼ながら、少し風通しが良くなることをやらせていただきました。

楽曲にはそれぞれ表記記号があります。

例えば、アッレグロとかアンダンテとか。

今回も、楽曲の中に「アッレグロ アッサイ(Allegro assai)」と言う表記があります。

これは「充分に快活に」と言うことですが、この表記がありながら、彼女達の音楽は止まっているように感じます。

それで、表記の説明をして、「実際に音楽に合わせて、アッレグロ アッサイで息をする」ことをやってもらいました。

これは、試してくださるとわかると思うのですが、音楽のテンポの中で快活に息をすると言うのは、かなり大変なことです。犬のような息遣いになる。

しかし、その息遣いを音楽が求めているということなんですね。

それくらい荒い鼓動があったり、テンションが高いということ。
そう言う場面を創らなければいけないということなんです。

この音楽の躍動感を感じて、初めて歌が成立することもあります。

ただ、音を追っていくだけでは表現できないことなんですね。

明日は、もう一度音楽を作ることをやってみます。

結局はオペラはそこに尽きるのです。音楽なんですものね。
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by kuniko_maekawa | 2007-08-01 23:59 | トレーナーのつぶやき | Comments(3)