音楽稽古が始まりました!

さて、前回の記事でも告知しましたが、11月6日にレチターレ第三回公演を行うこととなり、一昨日から音楽稽古が始まりました。

今回は、オペラのアリアばかりを集めて、構成していきます。

音楽稽古といいながらも、いつもと違って指揮者も入らずに、私と参加してくれる歌い手たちとの一対一の稽古です。

それにしても、アリアと言うもの。

通常は一本のオペラの中で、特別に扱われるものですが、今まではそれが、テクニック的や声的に聴かせるところだからだと勝手に思っていました。

今回、アリアを構成するに当たり、そんな考え、全然間違ってたと思いましたね。

アリアと言うのはその登場人物が、自分の心情を自分の言葉で語るものであり、実は一番言葉を必要とし、解釈を必要とするものだと言う事に気づいたのです。

今年のレチターレのお題は「王様の観る夢」

参加してくださる藤原歌劇団団員の中村靖さんがボロディンのオペラ「イーゴリ公」のアリアを歌われるのですが、「イーゴリ公」から勝手に王様のイメージをもらって、それと合わせてシェークスピアの「リア王」をモティーフにしようと考えていました。

いざ構成を作り始めたときに、どうやってもシェークスピアの台本とかみ合ってこないのです。

もちろん、楽曲自体は歌い手さんに選んでもらったので、バラバラに集まってきていますが、いつもはバラバラの場面を戯曲を使って構成したりしてましたので、問題なくいけると思っていたのです。

ところが、どの台詞を持ってきても、アリアと繋がっていかない。

う~ん、なんでなんだろう?????

そして思い当たりました。

アリアって、心象心理がストレートなんだって。

つまり、個人が考えている事がダイレクトな言葉となって語られています。それを上乗せするように、感情的な音楽がついてくる。

芝居の台詞よりも、音楽が煽る分だけ強い言葉と感情表現があるのです。

こうなったらば、戯曲の台詞は勝てません。

もちろん、声としてしゃべれば別かもしれませんが、内容を殺すことが出来ないのです。

うわ~、参ったよ~(;;)。どえらい難しいこと始めちゃったなあ・・・・・。

しかし、泣いてもしょうがないので、考え方を変えて、王様の観る夢をもっとイメージに近いものにしました。

王様と言う人物よりも、見ている夢の方が現実に見えるみたいに作れたら面白いと思います。

それで、今回は詩のみを集めて構成。

それも、かなり抽象的な王様繋がりで集めてみました。

これが、それぞれのアリアの登場人物をどうあいまって行くのかわかりませんが、何とかやってみようかと思います。

良かった~、照明入ってもらって~(^^;)

11月6日角筈区民ホール18:30開演です。
出演者は赤根純子、大内杏奈、稲葉美貴、斎藤みほろ、末吉朋子、宗心裕子、宮本彩音、渡辺文子、東玄彦、平岡基、中村靖の11人。

なぜかソプラノとバリトンのみの参加となりましたが、それぞれのパーソナリティでアリアを作るつもりです、乞うご期待!チケットは1800円。この金額は相当安いです(笑)。

是非、会場に足を運んでくださいね~!!!(^0^)
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by kuniko_maekawa | 2007-09-27 23:13 | レチターレ | Comments(0)

第三回レチターレ公演発進!

は~、今年もやってきました~!

恒例、レチターレ第三回公演を行います。

期日は11月6日(火)18時30分開演。場所はいつもの角筈区民ホールです。

今年は私が忙しかったことがあり、朗読会もレチターレも1年おこうかと思ったのですが、レッスン生たちがまた新しく増えたことと、お客様にもリピーターがいらっしゃって、なんとなく、やらねばな~と言うことに。

自信は無かったのですが、発進することにしました。

それでも朗読会は今年はキャンセル。
「稽古場」も絨毯座のワークショップに置き換えて、単体ではやりませんでしたから、久しぶりに私にも経験値を上げる場となります。

今年は題して「王様の観る夢」。

今までの二回はオペラの重唱を中心に構成舞台を創りましたが、今年はアリアを題材に、シェークスピアの「リア王」をモティーフにして構成していきます。

出演者は11名。
毎年乗ってくれている人や、今年からレッスンに来てくださっている方、藤原歌劇団団員の方々など、キャリアも年齢もバラバラの12人が、自分達で音楽を創り、世界を創り、皆様を楽しませてくれると思います。

ピアニストは瀧田亮子ちゃんと野口幸太君。
こちらも初めての顔合わせ。どんな音楽を創ってくれるのか、楽しみです。(^^)

しかも、今年は初めて照明など入れてみようかと・・・。

いつもご一緒していただくASGの稲葉直人君が手伝ってくれます。これはまた新しい試みで、どんなことになるのか、私も楽しみ。(=^^=) 

皆様に支えられて、レチターレも大きくなりつつあります。
しかし、自主公演とはいいながらあくまで試演会。

参加する歌い手達は、自分達のために参加費を出資し、この公演を作ってくれています。

彼らを育て、愛していただきたいです。そのためにも、どうか、是非会場に足をお運びください。

詳細は新着情報にもアップしておきますが、チケット代は1.800円。

お申し込みはgraziadioamore@yahoo.co.jpまで。チラシをご希望の方も、このアドレスにいただければ、お送りいたします。

ほんっとによろしくお願いいたします!絶対に、損はさせませんから。約束します~!(^0^)
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by kuniko_maekawa | 2007-09-11 12:51 | レチターレ | Comments(3)

柴山 昌宣リサイタル

本日はバリトンの柴山昌宣氏のリサイタルに行ってきました。

彼は現在藤原歌劇団団員で、私とは大学の同級生。

元よりの美声に加えて品格があり、良い感性と知性を持ち合わせた稀有な歌い手さんです。

今日も彼の魅力が満載のリサイタルとなりました。

第一部はリストのよる「ペトラルカの三つのソネット」

これはペトラルカと言う詩人が恋人に当てたソネット形式(14行詩。二つの4行詩と二つの三行詩で構成され、ヨーロッパの抒情詩の代表的な詩型)の詩にリストが作曲したものだそうで、私も初めて聴きました。

ソネットと言う形式は韻によって語尾が成立するなど、言葉を多分に音として使っていきながら、14行のフレーズを作っていきます。楽曲もその音のフレーズ感を聴かせる感じがする。

柴山氏の歌唱は、そのフレーズ感を失うことなく、言葉が音として綺麗に聴こえてきます。
3曲ともゆっくりとした音楽でしたが、それでも詩の語りを聴いているのか、歌を聴いているのかふとわからなくなるような心地よさを感じました。

こういった曲を聴く時、彼の知性を感じます。
まるで詩人が自作の詩を語っているようです。ただ感情の赴くままではなく、恋人に贈る詩を語って聴かせながら、自分の気持ちを語っていく。う~ん、うまく文章に出来ませんが、二重の深さを感じるのです。最初から感激。(^^)

次のプログラムはトスティの歌曲。

先のリストとは全然違ったイタリアの空気が流れてきます。
不思議なことです。ソネットと言う形がなくなったからなのか、トスティと言う作曲家の音楽に彼の感性が響くのか、同じイタリア語なのに、言葉が違って聴こえるくらい、明るく感情的に聴こえます。

先のリストは知性を、このトスティは感性を堪能させます。う~ん、なんかすごいな~。

休憩を挟んで二部はロッシーニから。

これはもう、彼の真骨頂ですから、語るものなし!です。

本当に素晴らしい。時に「ランスへの旅」の「比類なき金貨」はお見事!
曲中、同じ歌詞をイギリス人、フランス人、ドイツ人、ロシア人となまりながらイタリア語で歌うところがあるのですが、まあ~、本当にそれぞれの言葉の違いを絶妙に混ぜながら、笑わせます。ほんっとに、この人は頭が良いです~(=^^=)

そして、そして、最後に歌った「ドン・カルロ」の「私の最後の日」
今日、このリサイタルの会場にいた人たちはみんな、この「最後の日」を確かに聴いたし、観たと思います。

ピアノの前のタキシードの柴山昌宣ではなく、目の前にあるのは確かに死に行くロドリーゴでありました。

この楽曲は本当に大変なアリアで、Scenaとしてもきちんと成立して尚且つ歌唱の力量も問われるもの。

本来、柴山氏はハイ・バリトンでロッシーニやモーツアルトがレパートリーであると思われます。
しかし彼は今年44歳。
歌い手としても年齢とキャリアを重ねてきた今、プッチーニ「外套」のミケーレなどにも挑戦し、新しい可能性を開きつつあります。

プログラムにも、「リストとヴェルディは新しい可能性への挑戦」とご自分でも書かれていました。

そして、私たちはこの「新しい可能性への挑戦」を目の当たりにし、感動したのです。

素晴らしいと思いました。
彼はまた階段を一つ上り、飽くなき欲求を持ち続けています。

私はほぼ彼と同じ頃に藤原でスタッフを始め、ずっと一緒に育ってきたような感があり、今日の彼を聴きながら胸が一杯になりました。

私たちは、まだ先に進むことが出来る。

自分でもそう思いながら日々を頑張っているつもりでも、もっと頑張っている彼がいる。

客席に座っている人たちは、誰もが彼を憧れの目を持って見つめ、感動の拍手をしています。

これからもずっとずっと歌い続けて欲しいし、ずっとずっと一緒に舞台を創って行きたいと、心から思いました。

彼を心から尊敬します。
そして、彼を支えて頑張っている奥様も。彼女も素晴らしいソプラノです。

こんなに感動したリサイタルは久しぶりです。
彼とは2月にご一緒する予定なのですが、心して掛かります。きっと沢山良いものをもらえると思うので。

頑張ること。この歳だから出来ることがあるってすごく納得した今日でした!
柴ちゃん、お疲れ様~!!!(^0^)
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by kuniko_maekawa | 2007-09-08 23:24 | 観劇日誌 | Comments(0)

追悼 ルチアーノ・パヴァロッティ

偉大なるテノール歌手、ルチアーノ・パヴァロッティが亡くなりました。71歳。

癌の手術をNYで受けて自宅療養していたようですが、神さまは彼をお召しになりました。

大好きな歌手でした。彼を含む3大テノール、ドミンゴ、カレーラスは私がちょうど歌い手を目指していた頃に全盛期でありました。

彼らのコンサートやオペラの舞台を観るにつけ、心に歌い手としての夢を植えつけて、憧れを募らせたものでした。

まだ出始めたVHSビデオで、パヴァロッティが初めて来日コンサートをした映像を録画して何度も見ました。カラスが最後のコンサートで日本に来たときも同じくらいだったのじゃないかしら?

白いハンカチをいつも手にして、歌い終わるたびに客席にキスしながらそのハンカチを振っていたのを覚えています。

黄金のハイ・ツェー(三点ドです)と言われ、まさに輝くばかりの歌声で魅了されました。

彼が発声の事を話しているときに、「声を守るために母音をつぶすのは間違いで、どんな高い音でも、どんなPでも、言葉を変えずに歌えるのが正しいことだ」と言っていたことがずっと私の礎になっています。

歳を取っていけば、自然に神さまに召されるのが当たり前ですが、やはり偉大な輝石を失った感じがして寂しいです。素敵なオペラ歌手でもありました。ネモリーノなんか最高でした・・・・。

こうやって時代は変わっていくのですね。
後に続くテノール歌手の中にも、本当に逸材はいますが、こんなに観客に愛された人はいないのではないでしょうか。

心からの尊敬を込めて。
ルチアーノ・パヴァロッティ氏のご冥福をお祈りいたします。
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by kuniko_maekawa | 2007-09-06 20:00 | 歌手 | Comments(0)

ロッシーニを制覇するの巻き!

なんて大げさですが、私にとっては本当に青天の霹靂!

実は、今日S大学の大学院の授業がありまして、朝から薀蓄を述べつつ、激を飛ばしていたのですが、己の成長を発見!

それはロッシーニが苦手じゃなくなっていることです。

うわ~、これってすごいです~(;;)

私はずっとロッシーニが苦手でした。

ブッファと言うことに捕らわれすぎて、何かしなければいけないって思っていたわけです。

しかし昨年、「稽古場」でロッシーニを取り上げた時に、その壁をぶち破ることが出来て、溜飲が下がったのですが、まだ己を信用してませんでした。

ところが今日、それが実証されたのですね。

大学院の試演会のための演目に「セビリアの理髪師」の中のアンサンブルが入っており、またも私は、苦手意識のほうが先に働いて、今日も最後までやる気なし・・・

しかし、神さまはちゃんとわかっていらっしゃる。
そう言うときに限って、他の組み合わせが悪かったり、音楽が上がってなくて立ち稽古できなかったりして、あっという間にセビリアの順番が回ってきました。

しかし、今日は大丈夫でした~!(^0^)

思ったよりも楽しく、あっという間に出来上がりました。

今までのことを考えると夢のようです!

もう、これでロッシーニは何が来ても怖くないも~ん!

馬鹿みたいに思えるでしょうけれど、こう言うのは本当に呪縛になるのです。

皆さん、ロッシーニはノリですよ!ノリ!

触ってみればこんな楽しい音楽はありません。
やっぱり一本やってみたくなりました。

今更ながら、「稽古場」に掛けてて良かった。参加してくださった皆さんありがとう!

それにしても、大学院の演目は軽く10演目くらいあります。
やってもやっても終わらない~(;;)

でも、やっぱり楽しいです。
学生はまだまだまっさらですが、少しずつ変わっていく彼らが嬉しいし、楽しみです。

私の中にも出来ることが増えていることに感謝して。
また頑張りま~す!(^^)
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by kuniko_maekawa | 2007-09-05 21:26 | 演出家のつぶやき | Comments(0)

リブレットを訳す(2006年7月執筆)

以下の文章は昨年書いた記事なんですが、コメントにどうしてもスパムが入ってくるので、元の記事を削除しました。でも、結構大切な記事なので改めてここに載せます。
まったく迷惑な話です~(;;)

最近、私のレッスンを受けている人たちの間で、ある変化が起こっています。別に、たいしたことではないのかもしれませんが、イタリア語のリブレットを訳すことが上手になってきたことです。

そりゃあ、毎週リブレットを訳していれば、出来るようになるさ、と言ってしまえばそれだけですが、驚く無かれ、この学んでいる人たちは、私の所に来るまで、ほとんどイタリア語にも、リブレットにも関わってない人たちです。むしろ、イタリア語を大学でもやった、今も会話学校に行っている。そういうクライアントさんのほうが、訳すのが相変わらず下手だったりします。

上達した人たちの理由はわかりませんし、相変わらず読む方は「R」と「L」の違いとか、同じアルファベットが並んだら詰まる音になると言う法則とかを、間違ってしまうのですが、1年ほど経ったところで、リブレットが読めるようになってきました。

理由の一つは、頭が柔軟なんだということでしょうね。音大などで、イタリア語といえば、必須条件でしたから、一応、オペラを目指している人たちはイタリア語がわかっているのが常識です。それに、モチベーションも高いのも事実。今でも、イタリア語会話や、ネイティブなイタリア語の先生について、勉強している人は多いです。

しかし、それだからこそ、落とし穴もある。つまり、解っている気になっていると言うことです。つまり、イタリア語会話に行ってるのだから、ある程度の単語などは引かなくても覚えている、と高をくくること。会話学校でやっているから、文章も簡単に訳せると思ってしまうこと。しかし、そうは問屋がおろしません。そう言う意味では、単語の引き方や、文章に取り組む姿勢が、ちょっと甘いように感じます。読むことに関しては、まったくそうです。発音は絶対だ大丈夫などと、自信が見えます。しかし、学校に言っている割には、単語は覚えてないし、発音は変だし、読めない。それに、正直、歌うとなると、発語がものすごく悪いです。本当に、イタリア語、習ってるの?って言いたくなるくらい。

しかし、先のクライアントさんは、大学の時に必修としてイタリア語を習いましたが、その後、離れていました。それで、昨年から、ゆっくりと自分で辞書を引き、訳せる範囲で、訳すことをはじめてから、段階を踏んできました。そして、現在に至る。

もう一人、この方はピアニストですが、ハンガリーに留学していて、ハンガリー語は大丈夫です。ですから、語学を勉強することに、慣れているのですね。しかし、イタリア語は発音から初めてです。すると、英語を元に、イタリア語の文法を理解していきながら、訳しています。素晴らしい!最初から、わからない原語ということが、「こういうものだ」と言う、法則を作らないで学べるのでしょうね。

もう一つ、これは私が推奨している訳しかたですが、英語もそうですが、イタリア語でも、カンマを入れて、長い文章が存在しますよね。

例えば、「Il signor conte stanco di andar cacciando le straniere , bellezze forestiere, vuole ancor nel castello ritentar la sua sorte・・・・」こういう文章があります。

これは「フィガロの結婚」でスザンナが言う台詞ですが、こういう風に長い文章を訳す時、皆が陥るのは、まず綺麗に訳そうとすること。つまり、対訳のように「伯爵様は、外国の美人を狩るのに飽きて、またお城の中で運試しをしたいと思っているのよ」などと・・・。

しかし、実際、歌っているのはカンマの区切りの文章です。そこをダイレクトに訳せないと、何を歌っているのかがわからなくなる。対訳は読みやすくするために、倒置法を使っていても、主語を変えて訳してしまったりします。

それで、私のところでは、解らなくなったら、カンマごとに区切って訳すことを推奨しています。

上の文章でしたら、まず「Il conte」から「straniere」までを訳す、その次に「bellezze forestiere」を訳すという具合。

そうすれば、中学生くらいの英語の文法力があれば、大抵の人は訳せます。各言う、私もそう。

この方法だと、ぶつ切りの文章をつなげていけば、後は自分の想像力で訳せることと、各文章が、理解できたうえで歌唱できるということです。

この二つはとても大切。特に、想像力を持って訳すということは、その箇所を、オペラの場面として捉えやすく、理解しやすくなります。

どうぞ、長い文章など、ちょっと訳すのが苦手な方、お試しください。

文法に躓いたら、会話の本などを紐解けば、わかります。オペラの歌詞は、そんなに難しい言葉は使ってないので、大丈夫。

何より、うまく訳す必要がないということを、お忘れなく。

オペラのリブレットの場合、正しい答えを出すのではなく、あくまで自分が歌っている言葉を理解するとことが必要なのです。これは、ドイツ語でも、フランス語でも同じ。やってみてください。案外、楽しい作業になりますよ(^^)
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by kuniko_maekawa | 2007-09-05 21:12 | オペラ・レッスン | Comments(0)

「シラノ・ド・ベルジュラック」

昨日チケットをいただいて、市川右近さんの「シラノ・ド・ベルジュラック」を観て来ました。

これはかなり有名なお芝居。

顔の大部分を隠すような大きな鼻を持っている稀代の剣士シラノ。腕と同じくらい、文学の才能があり、綺麗な詩や恋の言葉を紡ぎだすのが得意。

彼が恋する従姉妹のロクサーヌがある日、ある男への恋心をシラノに打ち明ける。
シラノはずっと彼女に恋していたのだが、醜い鼻を気にして打ち明けることが出来なかった。

その男、クリスチャンは容姿はぴか一だが、無骨者で恋を語る術を知らない。
そこでシラノが変わりに恋の言葉を述べ、手紙を書き送り、ついには彼女の心をクリスチャンに向けることに成功するが、彼は戦争で死んでしまう。

自分が手紙の相手だとは打ち明けずに14年、喪に服したロクサーヌを修道院へ尋ね続けたある日、悪漢の手によって命を落とすシラノ。最後の彼の気持ちに気づいたロクサーヌが彼への愛を打ち明けて幕となる。

フランスのお芝居で、かの名優ジャンポール・ベルモンドがこのお芝居をひっさげて来日した時、観にいって、夢のように綺麗な台詞に感動したのを覚えています。

今回は青山円形劇場で、名前の通り丸い空間に、歌舞伎の緞帳のような幕を張り、客席の真ん中に丸い台が二つ重ねておいてあって、それだけのセットです。

まるで芝居小屋のような雰囲気の中、それぞれの役者さんが息が掛かりそうな近さで演じて行きます。

いや~、どの役者さんも本当にうまい!
主役をやった市川右近さんは当たり前で、その他脇を固める役者さんも本当に芸達者です。
いや、話芸達者というか・・・・。

右近さんは市川猿之介一門の方で、世襲制では無く歌舞伎役者になったひとですが、それでもしっかりと芸が磨かれていて、立ち居振る舞いも語り口調も、すばらしく「型」が決まっています。

なんというか、揺るがない核を持っている感じ。
だからと言って、ナチュラルな演技が出来ないわけではなく、しかし芯が一本入っているという感じなんですね。存在感が違いました。

同じ市川姓の市川猿弥さんと言う方も、すごく上手でした。同じように、空間の居方に芯があります。

ロクサーヌを演じた安寿ミラさんも、元宝塚の方で、これまた「型」がしっかりと体に入っている感じ。たたき上げは違います。オペラ歌手にも、この芯があればなあ・・・・。

いやいや、ある人もいるので比べようもありませんが、とにかく面白い空間でした。

照明はあかり組みの山口暁さんで、8月のミラマーレ公演「魔笛」でご一緒したばかり。
何度かお仕事していますが、いつも、静かに存在する明かりが作れる人。

今回は芝居小屋の雰囲気だったからか、裸電球のような明かり以外、色を入れずに最後までゆっくりとした変化で、唸っちゃいました。

いつもすごく穏やかで綺麗な明かりを創る人ですが、今回は綺麗とは違う、「あるべき明かり」と言う感じ。う~ん、すごいかも・・・・。

最近、照明さんと色々お話しする機会が増えたおかげで、ちょっと興味のわくが拡がっているのですが、中々どうして魅力的な分野です。

「シラノ」は大好きなお芝居で、何かあると観にいくようにしています。
映画だったり、芝居だったりですが、それだけ魅力がある物語です。

何より台詞の綺麗なこと。
原語のフランス語で聞いたときは歌っているようでしたが、日本語で聞いても、流れるような節回しのある美しい言葉が並びます。

今回は口語体。
古い言葉で話されています。衣装は1600年代。しかし、音楽の雰囲気と明かりは日本の見世物小屋のような感じ。面白い空間でした。

演出も好きでした。
芝居の場合は、演出よりも役者を見てしまうのですが、今回は調度良い混ざり具合。とにかく楽しみました。

毎日オペラに浸かっていると、芝居が本当に新鮮です。
もっと観にいけばいいんですが、忙しい時はとにかく頭が他を向いてくれない。誰かに誘わればまだしも。それでは拡がらないんですけどね・・・・。

9日までやっています。ご興味のある方は是非足を運んでみてください。
本当に楽しめるお芝居ですよ!(^^)
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by kuniko_maekawa | 2007-09-03 21:51 | 観劇日誌 | Comments(0)