訳詩をするの巻き

ただいま、2月にやるある公演の準備中。
これのおかげでかなり胃が痛い・・・。

演目はモーツアルトの「フィガロの結婚」です。

ある学校から頼まれた鑑賞演奏会ですが、対象は中学生。
時間的にも制約があるので、ある程度の場面を選んで構成していきます。
キャストも全キャストではないため、レチターレほどでなくても、台詞を交えながらの進行になります。

それと同時にどうしてもやらなくてはいけないことが「訳詩」。

初めてオペラに触れる中学生に、できるだけわかる言葉で伝えたいと思えば、日本語で歌唱するのが一番良いですよね。

「フィガロ」の日本語訳で一般的なのは、二期会で使っている中山悌一訳のもの。
「一尺、三尺」と始まるやつで、私も何回かこの日本語訳で公演をやりました。

しかし、これはあくまで二期会のもので、当然内緒で使うわけには行きません。
それなりの借用をしなければいけないでしょうし、今回は全場面というわけではありませんから、構成用にも改めて訳詩をしています。

どういうことかというとですね、まず構成というのは、ハイライトであっても、それを寄せ集めて一本の作品として見せる事が基本ですから、流れを作らなければいけません。

その中の台詞として、歌詞も存在しています。
ですから、構成部分の台詞や、私が実際に演出していく方向性などを加味しながら、訳さないと、まったく別ものになってしまうわけで、これがほんとうに面倒くさいし、頭を悩ますことになっています。

まったく、最初っから豪語するんじゃなかったよ・・・(;;)

本当は今月中にあげてないといけないのですが、どうしても良い構成が浮かばず、どうにもこうにも見えてこない。

許容量超えてます・・・。

訳詩をするといっても、端からイタリア語を訳していくわけではありません。
対訳や単語を見ながら、近しい言葉を入れていくわけですが、ご存知のように、日本語はセンテンスが長い。

なので、どうしても訳せないものは、もうニュアンスを考えた別の言葉を使います。

例えば、5番の有名なマルチェッリーナとスザンナの「けんかの二重唱」で、短い音符の中に「Del Conte la bella」などと言う言葉が入っています。
訳すと「伯爵の美しい方」ってなことでしょうか。

しかし、これを日本語で全部入れても音符が足らないわけで、しかも、内容も説明的になるわけで、しょうがないので「愛される方」などと入れて見たりするのです。

何よりも、聴いているほうにわかりやすく、そして歌い手に歌いやすい言葉でないといけませんよね。これも、一苦労。
私が良いと思っても、歌えるかどうかは別ですもんね。

ああ、また胃が・・・。
しかし、良い経験です。
もともと自分で台本を書いてみたかったりする人ですから、こういう作業は嫌いじゃない。
後は、感性だけなんですが、これがね~・・・・(;;)

ま、がんばります。
今週は体調不良続きだったので、やっと元気になってきたってことで。

「うさぎ屋日記」の方ではお知らせしてますが、名前の表記を「前川久仁子」に戻しました。
今までは「クニコ」にしていたのですが、戸籍の名前で生きることにしたので。

この名前は書くことが職業になる名前だそうです。
効力が発揮できると良いんだけど・・・。

この公演は非公開ですが、良い歌い手が集まってくれました。
今から楽しみ。
お楽しみは構成台本が出来上がってからですけどね・・・(^^;) 頑張ります~!
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by kuniko_maekawa | 2007-11-23 00:45 | オペラなお仕事 | Comments(0)

詩を読むの巻き

本日はちょっと趣向の変わったレッスンをしました。
果たしてこれをレッスンと呼んで良いのかどうか・・・。

何をしたかと言うと、「北原白秋の詩について語る」こと。

依頼者はピアニストで、以前より山田耕作における日本歌曲に魅了されている模様。
いずれは白秋の詩とともに、この歌曲を演奏したいと希望があります。

それで、その上演形態を作るために、私のところにいらっしゃったわけですが、こちらも、こう言う形は初めて。

取り合えず、いただいた資料を複線に、話しながら始めたわけですが、この内容が先に述べたように「語る」に尽きたと言うものだったわけです。

最初は詩を実際に読んで、それについて語るのかと想像していましたが、彼としては色んな方面から詩を見つめたかったらしく、例えば、詩集「思ひ出」の序文に関して私が感じたことなどをずるずると話して、そこの中から、次の方向性を探したり、疑問を起したり、そう言うことをずっと2時間ほどやりました。

不思議な時間でした~。

北原白秋は水郷で有名な柳川の出身で、「思ひ出」と言う詩はその時の幼児体験をあえてモティーフにして作ってある作品です。

その序文と言うのがまた恐ろしく感覚的な言葉の羅列で、漢字としてもすばらしく美しい。
それを読み勧めならば、ふと、私の幼年時代の話になったり、普段は思い出さない下関の情景などを思い出したり・・・。

そこに、彼の思考や疑問が入ってくると、また脱線したり。

自由な時間ではありましたが、つかみどころの無い時間でもありました。
こんなんでレッスンになるのか~????

しかし、彼はこう言うことも望んでいるのですって。
こう言うことをしながら、彼の方向を見つけていくんだそうです。

時々こうやって面白い体験が出来るのも、トレーナーと言う仕事のおかげですね。
しばらくは、白秋と柳川にはまりそうです。(^^)
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by kuniko_maekawa | 2007-11-15 17:23 | オペラ・レッスン | Comments(0)

レチターレ報告その2

今回は舞台が結構面白かったので,みんなが明かり合わせの時に写真を撮ってくれました。
今日も、二枚ほど送ってもらったので、載せます。

これは「フィガロの結婚」の伯爵のアリア。
照明機材を持って、伯爵様を追いかけました。
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こちらは「ドン・ジョヴァンニ」からゼルリーナのアリア。「ぶってよ、マゼット」
照明をまたいで、スカートの中から明かりを出して王様をたぶらかしましたよん♪
エロエロで好評でした(^^)
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終わってみれば、収支決算。
今年も黒字となりました!皆さん、どうもありがとう~!!
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by kuniko_maekawa | 2007-11-08 23:28 | レチターレ | Comments(0)

レチターレ第三回公演「王様の観る夢」

いや~いや~、昨日無事に本番が終わりました。

今回は特殊な構成の仕方でしたので、ご覧いただいた方々も色んな受け取り方をしてくださったようです。
足を運んでいただいた方、本当にありがとうございました。

さて、ご報告。

まずは舞台ですが、基本的には反響版を置き、その中にピアノを置きました。そして、もっとも大切なもの。王様の居場所となる玉座なるものが欲しかったので、簡単にそう見えるものを置いてみました。
こんな感じ↓
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周りにあるのは照明機材です。

前回の記事でも書きましたが、今回は照明を舞台セットだと考えていたので、こんな風に、機材を置きっぱなしにしてあります。
下手の小さな台と上手の玉座は、箱馬と言って、台を組む時のベースになる箱を使って作ったもの。簡単なんですよ。
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さて、この舞台に照明を入れてくださったのは、ASGの稲葉直人さん。
もう、もう、本当に丁寧に稽古から付き合ってくださって、すんばらしく美しい明かりを出してくださいました。ちょこっとご紹介。
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携帯で撮ってもらったのと、照明がかなり強く扱ったので、残念ながらはっきりと写ってなかったりするのですが、本番はかなり面白い世界観でした。

稲葉さんといつもご一緒していて思うのは、すごく明かりのタイミングが良いと言うこと。

明かり自体も本当に綺麗に作ってくださるのですが、欲しい時に絶妙のタイミングで明かりを上げてくれたり、落としてくれたりします。
それって空間と芝居と音楽を、ちゃんと肌で感じ取って決して邪魔せず、かといって無意識でもないと言う、まったく感性が良いとしか言いようが無いタイミングなんです。脱帽。

今回は、照明を舞台セットにする、と言う暴挙に出ましたから、明かり合わせに参加者達も付き合ってもらって、場当たりをしながら明かりを創っていきました。

例えば、反響版に当たっている明かりの中に、手をかざして指で模様のような影を出したり、写真のように、照明を持って、歌い手を追っかけたり、詩を読みながら、機材を動かしたり。
本当にわがままやらせてもらいました。
なのに、綺麗な世界が出来てる・・・。才能豊かな人ですね。

参加者達も本当に頑張りました。

レチターレは基本、多く稽古をしません。
それは稽古場で、こなすことではなく、試すことをやりたいからです。

参加者達の経験値と年齢は様々。
でも、それぞれが、それぞれのレベルと経験値で最大級の力を出してくれました。
これも素晴らしかった。

ピアニストたちもしかり。
瀧田亮子ちゃんと、野口幸太君は見事に空間を邪魔せず、けれど空気のように歌い手達に張り付いて、音楽感を広げてくださいました。二人ともまだ若いのにすごい・・・・。感動です。

お客様も様々感じてくださった公演だったようです。
何よりも、レチターレが始まって、初めてのダブルコール。
終わってからもお客様の拍手が鳴り止まず、もう一回緞帳を上げさせてただいたのです。

これは本当に嬉しかった。
きっと参加してくれた歌い手達のよき経験になったと思います。

さて、問題はこれから。
レチターレが終わると、いつもレッスン生が入れ替わります。
これが何年続けていけばいいかと言う、迷いを産みます。

しかし、今年はなんとか続けてくれそうな気配。
だとしたら、来年があります。再来年があります。

プロセスとして続けていってこそ、レチターレの意味があります。そうなることを本当に望んでいます。

お手伝いの方がも含めて、今回も沢山の人たちの協力と支えで公演は終わりました。
伝えきれない感謝の思いをこめて。本当に皆さん、ありがとうございました!(^0^)
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by kuniko_maekawa | 2007-11-07 22:43 | レチターレ | Comments(2)

本番間近

さて~、昨日最後の合同稽古を終え、今日は通し稽古となります。

レチターレの本番まで後3日を残すこととなりました。

10月の末に二回の合同稽古を終えて、二日間稽古は休みました。
その二回の稽古は先の記事でも書きましたように、照明も入ってすごくテンションの高い稽古でした。

さすがに疲れただろうと二日間の休憩を入れたわけですが、戻ってきて昨日稽古したらば案の定稽古場がぼんやりしています。

ははは・・・やっぱりね(--#)

これは良くあることですね。

オペラを一本やっても、大抵は場面を分けて稽古しますから、通し稽古をしてみないと流れがつかめない。
レチターレでも、最初は個人的な稽古しかしませんから、どんなに口で説明してもイメージでは具体的にならないですから、それを実際に体験するのが合同稽古です。

それで二回の稽古では流れと、実際にどんな構成になっているのか確認してお休みとなりました。

昨日はそれを更に思い出して膨らますための稽古でしたが、ここで稽古場での経験値と言うものがあらわになりますね。

これは不思議なもので、稽古場を離れている期間が長ければ長いほど、こう言う稽古にうまく集中できません。

例えば、一番若い参加者は、今年研究生を修了したばかり。
と言うことは、修了公演を3月に行っていますので、まだ稽古場の感覚が残っているのですね。

男の子達も、基本的には女の子よりも合唱団や脇役的なことで舞台に乗っている回数は多いですから、これも集中できる。

しかし、研究生を離れてしばらく稽古場と言うものに通わなかったり、あまりオペラの舞台を踏んだことが無い人は、明らかに集中力が戻ってきません。必死になってやるだけだから力が入って身にならない。

レチターレの稽古は少ないです。
音楽稽古、立ち稽古、合同稽古、通し稽古、合わせても一人12,3回で終わります。

もちろん、稽古をやればやるほど良くなるのはわかっています。
敢えてそれをしないのは、稽古場の意味をわかって欲しいからです。

稽古場は試すところ。
出来ることも出来ないことも稽古場にさらけ出して、己を知る場所です。

そこで出来なかったものを自分で解消してから稽古場に来る。

本番までに仕上がることだけが目的ではありません。
大切なのはプロセスですから。もし、本番までに出来なかったとしても、今はそれだけの力量しかないと、己が知ることが大切なんです。

と、言うわけで、今日も頑張ってきます。
それでも、本番はきっと良いものになります。いつもそうですから。

信じることも演出家の大切な仕事なんですね。(^^)

後、もう少しですが、まだチケットご用意できます。
6日(火)18:30より、角筈区民ホールにて開演です。どうぞ、会場にお越しください!
お待ちしています~!(^0^)
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by kuniko_maekawa | 2007-11-03 12:33 | レチターレ | Comments(2)