鹿児島オペラ協会公演「メリーウイドウ」

3月15,16日、鹿児島オペラ協会で「メリー・ウイドウ」を公演します。

鹿児島オペラ協会は40年近いキャリアを持つベテラン団体。

栗山昌良先生や、松本重孝先生など、名だたる演出家とお仕事しながら、スタッフワークも歌い手も時間をかけて育ってきた感じがあります。

今回は不肖前川がこの大役をおおせつかって、ただいま演出家として関わらせていただいています。

最近、ブログで「鹿児島に行く」と書いているときは、この団体にお稽古に行っている時。

本番まで2週間とちょっととなってきました。

さて、ご存知の方も多いと思いますが、「メリー・ウイドウ」はレハール作曲のオペレッタ。
ハンナは莫大な遺産を相続した未亡人。
架空の国、ポンテヴェドロの公使ツェータはこの遺産を国家予算とするために、未亡人と彼女の元恋人で、公使の秘書軍人であるダニロに彼女との結婚を命令します。
元々は愛し合っていた二人、しかし、お金目当てといわれることと、国家の使命というのが気に入らない、恋の鞘当を軸に、大人の恋愛が語られていきます。

有名な「ヴィリアの歌」や「メリー・ウイドウワルツ」など、皆さんも耳になじみの深い曲も多く、本当に楽しいオペレッタです。

私はオペレッタは初演出。
台詞を扱うことは多いのですが、一本を通しては中々機会がありませんでしたから、毎回新鮮で楽しんで稽古をしています。

今回の出演者の方々も、本当に楽しんでらっしゃって、それぞれお仕事を持ちながら、稽古場に対して真摯に頑張ってらっしゃいます。

さて、今回の私のコンセプトは「綺麗、楽しい、気持ちよい」この3点に尽きます。

オペレッタはとにかく楽しくなくちゃいけません。
踊りも台詞も曲も、どれもが夢を見ているような楽しさ、綺麗さが必要。

それと物語が単純に進むことです。
深く考えすぎないで、怒っているのか、笑っているのか、泣いているのか、それがどうしてなのか。お客様に単純にわかることが大切。

まるで漫画を読んでいるように、映画を観ているように、一瞬ワルツの調べに日常生活を忘れさせる。これが出来れば大成功です。

今回はダンサーを入れませんでしたから、カンカンの場面も協会の若い女の子たちが頑張ります。振り付けの先生がセンスの良いステージングを作ってくださいました。
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頑張ってますよ~!

舞台はこんな感じ。
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今回の舞台美術は本郷友美さん。
以前、新国立劇場小劇場で「イタリアのモーツアルト」と言う舞台のアシスタントをやった時に、ご一緒しました。その時の絵が中性的で力強く面白かったです。
今回は柱がメイン。これをどう綺麗に扱うかが要ですね。

衣装は私がプランニングをし、坂元和子さんと言う衣装制作の方が形に起こしてくださいます。
踊り子さんの衣装が出来ていました。
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すごいでしょう~???
丁寧な仕事をしてくださる方です。

今回はいろんな意味で手作りをしています。
照明は現地の方。
でも、お話しするにつけ、舞台を愛している職人さんなんだとわかってきてて、今から明かり合わせが楽しみなんです(^^)

このお仕事は、私にしては規模が大きい仕事。
いつも以上に経験値を上げています。
体力、知力的には大変ですが、きっと本番は大成功です。
沢山の人たちが、この公演を愛してくださって、守ってくださっていますから。

明日はまた鹿児島へ。
この土日が終われば、次は本番までの最終詰め稽古です。

鹿児島周辺の方々、是非、いらしてください。
宝山ホールでやっております。ホールのHPに情報があります。
本当に楽しんでいただける舞台です!
出演者ともども、皆様のご来場を、心からお待ちしています(^^)
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by kuniko_maekawa | 2008-02-29 14:19 | オペラなお仕事 | Comments(0)

フィガロ・スナップショット2

本番データが消えたおかげで、だいぶ使い方をマスターしました。画像くらい簡単に切り取れるようになったもんね~!!!

さて続きです。
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まあでも頑張りました。
久しぶりに頑張ったって言える舞台だった。

今年は、こんな風に手作りしていく舞台がこの先も続いています。

本当に文字通り手作り。

ミシンを買って衣装を作ったり、小道具創ったり、そういうことをやっても、自分の世界を作ってみたい欲求があるみたい。

まだまだ覚えたいこと一杯です。

3月にやる鹿児島オペラ協会の「メリーウイドウ」、今日照明の打ち合わせをしました。
まだ簡単なことだけですが、ここからはスタッフワークもメインの仕事。

丁寧に創っていきたいです。
これの報告はまた。(^^)

あああ~、本番のデータが残ってればなあ~(;;)
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by kuniko_maekawa | 2008-02-25 23:36 | オペラなお仕事 | Comments(0)

「フィガロの結婚」スナップショット!

VDから静止画に落とせたのでアップします。
がっ!

あああ~・・・・ショックです~(;;)

やっぱり使い慣れてないもので遊んでいてはいけませんね。

新しく買ったのはHDDタイプのハンディカム。
いつもの癖でバックアップを取らずに画像編集を色々やっていたらば、ファイルが壊れてしまいました。

そして・・・・あえなく削除・・・・。

なんだと~!!!!!

しかも、使っていたのは本番のVD。
あほだ~(;;)

と、言うことで動画はGPのものしか残っていません。皆さん、ごめんなさい~。

しかしスナップショットは本番のものです。ああ・・・・。

今度からはすぐにメディアに落とすか、PCにバックアップを取るかします。
そのために買ったのに・・・

と、言うことでスナップショットご紹介。
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いかがです~、ちょっと良い感じでしょう?

また画像アップしますね。
それにしても・・・・

やっぱり舞台は水物です(泣)
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by kuniko_maekawa | 2008-02-25 13:03 | 演出家のつぶやき | Comments(0)

前川版「フィガロの結婚」

2月22日、中村橋にある富士見中学校と言うところで学校公演をやりました。

先の記事でもお知らせしましたように、モーツアルト作曲「フィガロの結婚」をハイライトで、台詞を交えて構成し、一本の作品に仕上げました。

訳詩も台本も自分で初めて創ったのもの。
愛着ある作品となりました。名づけて「前川版・フィガロの結婚」

本来は4幕で4時間くらいかかる作品を、1時間15分くらいに縮めて公演しましたが、これがちょうど良い感じの仕上がりになりました。

歌い手さんは、皆さん藤原歌劇団所属の方々。
30代前半から40代半ばまで。
それぞれに才能ある人たちが集まって、楽しい舞台を創ってくれました。

セットはこんな感じ
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これは学校の演劇部の方々が使ってらっしゃったパネルをお借りして、それにつたをつけたもの。
元々パネルにステンレスが張ってあって、ミラーになりましたから、その効果も面白かった。

学校のホールもちゃんとしたホールで音響もOKでした。
一応VDを撮ったのですが、そこから画像を静止画に編集できておらず、また出来たらアップしますね。

でも、楽しかったです。

生徒さんは中学校1,2年生。

素直に舞台を楽しんでくれて、随所で笑いもあり、拍手もあり。

担当の音楽の先生が、事細かに説明してくださっていたみたいで、こちらの心配をよそに、みな物語りも理解してくれたようでした。

思ったよりも早く終わってしまい、あまった時間で、急遽質問タイム。

これが結構面白かったです。
例えば、「衣装代はいくらですか?」とか「本当にキスしてるんですか?」「歌詞を忘れた時、どうするんですか?」とかね(^^)

中々するどい質問もありました「何故、ケルビーノは女の人が歌うんですか?」とか「良く使われる小道具はなんですか?」とか。

中でも歌い手に関する興味はやっぱり一番あって、「何歳くらいからオペラ歌手になれるのですか?」とか、「ソロ活動している人たちですか?」なんてのもありました。

でも、この興味を持つということが大切なことですよね。

この子達が、「フィガロの結婚」と言う名前や、今回歌ってくださった歌い手の方たちの名前を覚えてくれたりして、その名前を見つけて劇場に足を運んでくれるかもしれない。
そうなったらどんなに良いだろう。

私にしても、初めて自分で何もかも手作りをした感じ。

舞台のパネルを立てたり、照明を作ったり、生徒さんの前でお話をしたり、質問を受けたり。

終わってみれば、楽しいお仕事でした。

また是非、こういう規模の小さな舞台を丁寧に創ってみたいです。

ご協力くださった方々に感謝!

さてさて、今は鹿児島にいます。

今度はオペレッタの世界にGO!

ここでもやっぱり創れる幸せ感じています!(^^)

あ、この「前川版・フィガロの結婚」は私のオリジナルですので、もし、ご興味のある方いらっしゃいましたらば、お声をかけてください。

1時間15分で、歌い手は6人いれば出来ます(バルトロとバジリオを入れていません)。
台本と歌唱は日本語。
私自身が演出でなくても、台本と楽譜を提供いたします(一応審査と報酬等の協議はさせていただきますが)。
コンパクトで良いですよ。お試しあれ(^^)
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by kuniko_maekawa | 2008-02-24 23:50 | 観劇日誌 | Comments(0)

照明を創ってみるの巻き

さて、珍しいことをやりました。

ただいま、学校公演が佳境に入っており、今日は実際に本番で使用する講堂を使っての通し稽古をやりました。

しかし、規模としては小さい今回の公演。

残念ながら舞台美術や照明を入れる予算はありません。

そこで、自分で金槌(なぐりといいます)を持ち、パネルを建ててなんと照明までもいじっちゃいました。

といっても、実際に吊り変えたり角度を変えたりは出来ませんから、学校の演劇部などが使うために仕込んでいるものを、そのまま使って作っただけですが、う~ん、面白かった~。

通常の明かりの作業は、まず照明機材をデザイナーのプランに基づいて、バトンに吊って行き、その後に実際に明かりを出してみて、直していくということをやります。

今回は、その吊りこみは無し。

現在仕込んであるパターンを見て、こちらに必要な明かりを作りました。

さて、パターンはこんな感じ。
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これらは学校の演劇部が使用するために、あらかじめこの場所と色が出るように設定されています。

私は、まず、このパターンを全部チェックして、何パターン使えるものがあるのか書き出していきました。

何を書き出すかと言うと、
例えば、前からあたる明かりはシーリングと行って、舞台前、客席の天井にあります。
横から前を当てる時は客席のサイドに吊ってある明かり。
舞台の上を当てるには、ステージ上のバトンに吊ってある明かりの場所に照明機材を吊ります。

これらを組み合わせてエリアと方向が決まりますから、その一つ一つの場所が組み込んである番号を書き出しているのです。

そいつはこの操作盤で操作します。
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書き出しが終わると、その組み合わせを重ねて、一つの場面を作ります。
出来た明かりはこれ。

まず1幕2幕
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なんてことはない明るいエリアですが、舞台全部を当てていません。

それから3幕結婚式の場面
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段々夜になってくる場面なので、少しブルーエリアを入れました。

そして最終幕
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夜の森ですから、こんな感じ。

明かりを出すだけで、なんとなく良い感じになるから不思議ですね。

しかし、多分、プロが見たら、絞め殺したくなるくらいひどいことになってるんだろうなと思うのですが、観ているとなんだかわかんなくなってくるので、お手上げ(^^;)

照明と言うのは、物理的に明かりをどう重ねるかの問題で、その色だとか、暗さだとか、いかようでも変化できるだけに、センスが物を言いますよね。

自分のセンスの無さに、またがっかり。

それも勉強ですね(^^)
いつも、私の舞台を創ってくれる照明さん達に改めて尊敬と感謝の念を持ちました。
は~、プロってすごい~。

このところは衣装や舞台や照明など、今まで経験しなかったことを敢えてやっています。
そのたびに、もっと知らなきゃいけないことが増えていきます。

頑張ろうっと。
今度はもっとうまく明かりも創れるようになります。

明日は違う稽古場で衣装合わせ。
色は難しいです~(@@)
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by kuniko_maekawa | 2008-02-15 23:09 | 演出家のつぶやき | Comments(0)

訳詩の弊害

今現在、訳詩台本を二つ扱っています。

「フィガロの結婚」とレハールのオペレッタ「メリー・ウイドウ」。

どちらも台詞があって、楽曲も日本語でやります。

「フィガロ」の方は自分で台本を書き、訳詩をしました。

演出家が自分で書くのですから、台本も楽曲も、やはり自分の演出意図が強いですし、演出イメージが強いです。
あらかじめ、演出意図を加味して書いていますから当然ですよね。

稽古をしていても創りやすいことは確か。

しかし、最近ある弊害に気づいています。

何かと言うと、訳詩というのはものすごく抽象的だということ。

例えば「フィガロの結婚」の場合、原語はイタリア語です。

本編を原語でやる時は、当然私たちはイタリア語を訳し、そのニュアンスを解釈しようとします。
もちろん楽譜にもきちっと数がはまっており、音程も作曲家の意図にそってつけられていますから、なんら問題なし。

しかし、これを日本語に訳すと、まずシラブルが音符にうまくはまらないために、イタリア語の意味に近い日本語の言葉を当て込みます。

例えば、伯爵夫人の有名なアリア「Dove sono i bei momenti(あの美しい瞬間はどこへ)」

これを日本語の歌詞に訳す時に、まず困ったのは「i bei momenti」は複数ということ。

本当は「美しい数々の瞬間」とか「美しい時間たち」とかが近いと思います。

しかし、まず「瞬間」とか「時間」と言う言葉が音符にはまらない。
それで、取りあえず「日々」と当て込んでみます。

「美しい日々よ どこへ」

これでは高い音程のところに「日々」と入って、「い」の母音が綺麗な音に聞こえない。

ってことで、私はこれを「美しい時よ いずこ」と旧い言葉も引っ張り出し、「時」と言う単語に長さと言うイメージで複数と感じてくれい!と念じて書くわけです。

不思議なもので、母国語と言うのはある程度は個人的に解釈されやすく、この訳詩でも問題はなさそうです。
ところが、歌い手が元々の複数のニュアンスを持たずに、これを歌うと、「時」というものが長さだけの問題になって、伯爵夫人がえらく年寄りに感じたりします。

これが訳詩を扱う時の弊害。
日本語の意味がすごくファジーに感じやすいのです。これは歌っている方も、聴いている方もそう。

歌い手や演出家の方にイタリア語の本当の意味がわかっているかどうかでは訳詩の扱いはまったく違います。

同じ「Dove sono」のアリアに入る前の最後のレチタティーヴォはイタリア語だと「fammi or cercare da una mia serva aita!」

「今では、私の召使の助けを求めなければならない」と訳します。

これは伯爵夫人が、伯爵の浮気現場を押さえるために、スザンナと入れ替わって庭で逢引するということを計画し、そのことについて言っています。

音楽もかなり悲劇的。
そんなことをしてまでも伯爵を取り戻さなければならなくなった自分を嘆いていますが、大切なのは「召使の助けを求めなければならない」というところ。

伯爵夫人でありながら、自分では何も出来ないもどかしさというわけですね。
しかも、自分よりも身分の低い召使に助けられるなんて。

しかし、これだけの日本語を音符に入れるのはまず不可能。

入れても言葉が硬く、歌詞にならない。

やっぱり歌詞は「詩」です。
歌って綺麗に聴こえないと、耳を刺激しませんよね。

演出的にはニュアンスとして上記のことを入れたいのですが、シラブルが不可能。

と言う事で頭を悩ませて「ああ、いまや、誰に望みを」と言う、まさにどうとでも取れるようなファジーな訳詩に・・・・・。ふっ・・・・あたしのちっこい脳みそじゃあ、ここまでさ・・・(;;)

しかし、これを歌い手がどれだけ本編のニュアンスとして「誰に望みを」と言う言葉を解釈してくれるかでかなり違ってきます。

言葉は違えど、ここに伯爵夫人のプライドが傷つけられる瞬間をわかって、この訳詩を扱って欲しい。そのことが、言葉と音の扱い方を変えていきます。

「メリー・ウイドウ」に関しても同じ。

ただし、こちらは私の訳ではありませんので、いくらかでも文句の言いようもありますが(笑)。

良い経験です。

実は原語でやっている方が、解釈としては楽。
ある程度、単語のニュアンスの方向性が決まってきますから、考えなきゃいけないことは、音楽の方向性。

しかし、訳詩公演は皆が解釈しやすい状況の中での方向性ですから、ほっとくと、いくらでも尾ひれがついて泳いでいってしまいます。

これをがっちりと作曲家の意図につなぎとめるには、私自身が原語台本をちゃんと解釈してないと出来上がりません。これがね~(^^;)

いえ、頑張ります!
例えぶった切ったハイライトでも、一本通す形でも、訳詩でも原語でも、お客様のために作品はあるのですから。

ふ~、演出家ってなんだか大変です~(@@)
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by kuniko_maekawa | 2008-02-11 11:25 | トレーナーのつぶやき | Comments(2)

ベームとR・シュトラウス

いやいや~、久しぶりにすんごく良いDVD観ちゃいました~!!!

これは往年の名指揮者、カール・ベームが指揮した「ナクソス島のアリアドネ」。
1965年のザルツブルグ祝祭小劇場でのライブ盤で、ベーム70歳の演奏です。

なんと言っていいのか、先日、関西二期会公演でもこの作品の音楽的な魅力は語らせていただいたのですが、これが指揮者によって、こんなにも違ってくるのかといった感じ。

シュトラウスは以前から好きで、「サロメ」や「バラの騎士」など、いつか自分でも創れたら良いと思っている作品ですが、この「アリアドネ」はもっと違った魅力を感じます。

シュトラウスはワーグナーから続いてきた「楽劇」と言うものを20世紀においてよみがえらせた人と言うイメージ。

この作品はそれが顕著に現れています。
モリエールの「町人貴族」を基にした1幕の楽劇。その劇中劇として演じられる2幕のオペラ「ナクソス島のアリアドネ」。
芝居対オペラ、セリア対ブッファ、貴族対平民、演者対作曲者。

カール・ベームはこのドラマを見事に振り分けているように感じました。

何より、新鮮!
若々しくてアクティブな音楽です。これで70歳???(1965年当時のですよ)

特筆なのは最初に一振りするその棒の先です。

「アリアドネ」の楽譜を私は見たことありませんが、そこに「Naturale e Allegro」とか書いてますか?って突っ込みたくなるような自然さ、そして軽快さ。

しかも、ひどい仏頂面(笑)。

彼のドキュメンタリーを持っていますが、彼が常々歌い手に言っていることは「私の指揮を見るな。君たちは音楽を感じていればいいんだ。」と言う事。

さもありなん。
彼の指揮を見ていると本当にそうだと感じます。

指揮棒から自然につむぎだされる音楽。指揮棒の末端から音楽の線が見えるみたい。

そのまま1時間、あっという間に1幕修了です。
でも、まるでBGM(上質です!)のように、流れていく音楽のドラマ。ひえ~、すっごい~(@@)

演出も歌い手も本当に良いです。

画面は白黒ですが、セットも衣装も色が見えてきそう。それくらい音楽が想像させてくれています。

ぜ~んぶ、真っ黒で舞台創りたいとさえ思いました(笑)。

歌い手もこの当時一流だった人みたいで(すみません、解説書見るまで知りませんでした)、特にツェルビネッタが素晴らしい。レリ・グリストという黒人歌手ですが、素晴らしい歌唱力と表現力を持っています。

作曲家もズボン役としては当代随一といわれた人ですって。ユリナッチと言います。

この二人のデュエットは夢のようです。
シュトラウスの官能的な音楽をベームが魔法のように指先からつむいで、それを歌い手たちが自然と楽器になって演じていく。理想の形です。

彼らはほとんど余計な動きをせずに、ツェルビネッタの誘惑に作曲家が負けていって、生まれ変わる瞬間がはっとするほど刺激的です。

面白かったのは、執事長という語り役が出来てきて、物語を進行させていきますが、その進行するときに相手をするのが音楽教師と言う役。

これは作曲家の先生で、自分の弟子のオペラを成功させてやりたいと思っている。けれど、執事の雇い主である大金持ちは、オペラの合間にブッファを入れ込みたいと要求を出してきた。

この掛け合いを二人がやるのですが、台詞を喋っている方も歌っている方も、ほとんど会話に区切りが無いです。

変な書き方ですが、両方の会話のレベルが同じなんです。音的に。

これは役者が良いのか、演出家が良いのか、ベームが良いのかわかりません。おそらく全部だと思います。

これがシュトラウスの望んでいた楽劇なんでしょうか?
オペラに芝居的要素を音楽的に成立させようとしたってことですよね。

私がシュトラウスを好きなのは、この「音楽的に」と言う彼の方法を絶対に変えなかったことです。

こうやって台詞が入ってきても、それが音だと感じることがオペラにおける「芝居的要素」と言うのならば、許せるということ。

それをベームが本当に理解して、ただの伝えてとして指揮棒を振っている。
この職人気質と音楽性に脱帽です(;;)

このDVDは忘年会で師匠の自宅にお邪魔した時に、「すっごく良いから」といって貸してくださったものです。まさに・・・。

しばらく堪能していたらば、昨日「はよ、返せ」のメール!?
あわわわ・・・すみません(^^;)

どうやら師匠も時々観たくなる様子。
慌てて自分で買いました。ついでにプリン・ターフェルのサロメも(ヨハナーンで選んでるのです)。

また等分シュトラウスにはまりそうです。(^^)
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by kuniko_maekawa | 2008-02-09 14:38 | 観劇日誌 | Comments(0)

オペラと言うもの

最近、構成舞台をよく創ります。

レチターレでもそうですし、2月にやる学校公演や、この後に控えている公演も2本ほど。

どれも一本ではなく、ハイライトを繋げて一つの作品として見せることを考えています。

こういう風に構成舞台にすると、どうしても本編で伝えられるものが少なくなります。

わかりやすく、なおかつ面白くと考えていくと、本来は音楽が伝えていくものがどんどん少なくなる感じ。

しかし、受け手は案外そうでもないらしく、時間が短くなることと、seccoなどを台詞にすることで逆にわかりやすくなることもあるという感じ。

何よりこういう形に関して、「変わった趣向」的に喜ぶ傾向がある。

主催者側も、それに対して甘えている感じがしてどうも納得いかない。

ハイライトや構成舞台は、はっきりいって中途半端なものだと思います。
作っている本人がそういっては申し訳ないですが、たとえ、どんなに芝居として成立していても、それは「お芝居的オペラ」に故意的にしているだけで、本来の作品を作っているとはいえない。

レチターレにしてもそうです。
歌い手の勉強のためにハイライトを詩や台詞を入れて構成舞台にして観せていますが、本来ならば一本やりたいところです。

歌い手にしても一本歌いこなして本物ですから。

この「趣向的公演」を主催する側も気をつけねばなりません。

往々にして公演をやる側は「自分たちが面白いものを創れば客も満足する」と言う事が理由になったりします。

これはありえません。

3人人がいれば意見は分かれるのが当たり前。

自分たちが面白いと思っても、他の人がそう思うかどうかは別。

よく「来てくれた人たちは、結構喜んでいってくれました」とか「友達は面白がっていました」とか感想として聞きますが、客席に座ってくれるのは、大抵がお友達か親族か関係者。

まったく何も知らない人がチケットを買ってくれるほど知名度もない自分たちの公演を正当化するには、そういう名目も無ければ辛いかもしれません。私も、そう。

けれど、これだけは主催者側は心してかからなければいけません。

「自分たちが面白いと思うこと」は、裏を返せば「自己満足」です。

私はその「自己満足」のために、オペラを切り刻むのは大嫌いです。

途中で台詞を入れたり、日本語と原語を混ぜたり、芝居にしたり。

オペラはオペラ。

作曲家の音楽以外には存在しません。

私は今自分の方向性について、結構考えてしまっています。

私の「変わった趣向」を愛してくださっている方が声をかけてくれるものに関して、自己満足的にならずに、どう作品を作ればいいのか。

出来ればチケットを取らないでいてくれると良いんだけど・・・・。

主催者側としてはそういうわけには行きませんよね(^^;)

私にお金があれば、全部自分で賄って、それこそ私の趣向で好きなことやって、無料で入ってもらうのに・・・・。

ならば許せる。

人からお金を取ることは、すごくすごく大変で、一番大切なことなんです。

誰に、なんと言えばわかってもらえるのか・・・・・。難しいですね(><)
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by kuniko_maekawa | 2008-02-08 12:08 | トレーナーのつぶやき | Comments(4)