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客席というもの

おお、珍しく「オペラなブログ」が更新されていく~(@@)

やっぱり現場に入っていると、感じることが多いんですね。
特に、今回みたいに学生さんや若い歌い手が多いと尚更。それが新鮮でもあります。

さて、今日はお休みです。

今かかっている仕事が明日初日を迎えるので、昨日最後のGPをやったところで私の仕事は終わり。

両キャストとも、もういつでもお客様の前に立てる状態となりました。

やっぱりほっとするし、明日からはある意味お客さんで客席に座っていられるのも楽しみです。

私自身の大義名分は、どんなセクションで公演に関わっても、「客のためにあること」。

そのために稽古場に気を遣い、歌い手に気を遣い、演出家に気を遣い、最終的にはみんなで作曲家に気を遣いたい。

稽古場が良い状態であればあるほど、歌い手が良い状態であればあるほど、作品は良い状態で出来上がります。

そのプラスのエネルギーが客席に伝わって、観ている人たちが感動する。

その瞬間、その劇場にあるものすべてが作品になる。

その公演は、カーテンコールの時、お客様が拍手をしてくださる、その音も含めて一つの形になります。

何が楽しいって、その時の客席を観ている時が一番楽しいです。

私の演出のものであれば、その瞬間が一番嬉しい。

他の公演を観にいっても、つい、カーテンコールの時の客席を観てしまいます。

そして、絶対にいつも、この拍手をもらおうと思う。

客席には魔法があります。

1000人の中に、たった一人でも、またこの歌い手の歌を聴きたいと思う人がいる。また、この演出家の作品を観たいと思う人がいる。

そういう人たちが、またどこかの客席に座って「拍手」と言う行為で作品を創ってくれる。

今回の公演にも、まだまだこれから育っていく若い歌い手さんがいます。

このことを是非分かって欲しい。

自分と言う歌い手を愛してくれる人が、必ずどの客席にもいると信じて舞台に上がること。

それが一番大切なモチベーションなのかもしれません。
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by kuniko_maekawa | 2009-04-28 11:00 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)

一期一会

さて、今やっている公演、間もなく本番です。

残すはGPを二回やるのみとなりました。

音楽大学主催と言う事もあり、大学の持っているホールを使っての舞台稽古が長く、非常に贅沢なものつくりの現場です。

しかし、期間が長い分、いろんなことが起こっています。

昨日も、衣装付きの舞台稽古というのに、主役のテノールが急病で欠席。

急遽、代役を立てての稽古となりました。

こういった際の代役はアンダースタディといって、演劇でもミュージカルでも、必ず立てておくものです。

ただ、この人たちは、必ずしも舞台に立てるということではなく、あくまで本役が倒れた時のみ舞台に乗れる人たち。

しかし、いつでもその代わりが出来るということは、本役以上の力量と努力を期待されている訳ですが、だからと言って、その人のための稽古などはありません。

彼らはただ、稽古場にいて、いつでも立てるように、動きも全部覚えていないといけない人たち。

今回の公演も、何人かアンダーの人たちが入っていました。

昨日のテノールの急病に伴い、当然アンダーが衣装を着け、メイクをし舞台に立ったのですが、このアンダーをやったテノール君が非常に良い舞台を創りました。

まだ大学院を出たばかりの若さで、いきなり舞台に立つ度胸もさることながら、稽古に毎回出ては動きをチェックしていただけとは思えないくらい、役作りもしっかりしていて、本当に素晴らしかった。

周りの歌い手たちは、かなり経験もある大人たちではありましたが、彼が入ったことによって適度な緊張間も生まれ、相乗効果的に良い空間が出来上がっていました。

彼はオーディションを受けた時、次点だったらしく、きっとこの舞台に乗りたくてしょうがなかったんだと思います。

ずっとずっと稽古を見ながら、臍をかんでいたのかもしれません。

彼が歌うとなった途端、すぐさま劇場に行って、稽古中に撮ったビデオを見ながらチェックをし、音楽稽古をし、メイクをし、衣装を着け、段取りを確認し、堂々、舞台に乗っていきました。

段取りをつけている間、精神的なことも心配しつつ、彼に「大丈夫?」と何とはなしに気を掛けていたら、彼が「楽しいです」と一言。

ああ、そうか、と私は納得。

こんな機会、彼にとってもそうそうあるわけじゃない。

もちろん、出れないと思っていた舞台に立てることもそうかもしれないけど、衣装を着けて、メイクをして、オーケストラで歌うことって、彼らの人生でどれくらいあるだろう。

にこにこしながら稽古する彼を見ながら、なんとなく胸が熱くなりました。

「じゃあ、今日は何が何でも自分のために歌おうね。こんな機会滅多に無いんだから、誰のためでもなく、自分のためにやろうね」

彼は大きくうなずいて、見事に舞台をやりきりましたよ。

こういう時、こういう瞬間があるから、舞台をやめることが出来ないかもと思います。

彼は非常に良く舞台をこなし、聴いていた人に感動を与えていました。

けれど、それは彼が代役と言う立場にいて、もし、本役のテノールが休まなければこういう瞬間は無かったこと、逆に、彼が本役で稽古をずっとしていたら、何かの欲が出てしまって、こんなにピュアな思いで舞台に立たなかったかもしれないこと、色んなことが重なって起こった奇跡みたいでした。

今日の舞台稽古では、彼はまた通常の合唱団の役目に戻って、舞台に上がっていました。

これは現実。

こう考えると、何もかもが二度は無いことのように感じます。

今参加している歌い手たちだって、一生のうち、この作品を、この役を、何回歌うだろう。

私にしたって、今一緒に仕事をしてる歌い手たちと、スタッフたちと、また、いつ舞台を創るだろう。

何もかもが、その時一回きりの出会いなのかもしれません。

それにしても、昨日の彼の音楽のなんと純粋だったことか。

ただ、ただ自分のためにだけあった3時間が、私たちにも夢を観させてくれた、不思議な瞬間でした。
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by kuniko_maekawa | 2009-04-26 01:13 | 演出家のつぶやき | Comments(0)

指揮者というもの

さて、オペラを上演する際に、もっとも重要なのは指揮者だと思っています。

もちろん、歌い手も重要ですが、彼らも含め、音楽と言う一番根底にあるものを司っている責任者として、指揮者が好きか嫌いかは大きな問題です。

これは仕事で関わっていてもそう。

どんなに頑張っても、オペラの場合は演出には制限がある。

私たちが読み込んだものが表に出るかどうかは、指揮者如何によって大きく異なります。

そこで、いつも公演をするたびに、指揮者との戦いは必須。

演出家に関わらず、すべてのセクションが影響を受けます。

この「指揮者」と言う人。

良くても悪くても、責任を負っている人です。

良ければ当然、「指揮者のおかげ」となり、悪ければ「指揮者が悪いから」とネガティブなものはすべて押し付けられる。

前者の場合は、現場は本当に和やかにすすみます。むしろ尊敬と感動が溢れたりする。

しかし、後者の場合は、悪いことはすべてその指揮者のせいになると言う、変な暗号が生まれます。

すなわち「あの、指揮者じゃしょうがないけど」

私は、こういう現場がほんとに嫌いです。

と、言うのは、良くても悪くても、それが「主観」であるから。

もちろん、ほんとにひどい指揮者は居ます。

目の前で歌い手が演技して歌っているのに、楽譜から目を離さないとか、一緒に息をしてくれないとか、挙句の果てには、言葉もわからないとかね・・・・。

私自身も、オペラを聴きに行って、何も感じない時は指揮者のせいだと言い放ちますが、それでも自分が仕事をする際に、音楽がひどいと感じたからといって、指揮者の音楽を否定して稽古をすることは出来ない。

結果的には、彼が本番の全責任を負うことと、それをすると、歌い手たちやオケやスタッフや、自分たちがもしかして出来てないことまでも、その指揮者のせいにしてしまいそうだからです。

歌い手は一番指揮者の良し悪しに左右されると思います。

指揮が見づらいとか、音楽が発信されないとか、テンポが悪いとか、実際に彼の棒(指揮者のテンポのことをこういいます。指揮棒を持っていますから)で歌わなければならない。これは大変なことだと思います。

一流の歌い手になると、指揮者を引っ張っていって、オケの方が歌い手にあわせたりするケースも往々にあります。

しかし、これはその歌い手さんの音楽が優先されるわけで、言ってしまえば、その歌い手さんがちゃんと音楽を創っているから。

自分では音楽を持たずして「指揮がよくわからない」と言うのは、ただの責任転嫁だと思います。

これは演出家にも言えること。

自分のやりたいことが出来ない時に、「この指揮者じゃね」って言ってしまうのは簡単なこと。

でも、自分の気に入らない指揮者でも、プロダクションが選び、その棒の元でやらねばならないのだとしたら、それを仕事としてどう捕らえるかの方が、大切なことのような気がする。

おかげさまで、私はいつもスタッフから「お前は指揮者に合わせすぎてやりたいことをやらない」と叱咤されますが、どういたしまして、それが職人なんだと自負しているから良いんです(--#)

もちろん、最高に相性のよい、あるいは尊敬できる指揮者との仕事を望んでいます。

けれど、人が二人いる限り、同じと言うことはありえない。

でも、私の中に音楽が流れていて、それが揺るがない限り、どんな指揮者とやっても私としては良いんです。

そこに添って、初めてバランスの良い舞台が出来る。

それが嫌ならオペラはやらない、と、思っています。

懸念しているのは、若い歌い手たちが、「指揮者」の良し悪しが自分たちとは関係ないと思い込まされること。

そんなことないんです。

例えば指揮者の棒がわからないから、指揮者の前で正面を見据えて歌う。

どこにいても、小走りで指揮者の前に来る。

演出家の要求を「指揮が怖くて」とのまない。

怖さは重々わかります。

けれど、これって、どれも歌を歌いだす前に指揮者の棒を頼っているから起こることかもしれません。

つまり、歌いだす前の音楽は自分たちの中に流れていないって事。

もちろん、そういう人ばかりではありません。

多くの歌い手の皆さんは、本当に音楽を作り、演技し、指揮者との仕事もちゃんと出来る人が多いです。

先の一流の人たちが音楽を持っていると感じるのは、指揮棒が出る前に、流れている音楽の中で歌いだす動機を持っていて、オケとのコンタクトのみに指揮棒を感じているから。

それが無いと、どんなに良い指揮者とも仕事が出来ません。

つまり、音楽を創ると言うことのコラボレーションが出来ない。

困るのは、こういうことが感じられずに、指揮者に頼り切る人です。

創るべきは歌い手自身の音楽。

それをオケとあわせていくのが指揮者の仕事です。

だから、むやみやたらと指揮者のせいにしないこと。

もっとも、お金を出して観にいった公演で、指揮者の音楽が気に入らないと、やっぱり「指揮者がひどい
」と言いますけどね(^^;)

さて、今関わっている公演、本番まで後一週間を切りました。

沢山のお客様に見ていただきたい仕上がりになってきましたよ。

楽しみです!(^^)
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by kuniko_maekawa | 2009-04-23 10:54 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)

無意識と言うこと

復活!と言う事でもないけれど、手の痺れも軽くなってきたのと、ちょっと思うところがあったので、久しぶりに記事を書きます。

ただいまは、ある音楽大学の学校公演に携わっています。

この大学は三年おきに学校を挙げてのオペラ公演をやっており、前回まではドイツ人の演出家が来て公演を行っていましたが、今回から演出家が変わり、私は演出助手で参加しています。

キャストはダブル。

一組は大学院生も混じった若手組み。

もう一組は、二期会や藤原でもソリストとして活躍しているプロで組まれています。

学校が主催と言う事もあり、早めに舞台を仕込んで、ホールを使っての贅沢な舞台稽古が続いていますが、今回は作品が難しいこともあり、まだまだ気が抜けません。

こういう公演にアシスタントとして入っていると、通常の演助の仕事以外に、やはり、若い歌い手さんたちのケアも仕事として入ってきます。

私自身が若く、キャリアが無かった時は、中々出来なかったことですが、御一緒している演出家が許してくださっていることもあり、トレーナーまがいのことを色々とさせていただいて、彼らを出来るだけ良い状態で舞台に乗せてあげたいと思っています。

しかし、どうしても手が出せないところがたった一つだけあります。

どこかというと、舞台の上。

悩んでいることや、出来ないことを話を聞いてあげたり、アドヴァイスをあげたりすることはいくらでも出来ます。

泣かせてあげても良いし、怒っても良いし、レッスンのように歌を聴いてあげても良い。

しかし、それは舞台袖までの話しで、実際の舞台上に出てしまえば、誰も助けてあげることは出来ません。

プロ組みと若手組みの大きな違いは、それがわかっているかどうか。

もちろん、若手組みも、理屈では分かっているかもしれません。

けれど、たった一人で戦った経験があまりにも無い。

だから、駄目だしをしている時に、必ず「無意識でした」と言う言葉が出てくる。

これが大きな問題です。

私は常々、スタッフであろうと、役者であろうと、舞台上に出ても出なくても、公演を主催する方には客への責任があります。

それをどう果たしていくかは、それぞれ個人的な問題です。

私だったら、演出助手として、このプロダクションをどう支えていくか、常に考えます。
それもこれも、客への責任を果たしたいから。

この感覚が若手組みには薄く、気をつけていないと「無意識」にいつもと違うことをやってしまう。

例えば、小道具の持ち方、立ち位置、目線を下げてしまうとか、ぼけっとしてたとか・・・・・・。

これは、絶対にあってはならないものだと思います。

舞台の上に立った瞬間、すべてが「意識的」に行われて初めて、「創る」と言う事が存在する。

「無意識=無責任」

この図式を是非分かって欲しいです。

本番まで後9日となりました。

それぞれの組みで稽古するのも4回を切りました。

客への責任をどう取っていくのか、最後まで言い続けようと思います。
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by kuniko_maekawa | 2009-04-19 23:24 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)