「リア王」発進!

さて、本日より「稽古場Vol.6 リア王」の稽古が始まりました。

横の記事でもお知らせしていますように、今回は歌い手8人と演出家10人、そして照明家一人のコラポレーションです。

「リア王」はシェークスピアの中でも、「ハムレット」や「ロメオとジュリエット」同様、有名どころ。

名前だけは聞いたことがある、と言う方も多いのでは?

あらすじはこうです。

ブリテン国王リアは、長きに渡った戦いの日々を終え、老いの身を三人の娘たちに託し、余生を送ることにした。長女、次女はそれぞれが父王を褒め称え、その賞賛に値する領土をもらうのだが、末の娘だけは、嘘の言葉で飾ることが出来ず、リアの怒りを買い、フランス王の妃となって国を出る。
しかし、残った二人の娘はリアを疎ましく思い、城から荒野へ追い出してしまう。段々と気が狂っていくリア。
彼の運命は・・・・。

世界の巨匠、黒澤明監督の「乱」は、この物語を戦国時代に移したものです。

今回のコンセプトは、言葉に刺激を受ける身体と空間を創るということ。

私がいつも朗読会や、こういう場でシェークスピアを取り上げるのは、この台詞がすべてライブだと思っているから。

16世紀の劇場で、人々が食べ物を食べながら、役者たちに野次を飛ばしたり、笑ったり、泣いたりする度に、役者や劇作家たちが台詞をどんどん変えていく。

シェークスピアの特徴ある長台詞や比喩などは、いかに客を飽きさせずに面白がらせるかを考え続けて書き続けたという感じがして、読んでいるとワクワクしてくるのですね。

「リア王」も、娘たちに領土をわけようとして、結局は末娘を追い出してしまうという、いきなりの顛末は、芝居が始まって15分くらいの間に起こることです。

これだけでもかなり劇的だとわかります。

この激する言葉が、私たちの身体をどう刺激するか。

そして、その刺激が空間をどう動かしていくのか。

集まった人たちは、誰しも経験と感性を持っています。

今日は顔合わせで、初めてみんなで読んでみたのですが、中々面白い音が集まってきました。

明日からは、台詞を刈り込んでいきながら、まずは「読む」ということに慣れる作業をやって行きます。

そうしながら、段々に言葉の音を創っていき、心と耳を開いて、身体に風を通し始めます。

本当に面白くなりそうですよ~。

とにかく会場にお越しください。
お待ちしています~!(^0^)
[PR]

by kuniko_maekawa | 2009-07-30 00:18 | 稽古場 | Comments(0)

前途と言うもの

随分と更新に時間がかかりました。

色々と進み始めたことがあると、比例して問題も色々と出てくる。
精神的なことや物理的なことも含めて、へたれたり元気になったりに忙しく、しばらく記事はお休みでした。

今週、やっとお休みモードになったので、なんとなく頭もすっきりして来た感じ。

大学にも夏休み前の授業と言う事で、顔を出してきました。

私が持っているのは、大学3,4年生と大学院の1,2年生。
3年目となりましたから、段々に何年か見ている学生も出てきました。

やはり大学院まで残っている学生たちは、3年生の時点でなんとなくモチベーションが違います。
先を観ている感じがする。

大学の方でも、1年生からオペラ実習を組むというのではなく、20歳を超えて、声がある程度出来てきて、尚且つ、先の見通しを考える3年生と言う学年からオペラ実習を始めると言うのは、やはり将来を考えさせるきっかけにもなるということだと理解しています。

しかし、誰しもが望みどおりに行くというわけにも行かず、3年生で希望が叶ってオペラをやり始めたのに、4年生になって現実を突きつけられることもしばしば。

この間も、4年生の授業をやっている最中に、ある女の子がぽろぽろ涙をこぼし始めました。

あらら~、口が悪いので評判の私ですから、何か言っちゃったかと思い、取り合えずその場は他の子に変えて、授業後話をしてみると、やはり先の見通しが立たずに悩んでいるとのこと。

大学院に行きたいけど、親の経済的に無理。

しかし、自分で働いて歌の勉強を続けるのは自信がない。

だけど、田舎に戻って働いてお金をためてまた東京に戻ってくるのは、尚更自信がない。

この「しかし」「だけど」「でも」の堂々巡りが永遠に続くように思っている最中です。

そんな時、授業をやっていて、ふと「こんなことは、もう、今しか出来ないのかもしれない」って思ったとたんに、涙が止まらなくなってしまい、話をしていても、とにかく泣けて泣けてという状態でした。

それを見ていると、あまり悩まずにここまでやってこれた自分の環境に感謝するばかりですが、こころから音楽が好きで、歌うことが好きで、続けていきたいのがわかって切なくなりました。

正直、ものすごく歌唱力があれば、まだ学校やいろんなことのバックアップもあったのでしょうが、まだまだ実力はつけなければならない。

レッスンを続けるにはお金がかかります。

もちろん生きるためにも。

じゃあ、あれこれ考えずに、バイト生活を始めてみればいい、気持ちがあれば絶対に夢は叶う。

そう思い切れるには、確実な将来性が感じられないと、進めるモチベーションが持てないのは、最近の若い人たちに共通かもしれません。

つまり、今の余裕のある生活環境が無いと、音楽を続けられないと思っている。

私たちの若い頃は、ものが無いのが当たり前だったから、雨風がしのげる部屋と、食べるものに困らなければ良かった。
逆を言えば、それくらいだとバイトで稼いで生活しても十分暮らせたんですね。
私も大学を出たら、家賃等、全部自分でやりました。危うかったですが(笑)。

今は、学生生活も裕福です。

携帯、TV、PC、DVD。
お部屋も当然エアコン付き。
家賃も5万から8万。

どうしても声を出さないといけませんから、防音室なんかにすむと、ワンルームでも、軽く10万ですよね。
親御さんも大変(^^;)

食べ物もグルメなものが沢山。
洋服、靴、鞄、当然お洒落もしたい。

これに加えて、レッスン代、ドレス代、楽譜代、そりゃお金がかかりますよね(^^;)

ちなみに、私は寮に入っていましたから、寮代が食費も含めて月に3万五千円。
仕送りは8万で、その中に寮費とレッスン代を入れてもらって、後はバイト代が1万くらい入って来るくらいで、全然普通に生活してました。

食費光熱費はいらなかったし、バイトがパン屋だったので、帰りにパンを沢山もらってお昼にしてたし、何より都下で物価も安かったように思います。

卒業してからの方が、生活費は大変でしたね。
当然、家賃も光熱費も払っていくのですから、いつの間にかレッスンも行かなくなりました。

だから、尚更自分で生活することの大変さはわかります。
いつの間にかモチベーションが下がるのも。

スタッフに変更できたから良かったかもしれません。
歌ではやれなかったし、元々、東京に残りたいだけで理由は音楽にはありませんでした。

本末転倒にならないためには、本当の目的を早く見つけることです。

ただ歌を続けたいと言う漠然としたものではなくて、オペラ歌手になりたいとか、少なくとも演奏家になりたいとか、何かの目標を持つ。

私の友人は大学院を卒業してからずっと、「歌で食いたい」と思い続けて、留学を考える暇も無いほど、与えられた仕事を一生懸命やってきたと言っていました。

だからこそ、その友人は、今も舞台に乗り続けて素晴らしい歌を歌っています。

勉強するためだけに、東京に残るのならば、私も意味があるのか無いのかわからないと思います。

続けるのが大変なだけで、大した稼ぎにもならないこの商売を薦める気にもならない。

けれど、何が何でも「歌うことを仕事にする」と言う強さがあれば、何をおいても、勉強を続けることを薦めます。

まだ若いとか、声が出来てないとかで答えを出すのを遅くするのは意味がありません。

なぜなら、その目的のために、声を磨いたり勉強をするのが本道だと思うからです。

夏休みも始まって、きっと卒業学年の人たちは、この先の自分と対峙している時期だと思いますが、大学を出れば出たで、研修所を出れば出たで、仕事を始めれば始めたで、その都度、先のことを考える時期は必ずあります。

むしろ、どうやって続けていくかをずっと考えてなければいけないかも。

20歳を越えれば、もう大人です。

今、迷っている人がもし、この記事を読んでくださっているとしたら、今一度、自分と向き合って、本当に歌手として仕事をしたいのかどうかを問いただしてみて下さい。

「歌を続けたいのか」なんて甘いものではなく、「歌を仕事にしたいのか?それが出来るまでの実力があるのか、尚且つ、そうなる努力を何が何でもやれるのか?」そう問いただしてみてください。

そこにモチベーションがあれば、絶対に道は開けますから。

さて、そのモチベーションを持ち続けたがために、必死で自分を磨いている人たちの「リア王」。
今月末から稽古が始まります。

稽古内容は、このブログでもご紹介しますが、どうぞ、足をお運びください。
モチベーションだけは、誰にも負けない!って人たちが頑張ってますから。

とにかく、すべては「自分」。

若者よ、頑張れ~っ!(^0^)
[PR]

by kuniko_maekawa | 2009-07-21 15:22 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)

場を作っていくこと

トップの記事にも書いていますが、私は「稽古場」と言うプロジェクトを持っています。

このブログの「稽古場」のカテゴリーを見てもらえば、どんなことをしているかを読んでいただくことができますが、簡単に言ってしまえば「稽古場を成立させる」と言う試みです。

稽古場を共有する参加者が、稽古場代をそれぞれが負担し、その代わり好きなことを試すというもの。

適当な名前が思いつかず、「稽古場」といっている間に、それが名称になってしまいました(^^;)

私が行う企画公演のベースは、この「稽古場」です。

歌い手と演奏者と私。

誰しもが壁を作ることなく、必要最低限の言葉と音楽でクオリティを求めて作品を作る。

そこにあるのはただ風通しの良い空間。

期間は4日くらいですが、とにかく身体と心を開いて、それぞれが向き合おうとするので、素晴らしくクオリティの高い稽古場が出来上がります。

この「稽古場」で得られる経験値の高さといったらば、下手に演出するよりよっぽど高い。

私の中の可能性を広げるためにも、必要な場ではありますが、もう一つの目的は、参加してくださる方の「お立ち台」にしたいということ。

「お立ち台」と言う言葉も、懐かしい感じですが(わかる人はバブルがわかる40代だなっ!)、こういう能力を持っている歌い手がいるという、アピールの場所に出来たらと思っています。

そのために「稽古場」自体は公開です。

常に、人が出入りする。

この二つのこと。

「経験値をあげること」と「お立ち台を作ること」が、私に取ってはものすごく大切なことです。

今の日本では、中々芸術的地位を上げていくのは難しく、国の芸術支援が少ないだけに、それぞれの分野の方が頑張って企画公演や自主公演などを行って、あるいは、地域と密接に劇場運営をするなど、個人的な対応がかなり必要です。

オペラにいたっては、歌い手を育てるまではやっても、育てた歌い手たちをすべて舞台に乗せていく土壌は無い。

元来お金がかかるのがオペラ。

当たり前です。
総合芸術ですから。

そのために、満足いく予算で舞台が作られるのは稀。
もしかして、無いかも。

望めば望むだけかかるというのがオペラです。

ブロードウエイの舞台みたいに、投資家がいるわけでもなく、けれどある程度の人気もある。

音楽大学も、各歌劇団の研修所も、毎年沢山の歌い手の卵たちを世に送り出します。

各団体、頑張って所属歌手たちのためにコンサートをしたり、オペラ公演をしますが、それでも賄えない。
難しい状況になっています。

私は、自分にいくらでも好きに使って良いお金があれば、迷わず舞台を創って、歌い手やスタッフをどんどん使っていきたいです。本当に。

劇場を建てて、一月に一回新しい公演をロングランで打ち続ける。

投資家にはちゃんとロイヤリティを戻して、また投資を得る。

すべての公演は、オーディションでキャストを選び、日本中の才能のある歌い手たちを、きちんとしたギャランティで、契約したい。

スタッフも同じで、才能があると思った人たちをどんどん使って新しい舞台を創っていきたい。

そのための場とお金をいくらでも出してあげることが出来れば、どんなに素晴らしいことか。

それでこそ切磋琢磨も生まれるでしょう。

オーディションに受かりたければ、うまくなるしかないんですから。

もちろん、オール日本人キャスト、日本人スタッフです。
当たり前です。日本のプロダクションなんですから。

それで世界に発信できて、初めて国際的な劇場になります。

これが夢。

死ぬまでにどこまで叶うかわからないけれど、少なくとも、歌い手に「場」を作って行くことくらいは、できるようにならないだろうか・・・・。

そんなことを考えながら、日々企画公演をどうやって打っていくかと考えています。

私が公演を考える際に、一番先に思うのは、出来るだけ舞台の経験回数が少ない人たちと一緒にやって、その人たちの才能を伸ばすこと。

そのための条件は、1年を通して、オペラ作品のキャストで出演する回数がゼロ~一回。あるいは、主役や準主役での舞台経験が無い人。

年齢や性別は気にしませんが、やはり女声に声をかけたくなります。

男声はある程度歌えれば、需要がありますから。

それでも、合唱団ではオペラをやったことあるけれど、キャストではないということならば、同じですね。

ただし、歌唱力は必要です。

経験値を上げるだけで、自主公演は打てない。

お客様を感動させるクオリティは欲しい。

厳しいようですが、オペラは声が命。

声を持っていなければ、やはり選ぶわけにはいきません。

ここに切磋琢磨が生まれる。

今はうまくなくても、来年は伸びるかもしれない。
そういう可能性も捨てきれません。

こんなことを考えていると、本当にテンション上がります(笑)。

今は、なんとか頑張って1年に二回くらいの公演しか打てませんし、予算が無いので報酬も交通費くらいしか出せませんが、それでも、続けて公演を作って行きたいと思っています。

どうやったら「場」を増やすことが出来るのか、今の私の大きな課題ですが、叶えたい。

歌い手さんと出会うためにも、できるだけ演奏会や発表会には足を運びます。

そうやって私の舞台で歌って欲しいと思う歌い手さんを探して、舞台を打つ。

あ~、お金が欲しい~!(笑)

来月の「リア王」は、これだけで素晴らしいオペラが出来るんじゃん!って言う歌い手さんが集まってくださいました。

詳細はトップの記事で。

私のこういった企画に賛同していただける方は、どうぞ会場に足をお運びください!

ちなみに、作っていく作業をしている昼間が一番面白いと思いますよ。
きっとみんなひ~ひ~言ってるでしょうから(^^;)

御予約お待ちしています~!
[PR]

by kuniko_maekawa | 2009-07-06 22:04 | トレーナーのつぶやき | Comments(2)

外国語モード

7月に入ったとはいえ、まだ梅雨盛り。

今年はしっかりと梅雨って感じで、毎日湿っぽいですね~(;;)

さて、今日は午前中、レッスンでした。

クライアントさんは、今年で3年目になる方で、歌い手さんではありません。

元々お芝居の勉強をなさっていた方で、それと平行して声楽も勉強されており、今はアマチュアオペラ団体で、演出助手などもなさるということ。

そのために、オペラの楽譜を多角的に読みたいと言う目的のもと、一緒に勉強しています。

本当にこういう方には頭が下がりますよね。

たとえアマチュアであろうとも、やるべき仕事をちゃんとやると言う意識がしっかりしていて、イタリア語も楽譜も、芝居の台本を読むという作業も、手を抜くことなく、毎回きちっと勉強してきてくださいます。

長く続けているだけあって、ちゃんと訳せるようになってくるし、表現の仕方も変わってくる。

アマチュアとかプロとかは関係なく、その人それぞれのモチベーション次第だと本当に思います。

今日来てくださっている方は、「フィガロの結婚」をずっと読んでいます。

丁寧にやっていますので、やっと1幕のケルビーノのアリアまで来ました。

「丁寧に」と言うのは、段階をいくつか踏むからです。

最初にリブレットを訳す。
ただ、対訳と照らし合わせるのではなくて、当たり前ですが、辞書を引き引き、自分の言葉で直訳していきます。

イタリア語を初めて勉強するという方でも、1年もすれば簡単なリブレットは訳せるようになります。
もちろん方法があるのですが、クライアントさんの努力の賜物でもあります。

リブレットを訳して、内容を読んでいったらば、今度は芝居の台詞としてリブレットを読んでいきます。
もちろん実際に声に出して、台本を演じていくように読むのですが、これに割りと時間がかかるのです。

単語を調べて、内容を読んでいるところまではいわゆる「机上の空論」。

空論とまでは言わないまでも、頭で考えることですね。

問題はそれをどう「言葉」にして表現するか。

ここでネックになるのは、扱っているのが「外国語」だから。

慣れていない言語を自分の言葉にするのには、やはり緊張や違和感があると思います。

アクセントや、発音は正しく読めても、そこどまりになって、言葉に積極性がなくなる。

本人は、一生懸命、ケルビーノが恋を語るソネットを、韻に気をつけながら読んでいるのですが、やっぱり耳に心地よくない。

そこで、最近有効だなと思うのは、頭をイタリア語モードにすること。

つまり、日本語で考えないことです。

言うまでも無く、オペラの楽譜はイタリア語をはじめ、外国語のものがほとんど。

もちろん日本語のオペラもあります。

でも、まず最初に扱うのはイタリア歌曲集だったりする。

私たちは、声楽を始めてからず~っと外国語に苦しめられているのです。

しかし、どうして日本語だとちゃんと感情を伴った言葉を喋れるのに、イタリア語だとそうならないのか。

まずは単純に「外国語」コンプレックスがあること。

留学とかしてればまだしも、ちゃんと喋れるかどうかも自信が無い。

人間と言うのは面白いもので、やっぱり勉強してるというからには「完璧」に喋れないと恥ずかしい感じがする。

私も前はそうでした。

後は、やはり「伝える」と言う事に積極性が無いこと。
何度もこのブログでも書いてますが、「伝えたい」と言う欲求が少ないのですね。

「ちゃんと読もう」と言う意識ばかりに捕らわれて、集中するところが違ってきてる。

今日もケルビーノのアリアを読みながら、やはり肉のあるイタリア語が聞こえてこなかったので、途中で読むのをやめて、「なんでも良いからイタリア語で話してみて」とお願いしてみました。

別に正しい文法でなくても良いから、単語を並べるだけでも良いから、自分のことを何か話してみて、と。

すると、彼女はしばらく何を喋って良いかわからないといった表情で、随分言葉を懸命に探していましたが、取り合えず一言「mi」と口に出しました。

「mi chiamo ~(私は~と呼ばれています)」と話したそうでしたが、続く「chiamo」が中々出てこない、そうすると、それに変わる言葉を違う方法で探し出して、話し始めました。

その内、絵を描いたり、辞書を引き始めたりして、会話が成立し始めてきました。

私もそんなに文法が強いわけではないので、恐らくイタリア人が聞いたら、笑っちゃうような会話でしょうが、それでも出来ました。

これは、彼女が私に取り合えず伝えなくちゃいけないと、必死に自分の語彙を探したからです。

この「必死に語彙を探した」というのが大切。

それによって、イタリア語であっても、日本語で話しているときと同じように、言葉に積極性が出ます。

その「伝える」と言う努力の結果生まれた「積極性のある言葉」が、「肉のある言葉」だと私は思ってます。

歌っても台詞でも、同じことです。

それっぽく演じるのではなく、「肉のある言葉を喋る」これには、かなり故意的な要素が含まれています。

どんな思いでこの言葉を喋るのか。

それは喋る本人にしかわからない。

そのためには、喋っている言葉にイメージがあり、尚且つそのイメージを伝えると言う積極性が無いと、ただの記号になってしまいます。

特にオペラの場合は、聴いてくださる方も日本人なわけですから、字幕が出たからといって、耳の刺激が無ければ結局は感動できません。

それより何より、歌い手のあるいは役者の身体が動かない。

自分の口から感情的な言葉が吐かれて、初めて身体は動きます。

そのためにも、頭を素直にする必要があり、簡単な会話であっても、外国語モードで喋るのは結構有効なんですね(^^)

8月にやる「リア王」は、この部分もかなりクリアにしていきたいと思っています。

中々素晴らしい歌い手さんが、朗読会であるにも関わらず集まってくださいました。
是非、皆さん会場に足をお運びくださいね~。

それにしても、好きな仕事が出来る幸せ。

今日もクライアントさんに感謝し、神様に感謝し、またレッスンが入ることに感謝して。(^^)
[PR]

by kuniko_maekawa | 2009-07-02 16:31 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)