「信頼」の値段

まだまだ演出家としては、知名度の低い私。

80歳過ぎてもバリバリ現役の、雲の上のような大演出家から始まって、私の師匠や姉弟子や、兄弟子、同世代の友人も含めて、才能ある演出家はごまんと居ますから、公演依頼されることなど年間1本あればすごいことです(笑)。

事実、この3年の間も、依頼されて演出したものは、3本。
やっぱ年間一本の割合ですね。

取り合えず一年に一度、大学のガラコンサートなるものをやっていますが、こちらは授業の一環なので、創っている感は半分です。

それよりも、学生のためを思ってやっている。

しかし、これでは演出家としてはどうなのかしら?名乗っていいものなのかしら?

ってことで、依頼された仕事以外は自主企画公演を興してなんとか場を作っている次第。

なんでもそうですが、名前を育てるためには、続けることが必須です。

おかげさまで、こういった自主企画のものでも、参加してくださる歌い手やスタッフに支えられて、毎回面白い舞台を創ることが出来ていますが、ありがたいことに、こういうことが出来る最大の理由は、「信頼」です。

お互いに何度も仕事をし、人間的なことや仕事の才能を高く評価しているからこそ成立する関係。

私も、なんどもこの「信頼」と言う物に助けられて、今までやってくることが出来ています。

しかし、最近、この「信頼関係」と言う物が、とても難しい。

演出家であれば、誰しも、ちゃんとした公演を打ちたいと思う。

歌い手はさることながら、舞台美術、照明、衣装、舞台監督等、フルスタッフで、ホールを押さえている時間もたっぷりあって、尚且つ好きなことに歯止めを置かないですむだけの豊富な予算があれば、どれだけ素晴らしい公演が打てるだろうと切に願います。

しかし、依頼された公演でも、裕福な公演になることは難しいのに、個人で自腹を切ってやる公演の予算など、高が知れている。

そこを押してでも、公演を打ちたくなったときに、すがりたくなるのが「信頼」です。

「どうしてもやりたいんだけれど、これだけの予算しかない。駄目ならば断ってくれて良いから・・・・」

などと言いながら、相手が「良いよ」と言ってくれるのを期待している自分がいることは否めません。

でも、同じことは私にもあり、演出助手や演出で依頼を受ける時も、「予算が少ないのですが」と言う言葉を必ず言われてから依頼を受けるので(笑)、その後は、やはりその団体や演出家との信頼関係で仕事を進めていく。

問題は、その「信頼関係」がお互いに良くない方に動きそうな時、それを自制できるかどうかと言う事だと思っています。

つまり、甘えが生じそうな時に、冷静に考えられるかどうかと言うこと。

特にスタッフは考えなければいけません。

舞台美術家であれ、照明家であれ、彼らは会社や舞台製会社との繋がりなどで、ある程度の機材や道具を持っています。

もちろん、一つ一つの見積もり金額はありますが、ここに「義理」「人情」の世界が入ってくると、その金額は正直曖昧なものになる。

これはきっと世の中のどの世界でも起こりえることでしょうね?

駄菓子屋の叔母ちゃんが、子供たちに「おまけ」と称して、一つ飴を増やしてやるのと同じです。

当然、そのことばかりを狙っていては「信頼関係」なんてあっという間になくなってしまいますが、プランナー達も、創りたいのは同じで、こちらの要求したものを彼らのデザインと照らし合わせた結果、使えるものなら使いたい、となってくる。

こういう話が出てきた時、俄かに不安に駆られて、緊張します。

なぜなら、彼らの提案を甘んじて受けるかどうかで、「信頼関係」が大きく変わる大事な選択の瞬間だからです。

簡単に受け取ってしまいたい気持ちは100%ですが、その時は感謝の言葉で終わっても、前例が自分の中で出来てしまって、要求はもっと大きくなってくる。

かといって、善意をまったく断ってしまっては、それこそ関係にひびが入る。

予算を十分用意できれば良いですが、出来ないからこういう話になる。

そこで、私が考え始めるのは、正規の値段を支払うのは無理でも、なんとか色をつけて支払いを増やすことでありますが、そうなると、最初からちゃんとした値段で依頼した方が彼らにとって正しいと思い至り、結局予算以上のことは、お願いせずにことを納めることになります。

これで一件落着にはなりますが、彼らのせっかくの好意と創りたいというモチベーションを無駄にしたみたいに感じて、ちょっと申し訳なくなります。

だったら、こんな安い値段で依頼するなってことになりますから。

しかし、払えないものは払えない。

ここには私の演出家的満足感とは違うものが存在しています。

結果、出来なかったことは、「次の機会に・・・」と言う夢のような言葉に代わって行きますが、それでも出来る限りの「信頼」に守られて、公演はいつも大成功です。

こんな時に、いつも終わって思うのは、彼らが何も考えずにやりたい事を出来るお金があれば、この人たちの才能は、どこまで伸びていくんだろうってこと。

きっと、こんな風に、あんな風に、今日出来なかったこの場面はこうなるだろう、いや、もっと違ったアプローチを持ってくるのかもしれない・・・・。

そして、今ある予算の中で出来上がった作品をみて、改めて彼らの才能に感動し、「信頼」に感謝して、やっぱりやらなきゃいけないことは、自分が大きくなることなんだと大反省して終了です(^^;)。

先日、制作をやっている友人と食事をし、そこでもこういう話になりました。

お互いに、長い間「信頼」で仕事をしているスタッフがいます。

しかし、ふと、その「信頼」に甘えそうになった時、出来ればスタッフ側からも「出来ない」と止めて欲しい。尚且つ、「やっても良いですよ」と言われたときに、「いや、それじゃあ悪いから、少し予算を増やします」といえる自分でありたい。

彼女曰く、「やりたいことがあるのはわかる。少ない予算で少々形が悪くても、公演をやり続けることも必要。それでもちゃんとした形で創りたいのなら、本当に必要なのはお金だと思うよ」

名言です。

さて、こんなことを書いているのは、これから「オルフェオとエウリディーチェ」のスタッフワークが始まるからです。

彼らの「信頼」をどう返していけば良いのか。

その中で、私の絵をどう創っていくのか。

予算以外に彼らに何かを返すとすれば、「創る」と言う喜びですから。

是非、会場に足をお運び下さい。

皆様のチケット代も、私たちの活動の礎になります。

スタッフ、歌い手、そしてMMCが育っていくのには、皆様の御協力が欠かせません。

何より、この空間を共有していただくために、チケット代はあると思っています。

ブログラムへの広告記載、カンパも喜んで受け付けています(^0^)!

いずれ、ちゃんとした形にしようと思いますが、まずはこの公演を支えていただけますように!

皆様の御来場を心よりお待ちしています!
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by kuniko_maekawa | 2009-10-25 12:30 | 演出家のつぶやき | Comments(2)

呟くように・・・・

「オルフェオとエウリディーチェ」の音楽稽古が進んでいます。

11月から少しずつ、立ち稽古に入って行きますが、今回やりたいことは、言葉をどうやって紡いでいくか、そして、その語りから、どう身体が動いていくかと言うこと。

「呟くように歌いたい」

それを受け入れてくれている歌い手さんたち。

本当にイメージ通りの「声」が集まってくれました。

さて、「呟くように歌う」とはどういうことか。

こういう風に書くと、あるいは言うと、独り言のような喋り方を想像されるかもしれません。

イメージはそれに近い。

しかし、「声」のエネルギーがなくなるのは意図するところではありません。

歌い手の声の響きがあって、最低限、聴いている人の耳に届く言葉でなければ意味が無い。

言葉にするとすれば、「詩的」と言う事でしょうか。

今日も稽古をしながら、そういう箇所がありました。

オルフェオとエウリディーチェの二重唱で、自分を見ないオルフェオに対して、「では、あなたの口づけも、抱擁も受けられないのですか」とエウリディーチェが歌う部分があるのですが、音架が早く、ソプラノにしては音が低い。

しかし、基本、歌手はどの音でもちゃんとした声で、言葉が聴こえるように歌います。

当たり前のことですが、しっかりした音がそこにある。

もちろん、低いですから、五線を越える音ほど大きくは聴こえません。

それでも、ある程度の音の大きさがある。

しかし、リブレットの内容は、エウリディーチェのショックが強いあまりに、自問自答し、そのことに苛々している感じがある。

もちろん、その苛々感をしっかりと歌うということでも十分、表現になりえます。

「呟くように」と私がこだわるのは、その自問自答する苛々感を、リアルに捉えたいから。

もっと内にある、心の声に焦点を合わせたい。

よしんばその時の声がお客に聴こえるか聴こえないかの小さな声でも構わない。

声の大きさではなく、言葉の強さや、激しさや、厳しさだと思うからです。

もっと言えば、それをオペラでやろうとしているのは、そうやって呟いた声にちゃんとした響きがあり、どんなにに小さな声だったとしても、聴いている人の耳を刺激できるという確信があります。

ここに期待がある。

歌曲を歌うように、それぞれの役が喋っている言葉が、その役の経験値で語られ、感情が言葉を動かしたい。

そして、その言葉を伝えるのに声がある。

この言葉の感情に動かされた歌い手の身体が、自然に動き出す時、「呟くように歌う」ことがなんの違和感もなしに、聞いている人たちの心を動かすと思います。

今は、その「言葉」を創っている最中。

本当に才能豊かな歌い手さんたちに恵まれました。

まもなく本番まで一ヶ月。

どうか皆さん、会場にお越しください。

そして、私たちの言葉を聴いていただけたら・・・・。

考えるだけで、ワクワクします。

チケットの御予約はお早めに!

お待ちしていま~す!!(^0^)
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by kuniko_maekawa | 2009-10-23 21:25 | MMC | Comments(0)

音楽稽古が始まりました!

「オルフェオとエウリディーチェ」の音楽稽古が始まりました。

昨年、演奏会形式で上演後、形を持って上演しようと考え始めてから1年あまり。

やっと「創る」と言う作業に入ります。

ほぼ全員揃った一昨日は、ざっとコンセプトの説明をして、それから一回通してみました。

参加してくださったのは、27日のオルフェオ、折河君と28日のエウリディーチェ、松田麻美さん。それにアモーレの竹村明子さんと西本真子さん。そして本番も弾いてくれるピアノの吉田貴至君です。

何に付け、一番最初の稽古と言うのは、初顔合わせの人もおり、なんとなく稽古場がギクシャクする感じですが、そこは風通しの良い人たち。

音だしを初めてから少しすると、あっという間に空気が流れてきました。

今回キャストにお願いした人たちは、みんな懇意ではあります。

元教え子や、同年代で、ほぼ同じ時期を育った人や、かかわり方は様々ですが、随分前から知っている人たちばかり。

彼ら彼女らの才能をわかっていて、依頼しているのは当然ですが、最大の理由は、心地よい空間を創れる人たちであるということ。

それは、ただただ穏やかと言うだけではなく、何というか、「わかっている」心地よさなんですね。

これは、昨年の演奏会形式の時も思ったのですが、30代から40代の彼らは、ある程度経験を積んできており、自分の能力を客観的に見ることが出来ている。

出来ることも出来ないことも同じレベルで捉えることが出来るんです。

もっともありがたいのは、出来ないことがあった時、それをまず受け入れてから、違うことに変換できること。

出来ることを最大限にすることは、当然誰でも出来るんです。

けれど、出来ない壁にぶち当たった時、もがくことはやっても、受け入れることは難しい。

そこのところが、何というか、緩いんです。

いい意味でファジー。

もちろん、努力をして下さっていて、尚且つ、と言うことですから、投げ出しているわけではありません。

でも、頑張ってみても自分には無理だとなったときに、「これなら言っていることに近い表現にならないだろうか」と言う、代案が出てくる。

引き出しが多いのですね。

これは非常にありがたいんです。

こういう作業をやりながら作品を創っていくことを、ずっとやりたいと思っていました。

その作業を、「音演出」と題して、MMCの公演はすべて私が音も創っていくことをやろうとしていますが、それは、指揮者のように音楽を司るというのではなくて、それぞれ持っている感性を摺り寄せる作業だと思って創っています。

今日は二回目の稽古で、28日のオルフェオの諸静子さんと、27日のアモーレ、西本真子さんが参加です。

前回は、ざっと音楽を通し、流れを説明しながらの稽古でしたが、今日からは、もう少し深く、楽譜の中に入り込んだ稽古になりました。

私は、常々オペラは伝達芸能であり、歌舞伎のように、それを支えているのは、歌い手一人ひとりの「芸」だと思っています。

つまり、同じ音を歌っても、歌い手が変われば変わる。

当たり前のことですが、それはすべてに言えるわけで、例えば、同じ場面を違う演出家、違う照明家、違う美術家が作れば、それぞれの感性で絵が変わってきます。

それがどんなにオーソドックスなことでも同じです。

そして、その「芸」と言う物は、年月が経てば経つほど、磨かれて換わってきます。

能や歌舞伎役者が、ある形をずっとやり続けて、年齢が変わるごとに役が育っていく。

一月半と言う短い時間ですが、この「芸」が育つ時間を期待しています。

そのためには、言葉を尽くして、お互いの感性を摺り寄せて行くのが、私の仕事です。

まずは、歌い手さんたちとの音を創ることを丁寧にやっていきます。

そして、忘れていけない、オーケストラ。

今回、本番を任せる吉田貴至君は、昨年「ドン・ジョヴァンニ」で御一緒したピアニストさんで、こういう試みに参加してもらうのは初めてです。

まだ二回目の稽古ですが、私の変な投げかけも、ちゃんと全部聴いて、真摯に音で返してくれようとしてるのがわかります。多分、もう少し前川ワールド?に慣れたら(笑)、彼のピアノから言葉が聞こえそうな感じがする。

指揮者を介さない今回は、彼が私のパートナーです。

当然、私だけで音楽そのものを歌い手に渡すことは出来ません。やはり、根本は音楽家じゃないですから。

でも、私の語る言葉が音楽を動かすことは出来ると思っています。

それが「音演出」だと思っていますし、そのことを叶えるのには彼の支えが不可欠です。

まだ二回目の稽古であっても、すでに本番が想像できるほど、本当に才能を持っている人たちが集まってくれました。

まずは、歌い手さんたちとの作業から。

それが終わる頃、「絵」を司るスタッフたちとの作業が始まります。

「音演出」は「音を創って観せる」こと。

そのために、スタッフも、最高に素晴らしい人たちが集まってくれました。

なんて幸せなんだろう。

こんなにも音楽と向き合うことが出来ること。

この幸せは、すべて会場に来ていただいたお客様のものです。

本当に、素晴らしい公演になります。
予感があるんです。(^^)

是非、会場にお越しください。
今回は、60席しかお席がありません。
お早めに!
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by kuniko_maekawa | 2009-10-16 21:41 | MMC | Comments(0)

ミラマーレ・オペラ2009年公演「奥様女中」「ジャンニ・スキッキ」

昨日ご招待いただいて、ミラマーレ・オペラの公演に行ってきました。

この団体は、藤原歌劇団団員の松山いくおさんが立ち上げたオペラ団体で、初年度の「魔笛」では、アシスタントで参加させていただきました。

松山さんとも、私がこの仕事を始めてから2年目くらいで御一緒して、その後も色々とお仕事させていただき、お世話になっています。

この団体の特徴は、オーディションによってキャスティングされた、若い歌手たちの育成もさることながら、地方団体からの歌い手の招聘などもおこなっており、そういう意味では、今回のキャスティングも新しい名前と才能を知る良き機会となりました。

演目はペルコレージ作曲「奥様女中」とプッチーニ作曲「ジャンニ・スキッキ」の二本立て。

ともに50分くらいの短い1幕ものではありますが、有名なアリアもある人気の作品。

「奥様女中」は、金持ちの老人ウベルトが、子供の頃から世話している女中セルピーナの傲慢な態度に辟易し、さっさと追い出してしまおうと企んでいると、逆にまんまとしてやられて、彼女を妻にしてしまう話。

一方、「ジャンニ・スキッキ」は、フィレンツェの大金持ち、ブオーゾ・ドナーティが死んだ日、彼の遺産を狙う親族たちが集まって悲しんでいるのもつかの間、彼は莫大な財産を全部修道院に寄付すると遺言状を残します。
これを何とかしたい親族たちは、知恵者のジャンニ・スキッキに持ちかけますが、こちらもジャンニにしてやられて遺産を全部奪われてしまうというお話です。

どちらも一杯食わされた人と食わした人とのお話ですが、作品の時代性と音楽が全然違って面白かったのと、今回、「奥様女中」の方は日本語歌唱だったので、尚更楽しめました。

もう一つのミラマーレの特色は、公演日程が長いということ。

通常のオペラはダブルキャストで、それぞれが一回公演で二日間と言うのが通常ですが、ミラマーレは六行会ホールと言う小ホールを得て、3キャスト5日間公演を成し遂げています。

しかも、公演自体はキャストを入れ換えて、昼夜公演の日もありますから、8回くらいの公演です。

やはりオペラの場合は、歌い手さんの負う度合いがかなり大きいので、こういう長い日程で、何回も歌うというのは、結構難しく、新国立劇場などでは、間を二日あけるとか、そういう風にして行うことが多いです。

しかし、こちらは毎日行っての5日間8回公演。

本当にスタッフ、キャストの方々お疲れ様です。(^^;)

そういう意味では、同じ作品を違うキャストで楽しめるのもミラマーレ・オペラの面白いところ。

そうやって何度も足を運ぶ方もいらっしゃったのではないでしょうか。

昨日は「奥様女中」の方を松山いくおさんと国光ともこさん。

「ジャンニ・スキッキ」の方はタイトルロールを「オルフェオ」でもお世話になる折河宏治君が歌っていました。

演出は今井伸昭さん。

オペレッタやブッファに定評があり、特に身体全体を使って言葉を喋らせるようなエネルギーがいつも舞台に溢れていて、思わず噴出したり手を握ったりしたくなるような、面白い舞台を創る方です。

今回も御他聞に漏れずに、両作品とも楽しく笑いながら拝見しました。

特に「ジャンニ」は親類たちが若い歌い手さんが多かったせいもあって、作品の中の核となる部分をそれぞれが捉えるのには経験が浅く、勢いで芝居も歌も流れそうになるのは否めず、その辺はきっと演出家も指揮者も苦労したであろうと想像しましたが、若さゆえのテンションの高さは楽しく、そのテンションを上手く拾って作り上げた舞台であったと見受けました。

もちろん、全体の構図は楽しく、良い作品に仕上がっており、中でもタイトルロールを歌った折河君は秀逸でした。

まだ30代半ばであり、この作品を歌うにはもう少し時間が欲しい年齢ではありますが、出てきた瞬間から「要」になるような空気を持って舞台に居たこと。

また、その空気を持ち続けながら同じくらい「要」となる音楽観で歌いきったこと。
言葉の扱いや、フレーズ感。

ちゃんと音楽空間を感じられて素晴らしいと思いました。

元来、勘が良く、真面目に丁寧に音楽と向き合う人ではありますが、良い声を生かすための経験を、ずっと地道に積んできた人でもあります。

その成果がちゃんと現れていて、しかも「勉強してきた」痕跡ではなく、「表現」として作品の素材になっているということが素晴らしい。

きっとあの上演中、彼は彼自身のことはまったく考えずに、音楽の中にいたのじゃないでしょうか。

そういう意味で、立派なタイトルロールでありました。

11月の「オルフェオ」もかなり期待できると嬉しいさ倍増!

彼の公演は明日の夜もあります。

是非、観にいってあげてください。(^^)

今回もう一つの必見は指揮の柴田真郁さんの音楽です。

特に「奥様女中」のテンポの良さは、久しぶりに耳を全開したくらい好きでした(笑)。

古典のかっちりした音楽時計は崩さず、しかしそれぞれの場面のアリアやデュエットのテンポの違いが、全体の物語をはっきりさせています。

オケの編成が小さかったので、余計に各楽器の役割がわかったからかもしれませんが、退屈になりがちなリピート・オペラ(何回も同じフレーズを同じ台詞で歌うもの)を、意味のある繰り返しに聴かせていました。

もちろん、この音楽を理解し、感性を寄せてくる松山さんと国光さんも素晴らしかったということだと思います。

その証拠に、「ジャンニ」の方では、その効果が8割だったと思うからです。

古典とは違って、プッチーニの作品となると、もともとの楽譜もかなり色んな音楽表記があり、色んな奏法が書かれているのではありますが、それを柴田さんはやはり物語性の強いテンポの作り方をしており、例えば、親類たちがジャンニに遺言状を書き換えられたあかつきには、それぞれが欲しいものを言う場面では、かなりテンポを落として、その言葉をはっきり歌わせようと言う意図を感じるのですが、歌い手たちは、そのゆっくりなテンポに自分たちのテンションを入れることが出来ないで終わっていました。

こういう箇所が随所にあったと思います。

これは、反面教師で難しいと思いながら観ていましたが、やはり、こういう音楽を特別感を持って作るとき、どれだけ歌い手と指揮者のコミュニケーションがあるかにかかっていると思います。

もちろん、演出としてもそうです。

このテンポで来る指揮者に演出家として、どう納得していくのか。

歌い手としてどう納得していくのか、あるいは、させるのか。

この三つが揃って初めて、特殊なことは普通になります。

しかし、往々にして、歌い手たちの経験値が少ないと、自分たちの中の体内時計の針を、違う時計にあわすのは中々難しい。

それでも、全体として、良くまとまっている音楽でしたが、もっと納得した上での音楽と芝居を観てみたかったと切に思いました。

ただ、柴田さんの音楽を聴いていて、良いと思ったのは、そういう好き嫌いのはっきりした音楽をやった時に、すべてを責任を取っているような感じがして潔かったのですね。

「やりたいからやる」

わがままにならないためには、やった本人が客に対しても、演奏者に対しても、「責任」を取るかどうかなんだと思います。

それがはっきりしていてうなずけた。
特筆すべきことだと思いました。

オペラと言うのは、本当に楽しく、そして難しい。

難曲、難役は沢山あって、歌舞伎と一緒で、何回もやって初めて自分のものになる。

歌い手であっても、指揮者であっても、演出家であっても同じです。

きっとこの8回の公演で、歌い手さんはどんどん良くなっていくでしょうね。

それを全部見届けるのも、こういう長い日程では可能ですし、醍醐味だと思います。

公演は明日までやっています。

どうぞ、皆さん、足をお運びください。

続けていくことが難しいこの世界。

改めて、ミラマーレ・オペラと松山いくおさんに拍手です!(^^)
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by kuniko_maekawa | 2009-10-11 20:12 | 観劇日誌 | Comments(0)

「オルフェオ」本読み稽古

今日は三回目の本読みをしました。

参加者は27日にオルフェオを歌ってくれる折河宏治君と、同じく27日にエウリディーチェを歌ってくださる柴山晴美さん。

さて、本読み稽古と言う物、あまり聞きなれない方もいらっしゃるかもしれません。

お芝居では立ち稽古に入る前に、台本を読み合わせる稽古をやります。

単純に「読み合わせ」とか「本読み」と言います。

オペラの場合は、まずは楽譜の中身を知ることから始まりますから、お芝居で言う「本読み」と言うのが「音楽稽古」に当たります。

つまり、楽譜と言う台本を読んでいく作業。

立ち稽古をする前に読み込んでいく作業ですが、最近はモーツアルトなどセッコがあるオペラに関しては、立ち稽古に入る前に演出家による「本読み」をやることが多くなってきました。

これはセッコと言う物語を進めていく箇所に、芝居的要素が必要なことと、やはり内容を読み込んでいく作業を演出家とやることによって、そのプロダクションのコンセプトなどを演奏者に伝えやすいからだと思っています。

今回、私が音楽稽古の前に本読みをやるのも同じ理由です。

私と歌い手さんとの感性を摺り寄せる作業をやってから、音楽稽古に入りたいからです。

特に今回は、言葉を創り、その言葉を伝えるために音楽を使うということをやりたいので、一人ひとりが持っているイメージを出し合うことが必要。

昨年演奏会形式の「オルフェオ」に参加してくださった方々は、この作業を一回終えていますので、新しく私と「オルフェオ」を創ってくださる方々と主に稽古をしています。

さて、今日もまず最初にコンセプトのこと、それから概要などを話しながら、お二人と楽譜を読んで行きました。

元々、この作品はアルトがオルフェオをやるのが普通です。

しかし、今回は普通の夫婦を作ってみたくて、折河君にお願いし、バリトン版のオルフェを一組作りました。

そのご夫婦お二人に、3幕のデュエット、エウリディーチェを外界へ連れて行こうとする場面を読んでもらいました。

折河君は、もう何度もこういう私の試みを手伝ってくれている人で、時を同じくして成長してきた人です。

そういう意味では、どこか「あうん」の呼吸を持ってくれていて、非常に風通しが良い。

加えて、彼自身の経験値も上がってきて、30代真ん中と言う年齢も含め、核がしっかりとして来た感じがします。

私が話していることを、時々質問を交えながら、ゆっくりと自分の感性と照らし合わせてくれるのがわかる。
心地よい理解があります。

これは相手役に対してもそうで、この丁寧さが彼の特筆であり、魅力なのだと思います。

かといって、表現するものは一つの色ではなく、相手役や演出家、指揮者との作業を良くわかっていると言う事なんですね。それを受け入れる楽しんでくれる度量があります。

柴山さんは、前回音を入れてレチタティーヴォ部分を私とあわせていきましたが、相手役がいるということで、また新たに言葉を捉えなおしてくださいました。

彼女の良いところは、言葉のクリアさや声の質と言う物理的なこと以外に、腑に落ちないとか疑問を新しいことに展開してくれること。

今日も、読みながら、ふと私の思っていることと真逆のことを彼女が気付いたことがありました。

そのことは結果的に、彼女の思っていることのほうをやってみようということになりましたが、その気付き方が面白く、気に入りました。

私は、やはり自分のプランに対して、どこかステレオタイプになってしまい、そのことを押し通すために、つじつまを合わせるということを、恐らく無意識にやっていると思います。

彼女は、一度はそのプランを受け入れて、会話をやってくれる。

これもかなり自然に受け取れています。

その上で、ふと疑問が生じる。

それは、間違っているとかそういうことではなくて、自分が台詞を喋る時に「そのプランでも出来るのだけど、もしかして、自分だったらこう喋りたいかもしれない」って言う、本当に感性の部分での疑問だったりするのですね。

それをちゃんと口に出してくれる。

「くんちゃん(私のことを彼女はいつもこう呼びます^^)の言ってることでも、出来るけど、この言葉に愛情をすごく感じるので、その前の言葉はこう言って見たい気がする・・・」と言う感じ。

そこで、折河君と私と柴山さんとで、もう一度その箇所の前後を読んでみる。

しかも、そこで導き出した答えは、「今はこうしておこう」と言う曖昧さで次に進める。

なぜなら、稽古が進むにつれて、あるいは立ち稽古に入るにつれて、お互いの感性や感じ方が変わる可能性もあり、それが良いならそこに行こうと暗黙の了解があるからです。

そんなことも、この人たちはわかってくれている。
素晴らしい感性と才能です。(^^)

本当に幸せ。

こういう丁寧な作業をずっとやりたかった。

だからこそ、起こしたMMCと言う名前ですが、これもこの主旨をわかってくださる彼らが参加してくれるから成り立つことです。本当に、感謝!

このお二人は、今回が初顔合わせ。

どんな夫婦になっていくのか、楽しみです(^^)

さて、次回は音楽稽古になります。

これから本番までの幸せな時間は、そのままお客様に形となって観て頂けるでしょう。

会場でお待ちしていますっ!
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by kuniko_maekawa | 2009-10-01 21:59 | MMC | Comments(0)