絶不調~(@@)

気持ち悪いです~(;;)

実は一週間くらい前から、どうもこの天気と湿気に自律神経が痛い・・・・って感じでした。

でも訳詞や他の仕事も含めて、バタバタと毎日を過ごしていましたから、「気持ち悪いな~」と思っていても、無視できるくらいのエネルギーをなんとか保って頑張ってましたが・・・・・。

一昨日、一週間の最後に事務の机にの前に座っている時から、どうしても眠くてちょっと気持ち悪い。

吐き気がするとか言うのじゃなくて、なんと言うんですかね~、とにかく気持ちが悪いんですよね。

熱っぽくて生あくびが出るような・・・・。

昨日は休みでしたから、朝はゆっくりおきましたが、なんとなく目が覚めない。

特に食欲も無いし、微熱っぽい。

あ~、血圧の薬を飲んでも更年期はやってくる・・・・。

夜に控えている結婚パーティーをぎりぎりまで行こうかどうしようか迷っていましたが、なんだか昨日はパーティーに行きたかったのよ~(^^=)

ってことで何とか行ってきました。

間が悪いことに立食で、足も今ひとつ調子悪かったから、早々に椅子に座って黙々と食べ、帰りは駅まで車で送っていただいて「では、また明日~」なんて教会のお友達と笑って分かれたは良いけど・・・・。

今日は朝からダメでした。

それでも教会の庶務の方にお話をしなくてはいけないこととか、聖歌隊の練習などもあったので、取り合えず遅れて礼拝に参加しましたが、具合わるい~(;;)

身体が重くだるく、眠く、顔を上げているのもしんどい・・・・。

と、言うことですべての教会の用事を人に押し付けて(笑)、即効帰ってベッドに横になりましたが、だるくて起き上がれないです~・・・。

こういう時の得策は、取り合えず身体を温めること。

3時間くらい横になって、ちょっと眠ったこともあり、さっきなんとか身体を起き上がらせることに成功。

そのまま食事をして、しょうが湯等、身体が温かくなるものを食す。

そうするとやっと手足が暖かくなってきたので、これ幸いとお風呂に入って、今に至ります。

そんな具合が悪くて、なんでブログを書いているのかと言われそうですが、具合が悪い時に寝てばっかりだとテンションが下がって落ち込むんですよ~(@@)

どうしても今返事を出さないといけないメールもありましたので、気分転換のブログです。

「あたしは相当具合が悪いの~!!!」

と訴えるのが目的です(誰にだ・・・^^;)

そうだ~、結婚相手の条件をもう一個~・・・。

あたしが具合が悪い時は看病してくれること。

これね、当たり前じゃんっ!とか思うでしょ?

あなたの彼氏や旦那さんがそう言う人ならば、あなたはかなりヒットでしたっ!

大抵男の人って、女性の具合が悪いのを嫌いますよ。

私みたいに日ごろが元気で、お母さん的雰囲気とか先生的雰囲気とかあると、弱った姿が奇異に見えるのか、見るのが嫌なのか、あんまり良い顔されません。

前に付き合った人なんて、あからさまに熱がある時とか「居ない方がいいだろう~」みたいなこと言って、さっさと帰っていきやがったぜ!ば~かっ!

どんなに側に居て欲しいかわからんかったのか~!卑怯者~!(;;)

それはともかく・・・・・私は基本的に人に甘えたい人なのっ!

この先結婚する人には、父であり、兄であり、友人であり、恋人であることを求めたいと思いますっ!

ほんとは何でも甘えたい。

でも、誰でも全部受け止めてくれるわけじゃないから、甘えない。

そんな許容量のある人、出合ったこと無いもん・・・・・・・。

あああ・・・・だめだ、気持ち悪くなってきた・・・・(><)

今日はもう寝ます。

お休みなさい~!
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by kuniko_maekawa | 2011-07-31 18:37 | 心のつぶやき | Comments(2)

お休みで~す!(^0^)

昨日、台本の件も片付いたし、今日はほんとのほんとにお休み!

ただし、簡単には休みにならないのが最近の日常。

こういう隙間を狙って、私的な用事は入ったりして・・・・。

今日は弟夫婦とさっき久しぶりに食事に行きました。

お嫁さんはただ今臨月。

9月1日が出産の予定日です。

年齢的なことはともかく、観た感じ若夫婦の色んな話を聞きながら、いつの間にかしっくりと馴染んでいる二人に和まされつつ、出産準備の買い物に出かけるのを見送って、自宅に戻りこれを書いています。

本当はこのまま家で休んでいたいのですが、今日は夜、珍しくパーティーに。

教会の若いお友達が結婚しまして、そのお披露目です。(^^)

ドレスコードのあるパーティーなので、私もちょっとお洒落して行きます。

カーテンコールでもなく、仕事の集まりでもないドレスコードのあるパーティーは本当に久しぶり。

ましてやこの年になると結婚披露宴の御招待もめっきり少なくなりますから(^^;)、いやいや楽しみ。

何か新しいことが起こるかな~・・・。

やっぱパーティーなら、出会いでしょう~(笑)。

新郎新婦が若いので、またも子供みたいな年齢の人達の集まりでしょうけれど、エネルギーもらって来ます!

さて、来月から新しいことがいくつか始まります。

6日までは、なんとなく夏休み。

お休みが多いと言うだけですが、この何ヶ月間の疲れを取って何も考えずにゆっくりしようと思います。

ちょっと眠くなってきた~(@@)

お昼寝ですかね~(^^=)

今日もお仕事の方、遊びに出かけていく方、家でTVを観ている方、楽しい一日を!
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by kuniko_maekawa | 2011-07-30 15:01 | 心のつぶやき | Comments(0)

桃栗三年の家族

・・・・・と本題に入る前に・・・・・

終わった~!!!

もう~もう~!絶対に終わらないかと思ってた~(;;)

これから控えている、二つの地方公演の準備が取り合えず終わりました!

何が大変って、両方が日本語上演で、訳詞を作っていたことと、双方が一本やる予算も時間も無いがために、構成して短くしなければならず、そのことについて色々と付加価値が着いてきていて、そういうことも全部処理して、取り合えず・・・・・。

ああ・・・今日から頭を空っぽにして良いんだわ~(><)

もうすでに気持ちは夏休み~(^^=)

とにかく、とにかく2011年になってから、ずっとずっと靴の中にある豆粒がやっと取れました!

いやいや~、長かったな~。

ってことで、本題へ(^^)

こういう商売のせいか、はたまた単なる私のキャラクターのせいか、私の周りには常に若い人達がいます。

大学の講師などもやっているので、子供のような年齢の人達とも接する機会が多い。

スタッフでも、すでに私よりは一回り以上若い人達がプランナーとして仕事をしていますから、同年代で仕事をすることの方が少なくなってきているかも。

そうやって過ごしていると、時々いつの間にか家族のようになる人が居る。

私が女だからかもしれませんが、どちらかと言うと、男の子が多い。

この場合、「子」と言うのは、年齢が私よりもはるかに若いと言う事もあるので、私からはやっぱり子供に思えるときがあり、そういう意味で「子」。

実は20代後半とか30代前半とかなんですが、なんだろう・・・とにかくいつの間にか子供のように甘えたり、尊敬したり、なんでも一緒にやりたがる。

一応断っておきますが、女性として見られているわけではありません。

本当に家族的。

その証拠に、ちゃんと彼女が居たり、奥さんが居たり、それでなくても一緒にお風呂に入っても問題なし、みたいな空気感です(笑)。

昔は、この「家族的」な居方が良くわからず、「お話がしたい」とか「一緒に仕事をやらせてください」と言うコメントに、一々「もしかしてあたしのこと好き?」みたいな、結構今だと赤面するようなことを考えて、どつぼにはまることも多々ありました(どんだけうぬぼれてんだっ^^;)。

しかし最近は、色々と苦い経験もしたし、何より私の中で恋愛というものの価値観が変わったので、この擬似家族関係が結構気に入っています。

でも残念なのは、そうやって擬似家族となっていた若者たちが、いつの間にか大人になってしまうこと。

それはある日、ある時そうなっており、その瞬間、今まで家族だった若者たちは、対等のレベルとして目の前に立っています。

あれれ?と思っている間に、擬似家族は離散。

それまでは、「絶対一緒に仕事したい」とか「前川さんの仕事は何でもやるから」とか言ってくれていた息子や娘たちは、ちゃんとした依頼を受ける同業者としてお互いを見たいと思い、その才能を認められ、私よりももっと才能のある演出家や製作者と仕事をし始める。

それ自体は非常に喜ばしいもので、元々才能在る若者たちが、私よりも先に進み始めることに応援を惜しみませんが、心の底ではこの変化がすごく寂しい(;;)

これって子供が巣立つのを見ている親の気分なのだろうな~。

いつもいつも側に居て、一々色んなことに影響を受けて、楽しいことも嬉しいことも頭にきたことも辛いことも、沢山沢山話をしてくれて、そして育っていく過程に私が居る。こんなに嬉しいことって無いです。

でも、子供は育つ。

何よりも、育つ途中の彼らの生きるスピードに、もう私はついていけません。

否、着いていかなくて良い。

なぜならば、私は彼らが今通ろうとしてる道を、もう通ってきており、すでに自分の歩の速度が決まっているから。

私にも経験がある、彼らの「過程」はすごく速いです。

常に速足で歩いていかねば、何かを取り損ねるのが怖くて、ものすごく走っています。

私もそうだった。

だから、いつの間にか一緒に歩かなくなって、どんどん走っていく彼らをただ見送るのみです。

この変化がすごく寂しい。

出切ればずっと変わらずに側に居て欲しい。

私の言うことや、考えに一々影響されて感動して欲しい。

私の創る舞台は「いつも俺が(私が)やる」と言って欲しい。

そうやって育っていく過程にずっと一緒にいたい。

でもね、それだとその人は終わっちゃいますよね。

私も多分そうだった。

誰かに頼ったことはあんまり無いけど、でも、私を愛して護ってくれた人たちが沢山居て、その人達に感謝する暇も無くどんどん走ってた。

今だから、足を止めてその人達と仕事をすることが出来るけど、その時は、怖くて足を止めることが出来なかったように思います。

この擬似家族が成り立つ期間が、だいたい3年。

何でもそうですよね。

桃栗三年なんです。

さて、今年も一つ擬似家族が終わりそう。

一緒に色々とやり始めて3年も経たないうちに??なんて思ってたら、一番最初に仕事をした時から数えると、丁度3年目でした(^^;)

また今度は誰とこういう家族になるんだろう・・・・。

そして、今まで家族だった人達は、この先どうやって才能を開いていくのかしら・・・。

多分、そうやって家族関係が終わった後は、今度は対等に向き合って、才能だけで仕事が出来るようになるんです。

その日を楽しみにしつつ・・・・。

それにしても、こういう変化には必ず戸惑いと辛さが着いてくる。

出来れば変わって欲しくないのに、必ずこういう日が来る。

あんなに楽しくて、可愛くて、笑い合ってた子供が、ある日急に大人になって仕事相手の顔して前に立ってる。

世の中の親はどうやって子供が大人になるのを受け入れるのかな・・・。

唯一これも神様の恵みと思えるのは、もう一生親になることのない私にも、子供を持った疑似体験が出来ること・・・・なのかなあ・・・・。

でもやっぱ悲しい~!
ずっとずっと同じ君で居てよ~、せっかく楽しかったのに~・・・・(泣)。

人生は色々ですね。

あ・・・やっぱ早くあそこへ行きたい(すごく行きたいところがあるんです)・・・。

擬似家族を育っていった子供たちのこれからを本当に祈っています。

家族で居てくれてありがとね~・・・・。
楽しかったよ~(^^)

神様に感謝しつつ・・・・。
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by kuniko_maekawa | 2011-07-29 22:42 | 心のつぶやき | Comments(2)

なぜ私は歌わないのか???

同じ教会員のMさんより、ものすごく興味深く面白いお手紙をいただきました。

御本人の許可をいただいてここに掲載したいと思います。

いや~、これこそ音楽の力だと思いますよ(^^)

では、御堪能あれ!

「私は他の人から良く『Mさんは良い声だ。その賜物を生かすために聖歌隊で歌ったら』と言われます。
多くの場合、言葉を濁してまともな応答をしていません。その理由について申し上げたいと思います。

最初に、私は私の声が良いのか悪いのか全くわかりません。でも、音楽に才能のある人々がそういうのであれば、そうなのでしょう。そしてこれまでも、その声に乗せられて3度ほど聖歌隊として歌い、キャンドルライトサービスでも歌ったこともあります。しかし長続きしませんでした。

何故か。

楽しくないからです。

私は歌うことは好きですが、合唱は楽しくありません。

私に取って『歌うこと』と『合唱すること』は全く別物であると、思い感じているからです。
再度書きますが『歌を歌うこと』は私に取って喜びです。しかし『合唱をすること』と『合唱のために練習すること』は私に取って全く楽しくないことであり、苦痛でしかありません。

これまでも教会で、音楽の才能、素養がある人によって合唱の指導をしていただきました。

多くの人はその指導によって、合唱が良くなったといいます。

しかし私にはどう合唱がよくなったかはわかりません。

読めない楽譜を見ながら、音程が外れていないか、この音は直前の音よりも上がっているのか、下がっているのか、この音符の長さは何だっけ?この記号はどのような意味なのか、いつ息を吸うのか、どのタイミングで声を出すのか、いつ止めるのか、指揮者のあの動作は何を意味するのか、そもそも今の自分は楽譜のどの部分を歌っているのか、など、わからないことだらけで歌っていました。

当然そこでは多くの人の言う、合唱の楽しさと言われていることなどは、全く感じません。

そして当然ながら、楽しくないことに関して学ぼうという気は起きません。

私に取って「歌を歌うこと」は自分自身の楽しみのためです。自分が喜びを感じるためです。

その時、その歌を聴く他人を要求しません。一人で自分のために歌えば良いのです。

それは風呂場であり、通勤途上であり、酔っ払っての帰宅時であり、興が乗ればどこででも私は歌います。
もちろん、その時の状況は考えますが、歌うことに関して、一人だけで完結し、それ以上の広がりを必要としません。

ところが「合唱をすること」は広がりを、つまり聞く人々を要求するのではないかと思います。

聴く人を意識して、歌い方が、いかに作曲者、指揮者、指導者、それぞれの意図に合致しているか聴く人にわかって欲しい。練習によってこれだけうまくなったのを知って欲しい。こういうことを意識しているのではないでしょうか。

例えば、『これはこのように歌うと良くなる。他のパートの声を聴いてテンポがずれないように。声量のバランスを考えて』と言われます。そのような合唱に関する規範の下に、歌う人間はその規範に押し込まれていくような気がします。少なくとも私はそう感じます。そもそも合唱とはそういうものなのかもしれません。

ただ、私が歌う時は、そのようなことを全く考えないで歌いたいのです。

その時『それは歌というものを理解してない、合唱は成立しない』と言われるかもしれませんが、最初から合唱などをしたいと思わない私にとって、その言葉は何の意味もありません。

別の言葉で語れば、私は好きな時に、好きな曲を、自分の好きなように歌いたい。

自分が気持ちよいように歌いたい。その時リズムも自由、音程も自由、興が乗れば作曲しても(ただ間違っただけでしょうが)良い。

これは音楽ではない、歌ではない、合唱ではない、ただ勝手に音楽らしい音を出しているだけだ、と言われるかもしれません。その様な考え方に対し『私は音楽をしたいのではない、合唱をしたいのではない、これが私の楽しめる歌い方なのだ』と答えます。

なぜ楽しくも無い合唱をしなくてはならないのでしょうか。

でも教会員として年に二回、ないしは三回ある、壮年会の聖歌隊には参加はします。教会で決めた活動であると思うからです。

音楽が好きな人々には想像もつかないと思いますが、このような感じ方をする人間もいるということを知ってください。

結論 『合唱の楽しさを感じない人、わからない人を合唱に誘うな』

礼拝の会衆賛美の時が、誰にも何も言われずに歌えるので、私にとって歌うのが一番楽しい時です・・・・」

いや~、どうです?堪能しました?

私はこれを読んだ時、本当に感動しました(^^)

「音楽を好き」ってこんなに自由なことなんだと思って。

私も私の周りも、音楽を仕事として、毎回作品を表に出すために、楽譜を言葉にしながら関わっていくことがあたり前になっていますが、人それぞれ音楽の愛し方が違うということを思い出しました。

私も最初に音楽が好きになったのは、小学校2年生の時の歌のテストで、みんなに褒められたからです。

合唱だったわけでも、オペラだったわけでもない。

素晴らしくピュアで、面白いお手紙いただいて本当に感謝です(^^)

音楽家の皆さん、これが音楽ですよ!

心して、自分たちの仕事を顧みてみましょう!

今日はちょっと調子が悪く、ぐったりです(;;)

この時期に梅雨みたいな天気・・・・・更年期的に辛い・・・・。

もう寝ちゃおうと思います。

あ・・・記事を書くのが面倒でお手紙を載せたわけでは・・・・はははははは~(^^;)

今日も一日大好きな人も、大嫌いな人も、とにかくお疲れ様でした!
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by kuniko_maekawa | 2011-07-28 20:56 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)

距離を置く

珍しく同じ日に二回も記事を更新するのは、あまりにも頭に来たことがあったから。

くっそ~!!!!どう考えても頭に来る~!!!!と言うようなことが起こったので(--#)

まあ、その頭にきたことはともかくとして、最近はこういうことが起こった時、その問題や人から距離をとるということをやるようになりました。

例えば今日は、あるところである人にすごく本意でない言い方をされて、こちらに善意があった分だけ我慢できないほど頭にきたわけですが、言われたこと自体は間違っていることではなく、理解できているので、取り合えずスルー。

しかしあまりにもこちらの事情を汲まない発言にはぶちきれた。

次に私が取った行動は、そのことが起こった場所から離れること。

とにかく離れる。

結果的には家に帰ることになるので、ふらふらどこかに行くというわけでは無いですが、後ろを振り返っても、その人や場所が見えないところまで、とにかく急いで離れる。

電車に乗ってもそのことは頭を離れないのですが、乗り換えの駅でようやく、もうその場所はどうやっても見えないと認識できて、力を抜くことが出来ました。

あ~、あったまに来た!

でもこれ、すごく大切です。

昔はこういう方法は選択肢には無かったです。

今よりエネルギーがあり、感情をぶつけられた人や物に対して、関わりをきらなかったんですね。

ある意味、期待もあったのかも。

説明すればわかるとか、自分が悪いわけじゃないことを理解させたいとか・・・・。

恋愛感情があれば、そのネガティブな感情の方が悲劇のヒロインチックに燃え上がったり出来る(笑)。

良くこういうネタを魚に女友達に電話をしては泣いたりしてましたよ。あ~、アホだ~(@@)

今は人に対して、そんな期待微塵もありませんから、例え相手が好きな人であっても、多分距離を置く。

離れたいんです。とにかく。

この間も、ある日ある時ある場所で、何人かで集まっていた時に、ずっと懇意にしていた人が何故か機嫌が悪く、どうも私の顔を見ない。

私にしてみれば、何が原因でそうなっているのか全然わからない。

心当たりも無い。

しかし、どうも私が気に入らないらしい。

それでも大人の集まりなので、取り合えず普通に会をやっている間は、他の人達とのコミュニケーションに含む形で私とも話をしていました。

ところが、帰り際になって店を出て、他の人達と話をしていて、ふっと顔を上げたら、先の友人が同時に私から顔を背けたのを見てしまった。

おい~!!!

それから一切顔を見ません。

すっごいショックだった。

喧嘩したとかならしょうがないけど、何も理由がわからないところでいきなりの無視。

しかもそれまではかなり懇意にしていた人で、私は心を許していましたから、その瞬間は本当にショックでした。

そこで、側にいた友人を捕まえて「お茶しにいこう!~」

もちろんそのショックな出来事は話さずに、とにかく気持ちを変えないとこのまま家には帰れないということで、かわいそうに捕まった友人は2時間くらいを変なハイテンションになってる私に付き合わざるを得なかったという・・・・・(^^;)

じゃあ、本人に言えばいいじゃんってことになるのかもしれませんが、理由が無いでしょ?

今日言われたくないことを言った人も、無視した人も、その人にとっては正しい理由がそこにはあって、私はそこの真逆に居る人なんだもん。

しかも以前のように、自分が正しいと言い張ることにエネルギーを使いたくない。

そんなに他人に期待してどうするんです?

みんな好きな時に好きなように人を観るんです。

それを一々訂正してたら気がおかしくなりますよ(><)

取り合えず今は落ち着いているけれど、こういう記事を書いているところで、すでに怒りはMAXではあります(^^;)

でも、しょうがない。

顔を背けた人も、心無いことを言った人も結局は自分が正しいと思っているし、そのことを私にわからせたいわけです。

けれど、私にはわからない。

わかろうと努力するほどの関わりもいらない。

だから離れたい。

こういう感覚は最近です。

年を取ったせいなのかわかりませんが、とにかく嫌なことがあったときは、その場所やその人から離れる。

そして、美味しいものを沢山食べて、楽しいTVを観て、なっつと遊んで憂さを晴らす。

間違っても「何をしたんだろう?」なんて悩んではいけません。

わかりっこないです。私じゃない人のことなんて!

多分、後になってわかることは大したことじゃない。

たとえ嫌われたとしても、私には思いもよらない理由です。

そのことのために深く悩む必要は無い。

たとえ相手に恋愛感情があっても、同じことです。

むしろやめた方が良い。

分かり合えないんだから。

この年になると、余計なショックはいらない。

傷つきたくないし、悲しい思いも、苦しい思いもしたくない。

だからそういうネガティブな物体からは逃げるが勝ち。

距離が必要なんです。

私には今、ほんっとに心から捨てたい物がある。

そして、ほんっとに心から行きたいところがあります。

何もかも捨てて、そこに行けたらどんなに幸せか・・・・・。

最後に祈るのはそのことだけです。
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by kuniko_maekawa | 2011-07-27 19:51 | 心のつぶやき | Comments(2)

足を鍛える!

終わった~!終わった~!終わった~!とにかく終わりました~!(;;)

何が終わったって、ここ2週間くらい煮詰まっていた訳詞作業がぜ~んぶ終わり~!!!!

あああ~、ほんとに死ぬかと思った~(@@)!

絶対終わらないかと思ってました(笑)!

さっき最後の一筆を入れたときの感動ったら~!

と言うことで、後はすべての歌詞入りの台本を書いたら本当に稽古が始まるまでは、何もしなくて良いはず!

いや~、すっきりした~!

ってことで、ふと気づけば7月も間もなく終わります。

来月はオーディションや打ち合わせ等で、ちょこっと地方に行きますが、大学も夏休みだし、基本的には舞台にかかわるお仕事は無く、教会関係のお仕事や礼拝がメイン。

お盆明けからは10月本番の稽古が始まりますが、地方公演であるために回数が限定されています。

なので東京で一本やるギューギュー詰めにはなりません。
(その変わり技術と要領のよさを求められけど~・・・・)

しかし、暇になっていくにつれ課題が一つ。

どうも足の調子が戻りません。

本番が終わって間もなくひと月になろうとしているのに、相変わらずサポーターが取れない。

痛みはほとんどなくなって来ているので、接骨院も一週間に3回から一回に減ってきているし、家にいる分にはサポーターもいらないんですが、外に出てサポーターをつけずに歩くと、筋肉が凝縮してくる感じがわかる。

サポーターは痛みを軽減するとか、温めると言う役割より、筋肉を支える役割が強いです。

なので、固めのサポーターを太ももの半分くらいから足首のちょっと上くらいまでつけて、筋肉が身体を支えるのを、文字通り、サポートしています。

稽古がだんだん煮詰まってくると、精神的なストレスと一緒に、身体がおかしくなってくるのはわかっていて、5年前に立たなくなった足は一番先に痛くなり、一番最後まで痛いと言うのが常なのですが、それも本番が終わってストレスから解放されると、結構何もしないでも自然に痛みも、硬くなる感じも無くなるのがこれまでだったのですが・・・・。

その回復時期が年々遅くなっているように感じます。

昨年も3月に公演をやって、やっぱり足が立たなくなり、難儀をしながら稽古をしましたが、本番が終わって一週間目くらいにはサポーターは取れてたような気がする。

ひまだったから、あんまり動かさなかったのが勝因かな~。

今年は治りません。

そして、筋肉も弱くなっているように思われる。

稽古をしながら、サポーターをしててもかなり辛かった(;;)

これはゆゆしき問題です。(><)

多分、加齢により物理的に身体の筋肉が弱くなっているんですよね。

それに加えてのヘルニア(と一応言われている症状)の慢性的な筋肉痛と筋肉疲労。

根本的な問題として、足の筋肉を強化しないといけないぞ、と気づくの巻。

まあ、大抵、年をとれば筋肉は衰えるわけですから、膝痛や骨粗鬆症の予防のために、足の筋肉を鍛えると言う記事は沢山ありますから自然なことなんでしょうけれど、私としては足が使えなくなったら即無職なわけで、これは困る。

と、言うことで筋肉を痛めず鍛える方法を募集中。

なんか良い情報あったら教えてください。

ああ、北欧とかでフィヨルドに囲まれてゆっくり自然の温泉なんかに使ったら治るのかも~(北欧にそういう温泉があるかどうかは良くわかってません)

大規模な殺戮が起きましたね。
あんな綺麗な自然の中でも、人間は愚かです・・・(;;)

もっと祈りが必要だと思う今日この頃。

とりあえず、プールでウォーキングから始めるか~(^0^)
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by kuniko_maekawa | 2011-07-27 15:26 | 心のつぶやき | Comments(0)

音と添う

音演出や歌唱レッスンをしている時、当然音楽がずっと鳴っています。

私の仕事は、楽譜の中身を解釈して歌い手さんたちに伝え、音楽を形にしてもらうと言うことですが、机上の空論を形にするのに必要不可欠なのは、ピアノの音です。

正しくは「オーケストラの音」と言わねばならないのでしょうが、実際に稽古場ではピアノがオケの代わりに弾きますから、作品を創っているときはピアニストが不可欠。

自分が興す公演などは、予算的なことが多々ありますから、ピアノだけで音楽を支えてもらうのが前提。いや~、苦労かけてます(^^;)

しかし、幸か不幸か私はピアノと言う楽器が実は好きで、オペラの楽曲をピアノだけでやると言うことにさほどネガティブさを感じません。

もちろん、実際にオーケストラで聴けば納得のサラウンドであることは百も承知。その醍醐味は認めています。

基本、狭い空間を愛する私としては、オーケストラを従えて、大きなステージで大胆に演奏されるグランドオペラやバレエは、モンゴルの大平原的広さを感じちゃって、時々お腹が一杯になるんですよね(笑)。

大皿料理にすれば、大雑把な味付けになるのと同じことかな????

食すにはそれが楽しいですが・・・(笑)。

なので、自分が演出する作品も、小劇場くらいでせま~くやるのが好き(笑)。観に行く芝居も、お金を出して行くものは、圧倒的に小劇場系が多いです。

ただ、芝居は脚本を観に行くと言う感じが強いので、戯曲作家の世界観を感じるために、あんまり劇場は選びません。

やっぱり旧ロシアの貴族の話なんかになると、その時代の背丈の高い屋敷でセリフを聴きたくなる。

そこに立つ人間たちのサイズと言うよりも、時代や生活の中にあった言葉と感じるので、歌舞伎だったら背の低い屋敷だし、シェークスピアだったら中ホール。あ~、でも基本的に海外の脚本は、現代のもので無い限り、「家」と言うものに象徴されたいな~。

オペラはセットよりも音楽が世界観を制するので、逆に繊細になっちゃうんですよね~。

さて、前置きが長くなりましたが、ピアノだけでやるメリットは、それを弾いてくださる方の音楽と音とにストレートに影響されると言うこと。

音楽空間には、音符の長さの中にさまざまな距離感を感じます。

それは時間であったり、まさに距離であったり、心の比重であったり・・・・。

なので、歌い手さんたちと内容を創っている時、そこには自然に音楽が存在している。

この時、そこにどんな音が流れているのかが、私にはすごく重要です。

単純なことを言えば相性なんでしょうが、私は自分が稽古をしている時、ほとんど自分と言う人間が無くなっているので、耳に勝手に入ってくる音にすごく左右される。

意識をしなくなると言うことだと思いますが、とにかく感性が開きっぱなしになるので、目で見えるものも、耳に聴こえてくるものも、自分の頭の中に勝手に入ってきてその瞬間に感じることを口に出しています。

その時、弾いてくれているピアニストさんが同じように開いてくれる人だと、稽古場はいきなりの自由空間になります。

私が語る言葉に、歌い手さんと一緒に影響を受けてくれてどんどん音が変わっていって、その音にインスピレーションを感じて私が変わると、またさらに開いてくれて・・・・。

こうなるとメビウスの輪的でありますが(^^;)、稽古場は本当に風が回ります。

当然歌い手さんたちは、この風の中にいますから、どちらからも影響を受けて、素晴らしく良い素材と化していき、今まで聞いたことも無いような声や音楽が生まれる。

最高の瞬間ですね。(^^)

少し前まで、こういう空間を創りたくて「稽古場」と言うプロジェクトをやっていました。

目的を持たずに感性だけを開いて稽古場を創る。

たった3日か4日でしたけど、夢のような時間でした。

ひさしぶりにやろうかな~・・・・

今、とても大好きな音を持っているピアニストさんがいて、この人との稽古は本当に気持ち良いんです。

なんでかっていうと・・・・・音がね、添ってくれるんですよ。ほんっとに気持ち良く(@@)

時々稽古中に私は歌いながら立ちます。

別に歌いたいわけじゃなく(むしろ恥ずかしいぞ^^;)、自分のやりたいことをやってみせて伝えるためですが、その時にふと気付けば、ものすごく気持ちよく音が添ってくれている。

一応は声楽科でしたので、それはそれでかなり嬉しくテンションが上がる(笑)。

しかも、その音がすごく綺麗です。

あああ~良いなあ~、この音で歌ったら相当気持ち良いだろうな~(@@)

私は質の良いお布団に身体を預けているような気持ちになって、何も考えずに思ったことを伝えることが出来る。

もちろん、本当のところ、本人が何を思って音を出しているかはわかりません(笑)。
それに、これは私の好みなので、万人が良いと言うかどうかも疑問。

でも、一緒に作品を創っている間はパートナーですから、愛情を持って信頼し、なお且つその音楽と音を深く愛しています。(^^)

また一緒に音楽を創れると良いと祈ってます。

こういう事は一生に何度訪れるのかわからないめぐりあわせです。

まさに一期一会。

神様に感謝!

神様と言えば・・・・これから先の私の音楽はどうなっていくのかしら????

最近は漠然とこんなことばかり考えています。

舞台と言わないところが、すでに演出家失格かしら(笑)。

心に叶ったことをやり続けたいですね。

曇りなのに気温が高くてちょっとだる~・・・・(;;)

あ~、早く神様に呼んでいただけないかな~。
(天国と言う意味じゃないですよ^^;)

いつかのために用意されている、私の場所に。
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by kuniko_maekawa | 2011-07-26 13:54 | 心のつぶやき | Comments(0)

学生たちとの時間

今日は久しぶりに大学の授業に行ってきました。

学部生の授業ですが、大学の3年生と4年生。

特に3年生は初めてオペラをやるという人がほとんど。

なので、舞台上での基本的な動き方から始まって、内容のことなどをゆっくり話しながら夏休み明けから始まる本格的なたち稽古の準備をします。

4年生は3年生の時に勉強をしているので、少し出来ることが増えています。

なので、舞台セットを設定したら、内容は立ち位置や方向性も含めて、本人たちに任せます。

学生たちとやる時に私が一番重きを置くことは、「自分たちで考える」ということ。

音楽のこと、舞台上のこと、稽古の内容、本番までの流れ等々、本人たちの意思を育てるのが一番大切だと思っています。

歌や演技ということについては、未熟ゆえの自由さがあって、その学年学年のキャラクターはありますが、若さも手伝ってあんまり心配はしていません。

でも、彼らがお客様の前に経つと言うのは意識を持たないといけないことなので、歌い手の仕事がどういうことかを理解してもらい、自分たちが卒業した後、本当に歌い手として仕事をしたいか、向いてないか、そんなことを決める時のきっかけになると良いといつも思います。

それでも3,4年生の授業は本人たちの色んな想像が膨らんで、結構毎回楽しいです(^^)。

知らないことを知ると言うことはいつも新鮮だから、ですよね。

これから彼女たち、彼たちがどこまで意識を持って変わっていくのか・・・・楽しみですね~。

さてさて、毎日ブログを更新している最近は、同時に来ブログ者も気になるのでチェックしています。

そしたらば、先週の土曜日、いきなり170人の御訪問者が・・・・!

その日スタッフ仲間と飲んだので、その経緯を話すと、もしかしたら「高校生、女子、18歳」とかでひっかかったんじゃないの?しかも覗いてみたら大しても面白いことも書いてないからすぐに出て行ったって感じ?」

ああ、そうか~なるほど!

170人越えしたちょっと前に、ある高校生のことを記事に書いてましたので、納得して帰って来たものの、改めて読み返してみても、その話を書いた記事にはそんな引っかかるような文字ってないな~・・・。

確かに「高校生」とかはあるけど、「女子高校生」とは書いてないし・・・・・。

と、思いきや、その次の記事に「婚活」のことを記事にして、自分の理想の男性のことなど書いたことを思い出しました。もしかして、その「婚活」という題字にひっかかったかも!

それが証拠に、今日なんて30人も訪問者がいない(笑)。

あ~、そういうことあるかもね~(^^;)

でも170人はびっくりした(@@)

取り合えず覗いてくださってありがとうございます。

そろそろネタ切れかしら(笑)~???

大学は夏休みになりました。

気が付けば7月も終わりますね。

来月は地方公演の稽古が始まります。

まだまだ支払いも残ってる。

しっかりしなきゃね~(^^;)

仕事がある幸せ、噛み締めまっす!
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by kuniko_maekawa | 2011-07-25 22:10 | 演出家のつぶやき | Comments(0)

レッスンの空間

いや~、昨日は貫徹です~(@@)

26日現地必着の訳詞作業があって、明日までで良いやなんて高をくくっていたら、明日は大学の授業があって、一日家にいないことに気付き、急遽昨日のうちに仕上げてやる~!と力が入るの巻き。

そんなこと言って頑張るつもりだったのに、昨日は夜コンサートに行って、その流れでスタッフと飲みに流れてしまい、あれよあれよと午前様。

そこから妙なスイッチが入って、すっかり徹夜になりました。

気が付いたら窓から朝日が~!!!!

まあおかげで早めにノルマ達成。

今日は礼拝はお休みして13時くらいまで惰眠をむさぼり、その後はレッスンに行きました。

このところ歌唱レッスンが続いています。

今回は期間限定のレッスンで、日にちに限りがありますので、最終目的を日にちにあわせて行うパターン。

ここ三回くらいは、実際に歌いながら少し内容を動いてみるというレッスンをやっています。

こういうレッスンの目的は、一度机上で読んだ楽譜の内容を、どれくらい単純に歌って表現するかを試してみるということですが、その場合でも、必要なのは音楽を表現するということ。

机上で楽譜を拡げていると、ある意味学術的な興味に陥ってしまって、やたら深く内容を読んでみたり、研究してみたり、解釈してみたりということに没頭しがちになりますが、元々オペラは音楽を単純に表現するのが一番良いと思っています。

ただ、内容を深く知るか知らないかは、その人の感性として現れてくるので、やっぱり勉強はしないといけない。

だけれど、勉強が出来るから歌う感性があるとは限らないのが難しいところ。

つまり、本人の音楽的感性と声が良ければ、内容を知らなくても聴かせてしまうことがあるということですね。

レッスンはやはりその感性を開くことも含めてやっていきますので、実際に音楽を入れてみるとやはりレッスンといえども、音楽空間が出来上がっていきます。

実は、ここで出来る音楽空間は、私が関わるどの音楽空間よりもピュアで気持ちよい開き方をします。

なぜかというと、利害が無いからですね。多分。

つまり、公演のための稽古や、研究機関での稽古などは、そこに雇われて与えるという利害関係がある。

もちろんレッスンも報酬というものが派生しますので、完全に利害関係が無いとは言えませんが、例えば、作ったものを売るということは無い。

大学や研究生機関のように、複数対1と言うシチュエーションでのアピールも無い。

本当に純粋に、たった一人の歌い手の感性を開いていくだけのためにある音楽空間です。

だから、レッスンを受けてくださる方も、私も、ピアノを弾いてくださる方も誰もが素直に感性を開いて参加する。

今日もそうでしたが、レッスンを依頼してくださった歌い手さんが、すごく素直な感性を持っていらっしゃるので、こちらが投げることや、しかけることなどを、すんなり受け入れて影響を受け、彼女の中の感性が開いていく。

そうすると不思議なもので、ピアニストさんも同じように空間に対して感性を開いてくるので、自然にそこにものすごくストレートな音楽空間が生まれています。

私は元より、よっぽど相手が扉を閉めている時は別ですが、音楽が体の中に流れ始めると、感性が開きっぱなしになります。

一緒にやってくれる音楽家たちが、音楽的にも人間的にも大好きな人だったりすると、考える必要も無く、感性をあずけることが出来る。

すごく気持ちよいですね。

今日は参加してくれたピアニストさんの音楽と音が大好きだったので、安心して感性を預けて音楽の中に立っていることが出来ました。う~ん、気持ち良い(^^)

クライアントさんも本当に良い声と、自由な感性を持っています。そうすると稽古場の空間が実に開く。

こういう空間をどこでも創れたら良いのにと思います。

明日は二週間ぶりの大学の授業。

初めてオペラを学ぶ学生たちと向き合って感性を開いてきます。

あっという間に7月も終わりますね。

いつまでこんなレッスンできるかなあ・・・・・。

時間の限りがあるって、やっぱり淋しいもんですね~(;;)

明日も頑張ろう~!
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by kuniko_maekawa | 2011-07-24 22:41 | オペラ・レッスン | Comments(0)

有り得る??????

さっきほんの30分ほど前にブログを書くために、来ブログ者を調べたら今日の訪問者はまだ15人くらいでした。

今、また見てみたら、なんとっ88人になってる!????

これ、大丈夫なんでしょうか・・・・・。たかだか結婚相手の理想を述べただけで筆禍事件は起こしてないよね????

まあ、良いや。御来ブログ、ありがとうございました!(^^)
記事更新してますので、お楽しみくださいませ!(^0^)V
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by kuniko_maekawa | 2011-07-23 13:05 | 心のつぶやき | Comments(0)