なっつライフ

おや〜!もう5月が終わりますか!

ボケっと過ごしていたらば、今年も上半期が終わりますね〜(^_^;)

記事を更新しようと思いつつ、どうも腕の調子が良く無く…PC開けるのが今ひとつ億劫で〜(~_~;)

って事でiPhoneから投稿。
iPhoneに溜まっているなっちゃん大放出!

何だかスッキリしない梅雨時、癒されて下さいませ(#^.^#)

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なんか…寝てる写真ばっか?(^_^;)

10月本番の稽古始めまでは、まだ時間があります。

身体のメンテナンスに余念なく日々を過ごして居ますが、最近は考え方が大きく変わって、毎日新鮮。

今までネガティブに捉えていた物が、大した事ないと気付いたり、大切にするべき人や物の本質が変わったり。

今まで何を見てきたのかな〜なんて思ってます(笑)

そろそろ梅雨ですね。
気温の変化に気をつけましょうね!

今日も一日お元気で!
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by kuniko_maekawa | 2012-05-31 09:45 | うさぎ | Comments(2)

生き物であると言うこと

25日の今日が過ぎると、薬殺処分される猫と犬がいます。

このブログでも拡散をお願いした記事を書きました。

途中経過は105匹から95匹と10匹の助かった命があったようでしたが、その後はわかりません。

こういう記事を書くと、私の個人に対して感動したりする方もいらっしゃるのですが、私自身は決して良い人間ではなく、後悔にかられて何かするべきなんじゃなかという意識にさいなまれるからやっているだけです。

詳しくはまたいつか、ちゃんと記事にしたいと思いますが、私は子供のころ、動物に対してやさしく出来ない人間だったので、そのことを償うために、何かしなくてはと強迫観念に駆られていると言うのが現状です。

クリスチャンになったおかげで、混乱は整理されていますが、自分がそういう人間だったことがわかっているからこそ、人間を正当化できない部分もあります。

私たちも動物たちも、虫たちも自然も、すべてが同じ地球にすんでいる、同じ生物。

そのことを思うと、人間の好き勝手に位置づけられる、あるいは生命さえ脅かされる人間以外の生物たちに土下座したくなる思いです。

でも、やっぱり人間だと思うのは、ずっとそのことを考えているわけではなく、やっぱり自分が楽しく生きることにのみ、日々の生活は支配されているということ。

昔、あるホラー漫画にこんなのがありました。

複数の人間が部屋に閉じ込められていて、色んなことを剥きだしあっているのですが、最終的に大きな手に捉えられて、外に出される。

すると、そこには魚の顔をした板前が居て、活造りの用意がされていると言うオチ。

つまり、人間が美味しいと言って食べる活造りは生き物を生きたままいきなり殺して食べると言うことなのだと、ぞっとした漫画で、今でも思いだしてはぞっとしています(^^;)

確か、オーストラリアとかどこかでは、活造りは禁止でしたよね。
残酷すぎる。

食べないわけではありませんが、やはり生きたまま蒸したり、焼いたりと言う映像を見ると目をそむけたくなる。

人間は自分の享楽のためには、いくらでも残酷になれますね。

でも食べないわけにもいかない。

私はいい加減なので、菜食主義者になることはありませんが、食べさせてもらっている感謝はするようになりました。

同じ生物でありながら、人間を生かすために作られている動物たち・・・・・。

知的生物と言いながら、人間は自分では何一つ出来ません。

いつも、誰かに、何かに助けてもらっている。

そのことを絶対に忘れてはいけないと思います。

最近、大尊敬している、ダライ・ラマ14世の本にこんな文章がありました。

「人間のようにより深化した種であろうと、動物のように単純な種であろうと、あらゆる生き物はまず平和ややすらぎ、安全を求めます。生命は言葉を発することのできない動物にとっても、人間にとってと同じようにかけがえのないものなのです。昆虫のような生き物ですら危険から身を守ろうとします。私たち人間の誰もが死を恐れていますが、この地球に暮らすあらゆる生き物もまたおなじなのです。」

人間の世界を主においても尚且つ、こういう考え方が出来るのですね。
これは核について、彼が述べた言葉ですが・・・。

もうひとつ、彼の言葉

「私たちは生きていくために愛情を必要としているのです。私たちは人からの愛と思いやりを本当に必要としています。人間だけではありません。動物も同じです。彼らもまた母親から生まれてきた存在であり、母乳をもらって生きています。」

世の中のあらゆる生物のために、今日は祈ります。
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by kuniko_maekawa | 2012-05-25 12:14 | 心のつぶやき | Comments(0)

拡散してください!

しばらくトップにおいておきます。引き続き、拡散をお願いいたします!
新しい記事はこの記事の次に表示されます

今月の23日までに引き取り手が無かった場合、薬殺される猫たちが105匹います。

なんとか飼い主を見つけてあげたいです。

最初は飼われていても、捨てられたり、虐待にあって逃げたり、結局は人間の勝手な振る舞いで害動物として薬殺されるこの生き物たちを見てください。

私たちも同じ動物なんですよね。

いつの間に人間はこんなに偉く、傲慢になったんだろう・・・・。

自分たちの都合で同じ生命体の命を奪う権利なんてないのに。

自然も、動物も全部、人間が絶滅させていきます。

なっつとの共存が許されれば引き取ろうかと真剣に悩み中・・・・・。

可能性の在る方々、是非お願いします!
詳細は以下のHPで!寄付金も募っています!

「緊急レスキュー東京郊外外猫105匹+犬2匹」

取り合えず、このブログを読んでくださった方は、拡散をお願いします。
一匹でも飼い主が見つかりますように。

そうでなくても、この現状を人間がちゃんと理解できますように。
深く深く祈ります!
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by kuniko_maekawa | 2012-05-23 23:00 | 心のつぶやき | Comments(2)

演出助手のお仕事

今朝は金環日食とやらで世の中は騒然としていましたね~(@@)

丁度タイムリーに起きてはいたのですが、元来面倒くさがりの私はグッズなど用意しているはずも無く、窓からキラキラしている太陽をちらとみて終わり。

後はツイッターやTVに上がってくる映像等を見て満足。
今世紀は色々と面白いですね(^^)

さて、電磁波に対抗するために。PCを使う時は少なくとも身体からは1メートルくらいは離そうと思って、ワイヤレスキーボードを買ってきました。

・・・・と思っていたのは私だけで、実は有線だった(^^;)

もう~、どうりで安いと思った~!
同じラックにいれないでよ!○バシ○○ラさん!

まあそれでもPCからはかなり離れているのでいいかな。
字が小さくなるとやばいんですが・・・

キーボードになれるためと、仕事をする気にならないので記事を書いています。

10月本番でいただいたお仕事は、久しぶりの演出助手。

まったくやってなかったわけではありませんが、演出をやるようになったのと、秋口から年明けくらいまで定期的な仕事に縛られていたので、演助はできなかったんですね。

時々サポートみたいに入ることはあっても、全くフルで入るのは久しぶり。
これはこれで結構新鮮。楽しんでいます。

さてさて演助のもっとも重要なお仕事は稽古スケジュールを立てること。

正直、面倒くさい(^^;)

取り合えず制作から出欠席のアンケートが入って来、そこから本番までの稽古スケジュールを立てるわけですが、大体がアンケートの時点で、全員が揃う日が数えるほど。

それだけならばまだしも、△とか?みたいな、曖昧な記述が理由も無しに記入されている。

そういう方は、大抵掛け持ちの稽古を持っていますから、速めに稽古内容を出さねばなりません。
しかし、出した所で、団体の優先順位が低いと、あっという間にキャンセル。

いや~、書いているうちに思い出しました。
めんどうくさ~(笑)

このブログにはどの記事にアクセスがあったかがわかる機能がついていますが、以前書いた「演出助手」と言う記事に結構アクセスがあるのですね。

そんなに珍しい職種かしら?

その記事を書いたときは結構真面目に仕事をやってましたから(いや、若かったってことです)、何かのアピールもしたかったんでしょうけれど、今はまったくそんな気がないので、多分「演助ってどんな仕事ですか?」とか聞かれたら「何でも屋だよ~」と笑って答えられると思う(笑)

単純に舞台に関わっていられるのって嬉しいんだなとは、今感じていること。

演出家であろうが。助手であろうが、作っている現場にいるのはやっぱり本望です。

さて、そろそろ制作さんからお電話あるかな~?

彼女もであった時は歌い手のたまごだった。

長くスタッフやってると、いろんなことがあるもんですね。

最近また手根幹症候群の症状が出てきたので今日はこれくらい。

明日は雨で寒いらしいから、体調に気をつけましょう!
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by kuniko_maekawa | 2012-05-21 13:35 | オペラなお仕事 | Comments(0)

電磁波と睡眠

このところ、珍しく頭痛に悩まされていた私でありますが、どうやら数ある家電製品からの電磁波ではないかとの疑いが・・・(@@)

ご存知でしょうけれど、世の中の便利なものにはみんな電磁波が発生しています。

PCは言わずもがな、携帯、電子レンジ、ホットカーペット等など・・・・。

しかしですよ、長年それらの家電製品を使ってきたわけですが、同じように使っていても、ここ二年ほどは頭痛などに悩まされることは一切なし。(他のことには悩まされていました^^;)

それが急に電磁波とはね~????

思い当たることは、最近の私は結構体に良い生活をしているということ。

例えば、食材をオーガニックの物に変えてみたり、玄米食にしたり。

着るもの等はあまり変わりませんが、電磁波が出るということを聞いて、ホットカーペットや電気敷き毛布等も使ってない。

PCも仕事のない時は、開く理由がないのであんまり使ってなかったかも。

そしてレイキと言う、身体の気の流れを整えるマッサージを受け始めて半年くらい経ちましたから、体の中に常に風が流れています。中々どうして自然派じゃん~(^^)と言う毎日。

ところが、4月に体調が整えられてきてから、俄然気になるのはやはり生活費。

週二回の教会事務では当然食えるはずもなく、バイト探しに燃えていたわけですが、この年齢になると本当に決まりません。

面接までこぎつけるのが一苦労で、こぎつけても100%不採用。

このあてどない闘いをひと月ほど続けているわけですが、その間、PCを限りなく見続けていたかも。

一度開くとヘビーユーザーになっちゃうんですよね~(^^;)

それで多分、頭痛復活となったわけだと思います。

お陰さまで10月本番のアシスタント仕事が一本入りましたが(Eさん、ありがとうございまっす!)、逆にそうなると長期のアルバイトは決められない。

ってことで仕切り直し。
ふ~(@@)

しかし、舞台の仕事がはいったおかげで、そんなに必死になる必要がちょっと緩和された。

頭痛のこともあるし、ここ三日ほどPCはお休み。

開く時は極力本体を遠ざけて(2m離すと良いらしい)、あり得ない姿勢でPCに向き合っています(笑)

そしたらば、なんか質の良い睡眠が戻ってきた。

電磁波にやられていると、身体が休まないのだそうです。
ずっとスイッチが入っている状態。

なるほど~、そう言われてみれば、いったん寝ても夜中に目が覚めて、中々寝られなかったっけ。

一昨日くらいから、20時過ぎると、なんとなく寝む~くなってきて、我慢できずに21時就寝。

おのずと5時くらいに目が覚める元気なおばあちゃんに変身です(笑)

質の良い睡眠が戻ってくると、これがまた不思議で、自然にお通じも良くなるし、身体の痛みも緩和される。
何より一日すっきりしていて気分が良い。やっぱ睡眠は大事ですね~。

いつの間にか5月も半ばに入りました。

今年は前半が嵐の中にもまれていて、今月に入ってゆっくりですが、私自身に戻っていっているような気がします。

こんなにも時間がかかるとは思っていませんでしたが、傷はどうやら深かったらしい。
気づかないのも、その嵐の中に入り込んでいたからでしょうね。

ここから1秒先はもう未来です。

何が待っているのか、段々楽しみになってきました。

新しい仕事、新しい出会い、新しい自分。

とりあえず眠れるようになったのでとても嬉しい(^0^)

ってことで、今日も21時には就寝しま~す!
御用のある方は21時以降は固定電話にどうぞ~!

こんなに良い天気なのに東京は嵐になるのですってね。
お出かけの方、お気をつけて!
今日も楽しい一日を!
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by kuniko_maekawa | 2012-05-18 11:11 | 心のつぶやき | Comments(0)

なんでもアプリ?

びっくりしたなあ〜( ̄◇ ̄;)
iPhoneでブログの記事を書こうかな、なんて新規投稿ウインドウを開いたら、何と新規投稿アプリがあるとのコメント。
今はそれで書いている。

このままだと、PC要らなくなるかも(笑)

このところバイト探しに明け暮れていて、毎日PCを何時間も観ていたら、電磁波にやられたらしく、二年振りくらいに頭痛に悩まされるようになりました。

忙しい時は面倒な事はしたくなく、それこそiPhoneで充分PCの代わりも出来てたので、必要が無ければ開いて無かったくらいなんですが、暇になるとつい…\(//∇//)\

と言う事で、しばらくはiPhoneからの投稿になりそう。PCは一時間以上開けないのです〜( ̄◇ ̄;)

そのiPhoneですが、現在はauを使っています。

以前はauの携帯とソフトバンクのiPhoneを使って居たのですが、それぞれの機種代を分割で払い終わっても、やはり二台あるとあんまり金額を抑えられない。

常に二台持って歩くのもウザくなって来た。
で、ソフトバンクを解約してauだけにしたのですが、これが失敗(^_^;)

と言うよりも、auの店員さんのセールストークが間違っていて、その時に説明された金額より多く料金がかかっていたと言う次第。

昨日ショップに電話して「詐欺まがいのセールストークだ」とクレームをいれました。

私にしては珍しく、「誠意ある対応」まで要求。
つまり、何かしらの弁償を要求しています。

こういう契約物に対しては、なす術が無いとわかって居るので、普段は悔しくてもスルー何ですが、なんか今回はクレーム付けたくなったんですよね。

このままスルーしたら社員教育としてどうなの?みたいな気にもなり(笑)

多分、言ってみたかっただけです。

明日は雨みたいですね。

季節が変わる度に雨が降って、地面を綺麗にしてくれる。

明日は今日よりちょっとだけ、良い日でありますように(#^.^#)

とりあえず、iPhoneから初投稿でした!
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by kuniko_maekawa | 2012-05-14 20:46 | 心のつぶやき | Comments(0)

感性復活!

昨日、いつもご一緒する衣装さんとパタンナーさんとランチを食しました。(^^)

銀座の老舗「銀の塔」

創業30年のシチュー専門店です。

歌舞伎座のすぐ側にあり、メニューはシチューとグラタンのみ。

御一緒したパタンナーさんが御予約してくださったのですが、いや~、すっごく美味しかった!

さすが創業30周年!しかもメニューが二つだけでここまで頑張っているのも頷ける!

私はミックスと言う、ビーフとタンが入ったシチューにしましたが、このタンが絶品でした。

お箸で切れる柔らかさもさることながら、肉も良い!
お値段も、驚くほどの高さではなく、この値段ならばステーキ食べるより良いかも!と大満足でした。

機会があれば是非どうぞ。
前日までに予約すればアイスクリームも付いてきますよ~(これも絶品)

さて、さそってくれた衣装さんは、かれこれ10年くらいのお付き合い。

私より10歳ほど若い方ですが、いまやデザイナーとしてバリバリとお仕事なさっています。

いつも「なんとなく気になって」と言ってはメールをくれたり、食事に誘ってくれたりする、嬉しい友人です。

食事をした後、次の予定まで時間があったので、彼女とお茶しました。

いつも穏やかで、物腰の柔らかい彼女ですが、30代も後半になってくると色々と考えることも多いみたいで、聴きながらも私が思っていることと重なることもあり、頷くこともしばし。

デザイナーとしてどうあるべきか、やはりそういう話しになってくるのですが、その中で彼女がぽつんと「デザインより交通整理をやっているような気がする」って。

日本のエンターテイメントの世界では、同じデザイナーであっても、その人物の仕事の仕方や、かかわり方によって環境が大きくかわります。

平たく言えば、名声名誉目的か、職人目的かと言うこと。

どの世界にもあることでしょうが、商業の場合は大きく差が出ると思います。

彼女のやりかたは「職人」。

台本や演出家や団体や、その都度の状況の中で一番良いデザインを出し、特に作品に対して突出しないことを念頭に置いている。

私が彼女の仕事が好きなのはその「職人気質」なところ。

デザインは彼女のものであるのに、作品に生きている感じがして、いつも良い印象を受けます。

しかし、デザイナーと言う名前がある限り、突出しなければ意味が無いと思っている人たちも多くいます。

自分の名前で勝負するというのかしら?

それはそれで清々しいですし、そうするためにはかなりの努力とエネルギーが要りますから、成し遂げている人は素晴らしいと思います。

ただ、そういう人たちの衣装だったり、作品を観ていると、どうしてもそのデザイナーの名前と顔が見えてきて、私自身はあまり好ましくないです。

ファッションデザイナーは別ですよ。

彼らは彼らのデザインがコンセプトで、その世界観で勝負している。

でも、舞台は作品ありきで、その作品の中で生きることが出来ないと、意味が無いように感じるんですよね。

舞台美術、衣装、照明、もちろん演出は最たるモンです。

彼女が「交通整理」と言うのは、予算が無く、あり物を組み合わせて衣装の点数を出すという作業もそうでしょうが、やはり自分のデザインを表に出したい気持ちと、作品を前に出したい気持ちと、せめぎあいがあるからだと思います。

それと、多分、彼女の中にデザイナーとしての欲求が大きく溜まってきているからかな~。

提案したのは、とにかくデザインを書いてみること。

仕事は関係なく、好きな作品でもなんでも良いから、クリエイティブな自分を満足させる。
誰にも気兼ねせずに、自分は「デザイナー」なんだと声を大にして言う段階に着ているのだと思います。

その彼女と話をしながら、私は彼女の衣装のためのパフォーマンスが出来ないかしらと無意識に思ってました。

彼女の衣装を着た歌い手や役者や演奏者が、その衣装のコンセプトで演技し、演奏し、歌う。

メインはキャストではなくて衣装です。

照明もセットも、そのためにある。

彼女も「そういうのやりたい!」って言ってくれたもんだから、妄想が広がる広がる(笑)

でも、驚いたのは、私の中でこんな発想が生まれたって事。

昨年から3月までの痛い出来事のおかげで、私自身の芸術性とか、クリエイティブな感覚は枯渇していると思ってました。

それが、ふと気付くとこんなことを考えて盛り上がっている。
予算の算段まで考えたりして(笑)

今週の頭に、何もかもが解決しました。

それから二日目の昨日、やっと心が動いてくれました。

何にも拘束されずに、大切な人たちと会話し、クリエイティブな感性を開いている時間がこんなに自分にとって必要だったのかと改めて思った次第。

本当に彼女に感謝しています。

それでも、現実は厳しく、今は仕事は無いし、お金は無いし、まだまだ更年期は続くしで、結構毎日バイト探しに奔走しているのですが、これも神様の御計画だと思えば、気分も明るくなる。

いろんなことが終わったその先に、私の扉は用意されていて、いつの間にか鍵を手にしているのだと思います。

これから先、私が何を創っていくのかわからないけど、とにかく好きなことだけやろうと思っています。

理由をつけず、私が心からやりたいことだけを「やりたいから」やる。

そんな風に創っていけたら最高だと願っています(^^)

さてさて、あんなにお天気が良かったのに、曇ってきましたね。

洗濯物をいれなくちゃ~!

今日お出かけの方は、お天気すごいみたいですからお気をつけて!

後半日、楽しんでくださいね~(^0^)
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by kuniko_maekawa | 2012-05-10 14:09 | 心のつぶやき | Comments(0)

頭痛い~(@@)

2年ぶりくらいに頭痛。

昨日は一日中でした。

早寝してバイトに行くために6時に起きましたけど、頭に霞がかかったみたいにぼ~っとしてる・・・・。

理由はあります。多分。

昨日心にあったことが次々と解決。

どちらかと言うと、ネガティブなこと。

まあでも、はっきりしたから良かった。


仲良い若者がヨーロッパへ。
勉強のためとコンサートの本番を弾くのだそうです。

羨ましいな~。

彼の前にはちゃんと扉が用意されていて、そこを物おじせずにどんどん開いていく。

知り合った時は未知の世界だったことが多くて、私と言う存在も彼にとっては未知の扉だったろうけれど、開かれれば閉じられるのが扉の運命。

若者が自分を置いて先に歩いて行くのはいつもの常です。

私の扉はどこに用意されているのかしら・・・。

もう扉はいらないのかな・・・・。

そう考えていると、頭がいた~くなってくる。
なので、K-popに逃げるの巻(笑)。

辞めた職場の上司から「残念なのは積み上げてきた物が中途半端になったこと」と言われた。

結局いつも悪いのは私だわね・・・・。

どれくらい頑張ったら扉は開いてくれるのだろうか・・・。

鍵が合ってなかっただけで、どこかに私の扉はあるのかしら・・・。
すごくすごくすごく、いつも頑張っているのに・・・

ちょっと泣きそうになりました(;;)


しかし、日々は続いていく。

一昨日の満月は綺麗でしたね~。
昨日は赤い月だった。

明日は友人がお食事に誘ってくれました(^^)

ありがたいのは、「なんとなく前川さんのことが気になって・・・」って言ってくれる人がいて、とてもタイムリーにメールくれたりすること。

こう言うのは全部女子。

ってことで、明日は女子会です!
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by kuniko_maekawa | 2012-05-08 10:53 | 心のつぶやき | Comments(0)

「ゼロ」の視点

GWも最終日になりましたね~。

先週、野球観戦に行って騒ぎすぎたおかげで、大風邪を引いてしまっているのですが、一週間過ぎても咳と淡が取れず、今日は礼拝もお休み。

なんか微熱もあるっぽい~(;;)
最近、免疫力が恐ろしく低下。これも年ってことですかね~(^^;)

さてさて、色々と身辺整理を行っているこのごろ。

大げさなことではありませんが、一気に環境が変わったので、生活のことやこれからのことを否応無しに考えさせられます。

そういう意味では、人生初の「ゼロ」体験かも。

つまり、仕事も夢も何もかも、いきなり「ゼロ」になったって感じかな。

周りは私の話を聞くたびに、すごく御心配いただいて、密かに「前川は大丈夫なのか?」と言うコメントも人づてにこっそりいただいたりして、いや、ほんと、ありがたいです。

まあでも、「大丈夫」なんです(^^)

今までも色んなことが起こるたびに、「ゼロにしてやる~!」と息巻いて、仕事をやめようとしてみたり、人前から消えようとしてみたり、結構やってみたのですが、案外そんなに簡単なことでもなかったらしく、完全に「ゼロ」になったことはありませんでした。

しかしですね、今回は、ほんと「ゼロ」です(笑)。

いや~、清々しい~!

ここまで何もなくなると、逆に、何もかも新しくスタートできる気分になる。

負け惜しみでもなんでもなく、今や私は今までの名刺にこだわる必要が全くなくなったので、何をしても良いという状態になりました。

これはね、本当に気分良い。(^^)

もちろん、これまでの繋がりの環境が一気に何もかもなくなるわけではありませんが、少なくとも今の時点では、音楽に関わる仕事は一切ない。

生活は普通の事務のバイトとかで賄っています。

すると、そこで出会う人たちも、音楽関係とかでは無いですから、会話の内容も変わってくる。

人生を二回生きる感じになってきましたかね~(笑)。

さて、せっかく新しい人生を歩み始めているので、この先はやりたいことを死ぬまでに色々やっちゃおう!とは思うようになりました。

例えば、ずっとスタッフをやってきましたから、必ず誰かを間に挟んでの芸術表現だったわけですが、これからは自分を使ってやってみたい。

歌う、喋る、動く(踊るとはさすがに言えない^^;)。

ダイレクトに自分の感性を使って表現することをやってみたい。

お金を貯めたい。

馬鹿みたいに自主公演やってましたから、何かする度にすっからかんになったわけですが、ここから先はもうやらない。

老後の人生に向けて一人でも生きていけるお金を持ってないと、誰の世話にもなれない環境ですから、ここは一番大切。

公演をやらないと言う訳ではなく、何かやってないと認められないと思っていた重石が取れたので、切迫感がなくなったんですね~。

やってもやんなくても、人の評価は変わらない。

そして、お金が溜まったら海外に行きたい。

留学では無いですね。

今、留学目的は無い。何を勉強すれば良いかわからないし。

でも、行ってみたい国がいくつかあるので、1年に一回くらい、その国々を巡ってみたい。

勉強もしたいと漠然と思ってますが、何を勉強するのかな~(笑)って感じで、はっきりしないから、ここはスルー。

言葉を知りたいというのはいつもありますが、これは日本でも勉強できるから、多分、観てみたいだけだと思います。

この年齢になってくれば、遣り残したことを出来るだけやってから神様のところに行きたいとも思います。

でも、そこに理由を持とうと思って頑張っていた年代が終わった感があるので、これから先は、ただ楽しむだけ。

レッスンや仕事も、お金は関係なく楽しみたい。

生活のお金は別の仕事で稼げば良いや。

ちょっと前までは結婚願望もあったんですが、このところ、あんまり無い。

なんと言うか、多分、その時は、誰かに頼って生きたかったんじゃないかなと思います。

支えてもらって、愛してもらって、子供のように安心して生きたかった。

お互いが人間同士ならば、どちらかがどちらかに依存するなんて無理かなって、最近また思うようになりました。

人間は元より弱く利己主義だということと、ここ何組か離婚したり、離婚の危機に陥っている夫婦を見たからかもしれません。

あんなに愛し合って一緒になっても、お互いが成長した時に、必要ない人間になってしまう。

恋人同士でも同じことでしょうけれど、そんなこと絶対に無いなんて言えないことでしたよね。

でも、二度目の結婚や離婚した結果、一つの成長があって、その方が幸せになれることも多いみたい。

育つためのプロセスであった何年間だったのかもしれませんね。

ってことで、もちろん、縁があれば結婚するかもしれませんが、ここまで一人なんだから、神様が必要ないとおっしゃってるのかも、と、なんとなく納得し始めています(^^;)

それだったらお金ないとね!特にこの世界では!

それと比例しているのかわかりませんが、「働きたい」と言う意力満々!

なんでもいいんです、一生働いていたい(^^)

昔は腰の曲がったおばあちゃんが鍬を片手に、畑に行ったもんですよ(笑)

人間は、動ける限り働いた方が良いんです。

そして糧を得て生活をする。

「自立」と言う事が、一番のエネルギーの元だと思っているんです。


それにしても、「自立」するには「健康第一」。

早く風邪が完治してくれると良いんですが・・・・(^^;)

今日は満月ですって!

原発がすべて止まった「子供の日」。

日本は、まだまだ「子供」なんですね。

育てていく私たちはどうすれば良いのか。
考えさせられるGWでした!
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by kuniko_maekawa | 2012-05-06 13:00 | 心のつぶやき | Comments(0)

「伝える」と言う「使命」を持つこと

先日、とあるコンサートに行きました。

出演者も演奏者も30代~40代のそろそろ中堅どころの音楽家たち。

日本歌曲からオペラアンサンブルまで、色々と趣向をこらしたメニューで楽しみました(^^)

暇になると、色々お誘いいただいてオペラよりはむしろ、コンサートに良く足を運びますが、声楽家が主体のものがほとんど。

そうすると、必然的に、プログラム内容は、軽めの歌曲から始まって、後半にオペラのアリアが組まれてきます。

今まであんまり意識せずにこういうコンサートも楽しんでいましたが、最近、どの大きさのコンサートに行っても、気になるのは空間。

つまり「音楽空間」です。

説明するのに良い言葉がないので、勝手に使っていますが、単純に「音楽が作る空間」と言う意味。

オペラやミュージカルは一番分かりやすいと思いますが、作曲家たちがそれぞれ場面に応じて、それを想像させるような音楽を作曲しており、音楽によって物語が進んでいく。

舞台上にかかわらず、人や物が立っている限り、そこにはやはり「空間」と言うものが存在しているわけで、それは無色透明の音楽であっても、聴いている方の耳から起こる「想像力」が紡ぎだす「空間」がやはり存在しています。

そのことを「音楽空間」と呼んでいるわけです。

多分、音楽にかかわらず、絵であっても、本であっても、何かしらの想像力が働けば、そこにはもう「空間」が存在していると思いますが、音楽において難しいのは、演奏者が音を出しているということに現実感がありすぎること・・・・かなと思います。

例えば、先日のコンサートなども、ご本人たちの歌や演奏は素晴らしく、お客様も喜んでいらっしゃったのですが、歌っている方も、聴いている方も、ダイレクトに相手を感じすぎていて、なんというか、距離が生まれない。

歌曲であっても、オペラのアリアであっても同じことが感じられました。

一つの原因は、演奏者たちの体内時計が速すぎたこと。

これが先ほど書いた、本人たちが音を出していることの弊害の一つです。

つまり、歌っていることや弾いていることが、演奏者自身から離れていかない。
自分たちが感じて、それを表現する確信が、杭に綱で自分の体を結んでいる安心感があるように感じる。

そして自分たちの中で起こってくる「良い声を聴かせたい」と言う誘惑や、特別感が快感となり、結局、作曲家たちの音楽を伝えていると言うことに集中せずに、「やりました!」と言う充実感で、客席を沸かせることに夢中になって演奏は終わる・・・・。

これ、随分なことを書いているようですが、才能や力量がなければ、こういう「個人の才能」で客席を沸かせることなど出来ないわけですから、皆さん、素晴らしい方々ばかりです。

ただ、本来の役割を忘れているような気がする。
これがもう一つの大きな理由。

知り合いのイタリア人ソプラノ歌手が、ある時若い人たちに、「私たちは作曲家たちの通訳だから」と言ってたことがりあました(もちろん、イタリア語で^^;)

interpritazione(今、辞書が手元にないので、合ってるかどうか不安ですが・・・・)
と言う単語は、通訳をするという意味ですけれど、これは私にも、音楽家を表現するうえで、一番納得出来る単語となっています。

彼女は歌手ですが、当然、どの分野にも当てはまるわけで、この仕事を理解してないと、ただ自己満足で終わることしばし・・・演出家であろうが、役者であろうが、音楽家であろうが、「作家」と言う存在を無視できないジャンルにかかわっている人たちには、一番大切な言葉だと思います。

しかも、「通訳」するには、相手がいる。

それが客席に座っている人たちです。

このことを、どれくらい「仕事」(お金になってもならなくてもです)、あるいは「使命」だと思って舞台に立っている音楽家が日本にはいるだろうか・・・・。

日本と限定するのは、私も経験ありますが、芸術大学において、このことを心底学生たちに指導すると言う現場を感じたことがないからです。

それと、「役割」と言う意味合いが、日本と海外では違う。

特にキリスト教を宗教に持っている人たちとは。

神から与えられた「仕事」「指名」と考えることが自然な彼らは、バッハであっても、リストであっても、モーツアルトであっても、最初から自分の名誉のために作曲などしない(宮廷作曲家を目指したことに関しては、人間の世情ですから、あしからず)。

別に私がクリスチャンだからではありません。
「伝える」と言うことを「使命」だと思えなければ、伝達芸能家は存在なしえないと思っているからです。

このことを、本当に心に銘じて、音楽家たちは存在するべきだと思っています。

さて、話は戻りますが、ではそれは音を出している瞬間だけ、楽譜の中身を演奏している瞬間だけ起こっているものなのか、というと決してそうではなく、音が止まっている瞬間にもその仕事は起こっています。

「余韻」というもの。

それは、作曲家たちが、楽曲を演奏する教会や劇場を知り尽くし、そこに残る残響をさえ、音楽だと捉えていると感じるから。

時代を遡れば遡るほど、そこは教会だったり、石の劇場だったりして、残響の役割も、長さも違う。

しかし、実質音が出ていた空間に存在して、固唾をのんで見守っていた舞台で音がふっと途切れて残響だけが残った時、人間の想像力はMAXになるのではないでしょうか?


話が偉く壮大になってしまいましたが(力はいっちゃった~^^;)
この「余韻」をこそ、演奏者が客席に与える快感として多く感じるべきだと思います。

まあ、平たく言えば、お客をもっと楽しませるには、「この次、どうなると思います~」みたいな瞬間がないと、ず~っと「正解」ばっかり提供されても、醍醐味が感じられないってことです(笑)

ば~んと演奏しておいて、ふっと声が途切れて、指が鍵盤から離れて、残響だけがふわ~っと残った時、そこにはその客席に座っている人数分の妄想が広がっているってこと。

そこを我慢できずに、音が切れた瞬間に次の音を出しちゃうと、拍子抜けになる。

「次はど~なんの~????」ってお客がジリジリするくらい、無音をScenaとして提供できるようになると、大人の演奏になってきますよね~。

この間から、30代の人たちの音楽を良く聴いています。

皆さん、20代からやってきたことを、外に向けてやっと発信できるようになってきた世代。

やりたいことも、アピールも、人一倍のエネルギーを感じる。

だからこそ、「伝達芸能家」として、作曲家たちのために、あるいは台本作家のために、自分の力量を最大限使って演奏をすることを、是非お願いしたい!

このところ、良く日本歌曲なども聴きますが、日本語なのにわからない。
言葉が分からないのじゃなくて、「詩」として伝わらない。

もしかして、「詩」として朗読してから歌うとかやったことないの?と思ったくらい、シラブルを感じることが出来なかった。

これが外国語となると尚更です。
(留学してても、です)

少なくとも、自分は何のために音楽家をやっていて、そして、どんな目的を持っているのか、それくらいのヴィジョンは、演奏を聴いてわからせて欲しい。

海外に何年行って勉強しても、日本では芸術だけで食べてはいけません。

それでも、本当に自分がやりたい「音楽」はこれだ!と心に決めて、ずっと演奏活動している音楽家たちもちゃんと存在している。

世間的には知られてなくても、自分とちゃんと向き合って、「使命」を理解している人たち。

日本で芸術を育てるのは、本当に大変なことだけど、こういう人たちがいるから、私も頑張ろうと思える次第。

次世代へつなぐために、今の30代~40代は本物の芸術家に育ってほしい。

そんな風に最近、心から思うのですね~。


さて、GWも後半ですね(^^)
今日はなんとか雨もやみそう?

楽しい一日を!
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by kuniko_maekawa | 2012-05-04 12:06 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)