WSと言うもの

昨日、初めてWSなるものに参加してきました。

WSはワーク・ショップの略。

芝居やアートのジャンルではお馴染みの名称。

最近はオペラの現場でも良く耳にします。

はっきりした定義は私も良く理解してないので、Wikipediaから。

「ワークショップは、学びや創造、問題解決やトレーニングの手法である。参加者が自発的に作業や発言をおこなえる環境が整った場において、ファシリテーターと呼ばれる司会進行役を中心に、参加者全員が体験するものとして運営される形態がポピュラー。会場は公共ホールや、スタジオ、美術館やカルチャースクール、ビルの1室、学校の教室を利用するなど様々。」

私は今まではこのファシリテーターをやっていたわけですが、昨日は初めて参加する方を体験。

主催はレーベル会社で、現代音楽を主に扱う会社みたい。

ドビュッシー、ラヴェル、サティ、そして留学時に影響を受けたとされる、現代音楽家のジョン・ケージ。

この4人の作曲家の音楽を、何故か坂本龍一が総合監修した「Commons;schola」と言う書籍から選曲した4曲と、講師をした方の会社である音楽レーベルからの選曲4曲を聴き比べ、ディスカスするというもの。

会場となった秋葉原のお店に行ってみると、すでに何人かの方が(定員15名くらいだった)テーブルを囲んで座っていました。

お店はCD、レコード盤、書籍、オーディオとわりと広範囲の音楽が並んでいましたが、私くらいの知識でもはっきりわかるマニアックさ。

そこで行われたWSと言うのは、講師となった方が先の作曲家たちの音楽を語るために、まずグレゴリオ聖歌から初めて、各時代の音楽を聴いていきながら講師の方のレクチャーが10分ほど。

その後、いきなり「さて、これから表題の作曲家たちのこと、それから今日お集まりと言うことは、皆さん、坂本龍一さんのfanでらっしゃると思うので、彼について語って行きたいと思います」・・・・・・。

え?・・・・・・・・・ちょっと待てっ!

いきなり坂本龍一について語るってどういうこと????

しかも、そこまでの15分とか20分くらいは、ただ音楽を聴いて、音大とか楽器をやっていれば、ある程度知ってるような音楽史を聴かされただけで、表題のドビュッシー、ラヴェル、サティ、加えてゲージの何を語ったというのかい?????

それでいきなり「坂本龍一」って?????
って思ってたら、いきなり「音響デザイナーなんですが・・・・」なんつって、坂本龍一関係の話題を語り始めるの巻き。

なに、これ~!!!(笑)!!!

つまり、今回のWSは坂本龍一の出した本の宣伝も兼ねていて、それの出版元であるレーベルの人が講師として招かれていて、様々アピールをする場であったらしいのです。

私は公式アカウントの方のツイッターにリツイートされているのを見て、何故か行ってみようという気になったのですね~。

理由は二つで、一つは先に上げられた作曲家についてのレクチャーが聴きたかった。

今現在、興味はオペラに限ってないと言う事と、作曲作品の中に、作曲家の時代性とかで知らない明記などがあれば教えて欲しかったし、何よりオペラ作品でないものについて、語る人たちの言うことを聞いてみたかったから。

それと、知らない世界の中で、知らない人たちを見てみたかったから。

いくら無料でも、時間を費やしてこういうところにやってきて、しかもツイッター等のまったく不特定多数の情報から選んできたわけだから、そんなことに労力を費やす人たちに会ってみたかったです。

結果、先の目的はあんまり果たされませんでしたが、後ろの目的はしっかり果たされました。

基本、喋っていたのは3人くらいで、後の人たちは(私も含めて)ただそれをじっと聴いていただけですが、一応に会話等を聞きながら、熱心にメモを取り、なんだか楽しそう(^^;)

私は、頭の中ではこのWSの主旨も含めて、聞きたいことも言いたいこともありましたが、昨日はノンポリ。

こんなところで「オペラ演出家です」なんて言おうものなら、後が怖い(笑)。

内容はお粗末だったし、これをしてWSと言っていいものかどうかはわかりませんが、人が集まる場所としては面白かった。

同じ興味をもった不特定多数の人たちが集まって、それぞれの何かを満足させていく空間。

「参加者が自発的に作業や発言をおこなえる環境が整った場」と言う事に関しては、正解だったなと思ったわけです。

これは中々収穫でした。

イギリスのある都市などでは、こういったWSがかなり盛んで色んな形態で行われているのをドキュメンタリーで見ましたが、この定義では有得るなと思いました。

この体験はちょっと心を動かした。

先の記事にも書いたように、コミュティーに興味が出てきた今だから、参加型発言の場を作っても良いなと思います。

それにしても、20年以上、一つのジャンルにこだわっていた私はかなりの浦島太郎だわ~(^^;)。

助成を取るための若者教育という看板もうんざりしていたし、私に取っての本当の意味でのWSを考えて行きたいと思い始めています。

どうせ何をしようか、どこに行こうが「対人間」の世界なんですから、とことん対話してみるのも一つの表現かもしれませんね。

また面白いのがあれば行ってみようと思っています!(^0^)
皆さんもどうぞお試しあれ!
結構世界が広がるかもしれませんよ~(笑)
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by kuniko_maekawa | 2012-06-28 14:06 | 心のつぶやき | Comments(0)

コミュニティ

毎日嫌な天気が続きますね〜(^_^;)

梅雨となれば仕方ないんでしょうが、其れにしても気温の差が激しくて、更年期で無くてもしんどそう…(~_~;)

さて、Twitterのアカウントを復活させたり、FBのアカウントを復活させたりと、このところSNSばかり見ています。

暇って事もありますが、何だかコミュニティを作りたくなったんですね。

今までもmxiをやったり、Twitterをやったりはしていましたが、適当に心の言葉の捌け口にする為で、あんまり理由はありませんでした。

もとより発言するのは好きなので、責任無く言葉を発する場が有れば良かったので、Twitterなんか正にうってつけ、公式じゃないアカウントの方は何だか凄い事になりました。フォワローのジャンルがめちゃくちゃ(笑)

新しいアカウントは目的を持って発信しています。

SNSの大きなメリットは、膨大な情報量と世界との繋がり。

小さなiPhoneの機器から世界中を相手に受発信出来る。これは凄いですよね。

今までは欲しい情報を得る為にフォローしてましたけど、発信もやってみようと思い、それによってコミュニティを作ってみようと思っているのです。

そんな事を思い始めた理由は、今の自分の枠を拡げたいから。

何せ23年間くらい、私のジャンルは「オペラ」だった訳ですよ。

何をするにも「オペラ」の冠を付けてました。

事実、オペラ以外の世界での仕事は数えるほどです。

その生活をずっとやって来て頭打ちになってしまった。

勉強する事は沢山有っても、自分のやり方以外出来なくなってしまった。

其れでも勉強はすべきと、もちろん思って居ますが、もっと違う方向から知るべき事や物が有るんじゃないか。

って事で、毎日誰か何かをやっている世界を知ろうと思い始めた次第です。

とりあえず、行動範囲を拡げるために、面白そうなWSに来週行って来ます。情報はまたアップしますね!

それにしても、この天気は何とかならんかしら? 気力を起こすのに一苦労だわ〜(^_^;)

女性の皆さん、水分をちゃんと取って下さいね〜。ま、男性も更年期っぽい人はお試しくださいませ(笑)

ウサギもメスはかったるいんです…
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今日も一日お元気で!
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by kuniko_maekawa | 2012-06-21 12:01 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)

復活Twitter

1年ぶりくらいに公式アカウントを復活。

最初は名前を出してツイートしていたのですが、なんとなく顔や名前がいつも晒されているのに疲れてしまって、今は誰もしらないアカウントで呟いています。

最近、改めて繋がりを作っていこうかなと思い始めてきたので、再び前川の名前で呟くことにしました。

さっきから環境設定をして呟きをブログにも貼り付けちゃいました~!

取り合えず、興味のある方はを覗いてみて下さい。
音楽や仕事のこと呟く予定。

天候のせいか昨日からどうも落ち込み気味。

今日はまだ天気が良いので、なんとか気持ちを持っていますが、昨日は一日落ち込んでました。

これが更年期なのかなあ~...(;;)

しょうがないですね。こればっかりは。

こういう時は本当に何もしない。っつか、何も出来ない(笑)。

と言う事で、また!
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by kuniko_maekawa | 2012-06-18 16:47 | 心のつぶやき | Comments(0)

トレーナーへの道は険し・・・楽しい!(^^)

昨日久方のレッスンをやりました。

初めてでしたが、アマ弦楽器奏者からの依頼で、ベルリオーズの「幻想交響曲」を読むの巻。

う~ん・・・・いや~、もしかしたら1年振りくらいのレッスンが、いきなりオケスコアを読みましょう~ってことになりましたので、さすがの私も緊張~。

例え相手がアマチュア奏者であっても、長年オーケストラに入って演奏活動なさっていますので、耳と目は越えています。

しかも、私は音大生の時は超不真面目学生でしたから、和声や楽典の授業などもほとんど耳から耳に抜けており、今もって残っていることはあまりなく、こういう商売を成り立たせてくれているのは、その後始めたスタッフの仕事柄のことです。

しかし、お仕事はオペラばっかでしたから、素朴な疑問として・・・これ、どうやってオケスコアを読み解いたらいいのかしら・・・・???

悩んだところで、私は私。

楽譜には変わりないのですから、いつものように作曲家のこと、時代背景(作曲年代に限らず、前後も大事)、音楽表記と、もろもろ楽譜から得られる情報を漁って挑みました。

こういう場合、結果はあんまり重要ではありません。

何故かと言うと、私を選択し、依頼した段階で、クライアントさんは既に私と言う人間の持っている素養から何かを得たいのであって、そこで一つ彼女を満足させられる要素は得られています。

彼女の場合は同じ教会員で、私が昨年聖歌隊の指揮などをしていた時の内容を気に入ってくださっての依頼でしたから、何を欲されているのかはわかりやすい。

問題は、私がいつも扱っている楽譜は声楽曲で、私自身が楽器やオーケストラに精通してないと言うことのみ。

そこは勉強あるのみですが、う~ん、さすがに一月くらいの期間では限度が・・・・(^^;)

それでも出来る限りの情報を楽譜から取りだして、昨日は楽しく語らせていただき、なんとかご満足いただいた模様。ふ~、良かった~(@@)

さて、その後彼女と食事をしながら私が漠然と思っていたことは、やはりこの仕事を続けたいと言うこと。

そして、新たな音楽のジャンルを与えられて、しばらく彼女とのトレーナー作業が続くとなったこの事態を真摯に受け止めなきゃならんってことでした。

今までは私の世界はオペラ一辺倒で、対歌い手や対ピアニストと言う狭い枠のトレーナー作業であったわけですが、ひょっとして、この仕事ってどんだけ可能性があるかちょっと未知数。

「相手が望むものを一緒に探す作業」なんて簡単に言ってましたけど、今や万人が広い枠で音楽を楽しみ始めている昨今、何を望まれるかなんて予想できなくなってきました。

逆に、私がやろうとしている仕事を本当にやろうと思ったら、「街のなんでも屋さん」なレベルでは対応出来ないかも・・・・・。

どこから話が拡がって、何が飛び込んでくるかわからない世界になってきてるんですよね~。

実は、私の中でも「オペラだけが音楽じゃない」熱は、昨年からしずしずと起こっていました。

もっと言えば、「クラシックだけが音楽じゃない」ってことでもある。

それと、本当にトレーナーと言うのが成立する仕事ならば、私自身の出来ることもどんどん増やしていかないと、あらゆる需要に対応出来ない。

大学を辞めた理由の一つは、私の蓄積してきた物が無くなってしまった事もありました。

今まで疑問も起こらなかったけど、昨年一年は、ただただ「知っている」ことだけで学生と向き合っていた感があって辛かった。

それも出しきってしまった今、改めて自分を満たすには、新たな勉強を始めるべきなのだと思い至った感じがする。

今の私の環境で、「私はトレーナーです」とのたまっても、多分誰も信用してくれないでしょうね。

それは私と言う人間がやってきた仕事のイメージが強すぎることもありますが、留学経験がないとか、仕事環境のレベルが低いとか、何より、芸術家たちにコーチが必要になる現場がないと言うのは大きな原因。

真剣にそのことを捉える理由がないってことです。

でも、今回のように、普段の私の仕事を知らない人たちとどこかで引きあわされて、その時その人たちの必要な物を得たいと言う想いと私の持っている物が合致したら、そこにトレーナーと言う職業が成立する。

ま、どうせ叶わないと思っている人たちがほとんどでしょうが、仕事をするに至ってはどこでも良いわけですから、これが本当の私の仕事ならば、多分神様が、「場所」と「人」を与えてくださると信じています。

ってことで、死ぬまで働きたい私は、夕食の石焼きビビンバをパクつきながら(美味しかったぞ~^^)、とりあえずこの職業を第一の選択肢として、ちゃんと勉強しようと思い始めました(いや、今までも勉強してましたよけどね・・・・^^;)。

なにはともあれ、ライフワークが見つかって良かった良かった!(^0^)


今日は爽やかな梅雨の晴れ間ですね~。
あんまり暑くないし、気持ち良い(^^=)

明日からのお天気にまた苛まれそうですが、更年期も後何年かで終わるでしょうから、のんびり楽しく日々を過ごそうと思っています。

レッスンご依頼の方は、ブログにコメント(非公開)でくださるか、graziadioamore@yahoo.co.jpにメールをくださいませ。多方面に渡って承りますぜ~(^0^)

因みに私のレベルを端から見くびっている人もいますが、こう言う職業はあくまで依頼する側の嗜好だと思っています。このブログでも、オペラ・レッスンの内容は記事にしてますので、ご興味あれば読んでみてください。

そして、依頼する際にご考慮いただきたいのは、ご自分が私と一緒に何を見つけていきたいかと言うこと。

どんな演奏家になりたいのか、何を伝えたいから演奏するのか、どんな成長が欲しいのか。

そのご意思があるからこそ、私が活かされると思います。

ご縁があることを祈って(^^)。
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by kuniko_maekawa | 2012-06-15 13:22 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)

気持ちがぶれないと言うこと

一昨日、コンサートに行きました。

鈴木絵麻さんと言う歌手の方と、長い友人であり、素晴らしきピアニストでもある渡辺まどかさんのコラボレーションで、「あめのいとをつむいで」と言う素敵な題名のコンサート。(^^)

聴かせていただくのは二回目ですが、今回も心を癒される素晴らしいコンサートでした。

このコンサートは、絵麻さんが手話をやりながら、色んな曲を歌っていきます。

彼女は、パイオニアの社員で会社の合唱団に所属してから声楽と手話を学び、それをライフワークとして演奏活動を続けていらっしゃいます。

彼女の手話は本当に綺麗。

踊るように指先がゆらめいて、それを見ているだけでもうっとりして気持ちよくなる。

コラボした渡辺さんは、藤原歌劇団で長年お世話になっているピアニスト。

技術もさることながら、彼女の音はいつも誰かに、何かに必ず会話を投げかけている。

オペラのScenaは尚更、歌曲の伴奏であっても、休符の中まで言葉が潜んでいそうな暖かい空間。

時計軸も見事で、空白の余韻に想像させられるピアニスト。

それだけでも特筆ですが、このコンサートでは、「サウルハープ」と言う、小さな竪琴みたいなハープも弾いて絵麻さんの世界に添っています。

このお二人の音楽が非常に心地よい。

絵麻さんの澄んだ声と手話によって生まれる空間に、まどかさんの言葉の音が添って行って、えもいわれぬ空間が出来ていきます。

なんだろう...シャボン玉の中に入ったらこんな感じかしら?(笑)

前回も思いましたが、手話は究極の字幕スーパーです。

英語の歌詞もあったのですが、観ているとなんとなく歌詞の内容がわかる。

共通の指文字以外は、どういう形を使うかはその人の感性だそうで、例えば「ふるさと」を手話で表すとすると、「懐かしい場所」とするか「知っている場所」とするか、絵麻さんは「生まれた場所」としていましたが、それは手話を扱う人の感性なのだそうです。

そこも非常に気に入っています。

伝える人の言葉が見えるから。

手話体験するコーナーもあるのですが、自分で手を動かしながら、本当にすんなりと歌詞が心に入って来る。

例えば海外などに行って、ゼスチャーで切り抜けたなんて話を良く聞きますが、同じことだと思います。

「耳の聴こえない人に、あるいは言葉の通じない人に、言葉を見せて伝える」わけですから、何を伝えたいか、伝える方にしっかりとした意志があれば、手話やゼスチャーは一番有効なものではないかと思うほどです。

何よりも、彼女自身の意識にブレが無い。

手話を通じて伝えることをライフワークにして活動する、と言うしっかりとした志が根ざしていて、それがこちらにもはっきりと伝わってくる。

これはハープを弾くまどかさんも同じで、彼女がピアノやハープを使って絵麻さんの志に添って行きながら、本当にやりたい音楽がしっかりと客席に伝わってきます。

実は3月に行った、私のクライアントさんのフランス歌曲のコンサートの時も同じ清々しさを感じました。

つまり、「自分たちの音楽はこうだ!」と言う信念が本当にぶれてないのですね。

これって本当に大切なことだと思いました。

例えば経歴等を見れば、音大などを出ているわけではないと言う事で、プロではないという人がいるかもしれません。

しかし、彼女の持っている手話の実力や、それをして伝えたいという信念はまさにプロフェッショナル。

3月にフランス歌曲を歌った方々も、誰一人有名な歌い手さんは居ませんが、「フランス歌曲をもっと知って欲しい。もっと作曲家の言葉を伝えたい。」と言う目的がぶれていない。

そのために、彼女らは誰一人、自分のためには客の前に立っていません。
それがすごく判る。

有名音楽大学を出てヨーロッパに留学しても、コンクールで賞を取っても、何も感じない歌い手は沢山います。

そのブランドだけで4千円も5千円もチケットを取っても、何も伝えることが出来ない歌い手のコンサートも沢山行われています。

でもね、声を聴かせられても、誰も感動しないんですよ。

技術だけを見せびらかされても、誰も感動しないんですよ。

どんだけプロフィールが長くても、どんだけ立派な舞台に出ていても、どんだけマスメディアに取り上げられても、自分のために演奏しているアーティストは本当の意味でのプロじゃないんですよ。

大切なのは、自分の才能を使って「何を伝えたいか」と言う事。

そして、そのことが「決してぶれない」事。

それこそ、本当の「芸術家」であり、「仕事」であると思います。

こんなこと書いているのは、ほぼ自戒の念。

今の私は、この「ぶれない気持ち」を探しています。

私は芸術と言う分野で、いったい何を伝えたいのか。

そのために、どんな作品と向き合って、何を創っていけば良いのか。

自分のためには絶対に創らない。

このことだけは、「ぶれない」自分であり続けたいと心から思っています。
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by kuniko_maekawa | 2012-06-11 16:58 | 心のつぶやき | Comments(0)

イタリアと言う国

オペラの仕事を始めてから、何時の間にか「アンチ.イタリア」な人になっていました。

オペラ=イタリアと言う図式は周知のとおり。

別にイタリアに限らず、フランスでもドイツでもアメリカでも、オペラはその国の原語で作曲されていますが、偶然私が最初に仕事した団体がイタリアオペラしか(たまにフランス物)上演しなかったために、先の図式が成り立った次第。

歌い手さんならばいざ知らず、スタッフだった私は留学自体あんまり現実感も無く関わって居ましたが、演出助手などやるようになり、イタリア人歌手が現場に居たりして、やはり必要性を感じない訳にはいかなくなりました。

しかも、最初は通訳を入れて外人歌手や演出家との稽古をしていたにも関わらず、ネイティブにイタリア語が話せるスタッフが入って来始めると、途端に経費節約で通訳は雇わなくなり、何時の間にか、イタリア語か英語が話せる演出助手が使われるようになる始末。

日本には日本に合った良い仕事のやり方があり、通訳が入る事によって、良い感じの距離も保たれて居たのに、何を勘違いしたのか、全てが外国仕様にドンドン変わって行きました。

この時勢に乗るには留学するしか無く、私も何度も留学申請を試みましたが、全て不合格。

文化庁に至っては、必ずと言って良いほど書類で落ちました。

そこは、此方の才能如何は関係無く、推薦者や受け入れ先の良し悪しが理由でもあります。

若者がこぞってイタリア留学を目標にするのも、段々ウンザリして来て、何時の間にかイタリアには何の魅力も感じなくなっていました。

第一、留学して帰って来たほとんどの人たちに、何の変化も成長も感じられ無かったし、語学でさえ、相変わらず理解出来てないのを見ると、殊更行かなくてもね〜なんて…

もちろん、意味のある留学をして来た人も居ますから、全ての人たちがそうでは在りませんが、何のヴィジョンも持たずに「行けば上手くなる」信仰で行く奴がほとんどだと、見てて思うので。

そんなこんなで留学はしたくても、イタリアは行かないと思ってました。

しかしね〜、ちょっと不思議な事に気付いたんですよ。

今年4月に、5年勤めたS音楽大学を退職したのですが(もう、告知されてると思うので)、
その授業はイタリ人指揮者との仕事で、彼とコミュニケーションを取るためにイタリア語を必死で話したおかげで、何と無く日常会話くらいは話せるようになって来ました。
加えて長年、イタリア語の辞書引きをして来たおかげでボキャブラリーが増えてる。
もちろん辞書は必要ですが、わかる単語が断然多い。

しかし、大学を辞めたのでイタリア語で話すのは、恐らくもう無いだろうと思ってました。ところが〜…

教会の方がある日礼拝で声を掛けてくださって、曰く、「先日イタリアに行って、バチカンで聖書を買ってきた。本場の物だから、注釈等、是非知りたい。」

私がオペラでイタリア語を使うと言う話を覚えてらしたのですね。

そして、イタリア語聖書を訳すと言う、グループが出来ちゃいました。こらこら…(^_^;)

尚且つ、私は実はイタリア語の聖書を何故か持っていると言う、偶然…。

洗礼を受けた時、イタリアで受洗した友人が洗礼式に来てくれて、プレゼントしてくれた物ですが、まさか、今頃開くとは…(-。-;

そしてまたイタリア語の勉強は続きます。

なんかね…思ったんですが、私は実はイタリアに行くのかな…

何回も上手く申請出来なかったから諦めてましたが、本当は行くべき国なのかな、なんて…。

もしかしたら、アンチになってたのは悔しかったからかな〜…

イタリアに住んでたり、イタリア留学経験者でも、推薦者の力で申請が通ったり、喋れない事によって、本当の仕事を見てもらえず悔しかったり、なんかそんな事を経験している間に、イタリア自体を自分の中から切り離してしまって居たのかも…

そんなことを考えました。

今は逆に、イタリア語を使う仕事も無く、必ずしも必要でも無いのに、何だかイタリア語との関係は続いて居ます。

こうなったら一度行って来るかな〜(#^.^#)

何と無く行きたい土地も見つかりました。

さて、いつどうやって行って来るかな。
もう、言葉も不安じゃないしね。

こうなるまで20年掛かったけど…(笑)

因みに語学は辞書引きが一番効果あります。
体験談(笑)

ところで、iPhoneから投稿している、ここは清澄公園。

クローバーにシロツメクサが目一杯咲いて、絨毯みたいです(#^.^#)
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最近はなるべく自然の中に居るようにしています。

梅雨に入る前にもう少し、森林浴を楽しみましょう\(^o^)/

トスカーナで養蜂やりたい〜!

それも人生かな♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪
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by kuniko_maekawa | 2012-06-07 15:16 | 心のつぶやき | Comments(2)

自我自賛(^^)

私は実はもう一つブログを開いています。
こちらは物凄くプライベートなんで、公にしてませんが、あんまり開かないので、久しぶりに覗いてみたらば・・・

ちょっと、ちょっと!結構いい記事かいてんじゃない!(@@)

ってことで、載っけてみました。
あたしね~、実は本当に物書きになった方が良いんじゃないかと思うくらいなんですよ~(笑)

お楽しみくださいませ~!

あ、ライブドアだってばれちゃう(笑)・・・・



Livedoorのブログ管理を開くと、いつもピックアップテーマと言うのがあって、今日のそれが「あなたの価値を変えたものは?」だった。

私の価値を変えたものは神様との出会い・・・・。

引かないように、私はクリスチャンですから当たり前。

最近、もっと変えられたことがあるけど、そうだな~、それは「愛」です。

あ・・・・だから引かないで・・・。(^^;)

説明するのは難しいけど、例えば恋をします。

当然その時お互いがであったのは運命だと思う。もちろん、そうです。

だけど、二人の人間がいれば、色んなことが起こる。

愛し合ってたと思ったけど、結局傷つけあってしまって別れたりも。

その時人間は絶対に相手が悪いと思って責めずにはいられない。

例え、自分のせいだとしても、自分を責めずにはいられない。

その辛さ、しんどさったら半端じゃないですよね。

いくら時間が友達と言っても・・・。

その時、こう考えたらいかがしら?

お互いを傷つけあったのは感情に伴った「行為。」

でも、お互いが引き寄せられたのは「魂」が望んだからだとしたら?

行為と感情の内側に、共鳴した魂があるとしたら、だとしたらきっとその共鳴だけは真実で純粋だった。

だから、行為は許せなくても、魂は赦せる。

こんなこと考えられるようになったのは神様のおかげなんですね~。

季節が変わりますね。
気分がすっきりしない時は、いらないもの全部捨てましょう。

そしたら新しい風が入ってきますよ。

2010年5月記載
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by kuniko_maekawa | 2012-06-04 11:32 | Comments(0)