手相をみてもらった!

昨日、手相観の日笠雅水さんからツイッターで呼びかけがあり、なんと!無料テソーミルームに参加してきました!

彼女は元YMOのマネージャーさんだったと言う経歴があり、忌野清志朗さんなどとも交流のある人。

糸井重里さんの「ほぼ日新聞」で手相の特集をやった時に、たまたま見て興味を持ちました。

手相の解説も、愛にあふれていて分かりやすく面白い。

第一に手相と言うものが、自分の体の生き方から出来る線を読んでいくと言うことで、自然発生的で好き。

もちろん、占いはある意味データだと思っているので、その線自体をどう読んでいくかと言うのは、それぞれの読み手の好みではありますが、それでもかなり生き方が反映されると思います。

クリスチャンになってから、大抵の占いには興味が無くなっていたのですが、自分の手にある皺や線を読むと言うことと、日笠さんの解釈が好きになって、彼女の著作を図書館で借りて少し読んでみたものの、やっぱりよくわからん(笑)。

折しも最近は変化が激しくて、こうやりたい!と言うヴィジョンが出来て来た今でさえも、やっぱり雲をつかむような思いがある。

そこのところに、ツイッターでの呼びかけ。

なんとなく非現実感があり、迷ったんですが参加希望の返信を出し、ご本人からちゃんと返してもらって行ってきました!

場所は豪徳寺の駅前。「洋風弁当デリカッテ

本当に小さなお店ですが、味は抜群!
ひさしぶりにタイカレー食べました~(^^)美味しかった~!

そこのオーナーと日笠さんがご親友と言うことで、二階を貸し切ってのテソーミでした。

指定の18:30頃に料理を注文して二階に上がると、すでに鑑定は始まっていて、私は7番目。

狭い空間にちょうど一緒にすわった大学生と話したりしながら、カレーを食べて、私の番に。

目の前に座られた日笠さんはすごく暖かい空気がして、実際に手を握られても暖かかったし、声が素晴らしく良く、人の心にすっと入ってくるような感じ。

私の手相を見て開口一番「ま~、良い手相じゃないですか~!」と!

実は、私の手は皺が多くて、自分では迷いの多い手だからこんなのかしら??なんて思っていましたが、
どうやら生命線がしっかりとまっすぐ長いらしく、90歳くらいまでは軽く生きるらしい(^^;)

そして神秘十字線と言うのが二つあって、天職を続けていくとのこと。

しかも、今まで経験してきたことや、今まで仕事としてきたことと、新しいことが混ざり合って、すべてが合致するのは53歳くらい。

そこからはずっとその天職を全うするのだそうです。

驚き~(@@)

「時が来たって感じですね」って言われましたが正に。

ま、残念ながら(?)一攫千金は無いらしいですが、複数の仕事からお金を得るのですって。

あ~、なんかわかる気がする。

今でさえ、あっちゃこっちゃの仕事を兼ね合わせて毎月いくらと計算していますから、さもありなんだわ(笑)。

でも、嬉しかった。

今から私がやろうとしていることが、天職として叶えられて、海外へも行くらしい。(移住はしないけど、旅人の相が出ているので)

そこで色んな人と会い、私は巫女さんのように神様と人との間を取り持つ役目を果たすと言うこと。

恐れ多いと思っても、今本当に望んでいることだったので、本当にうれしかったです。

「時を得たり」

なんてすごい言葉だろう。

「主の山に備えあり」とはこのことだ、と改めて認識。

とにかく迷うことなく、この道を進む覚悟は出来ました。

因みに、一応結婚のことも聴いてみましたが、「う~ん、もしするとしたら(しないのか???)、58歳くらいかな。今は必要ないんじゃないかしら~」

はい、その通りでございます。(^^;)

自分でもハードル高くなってきてるので、しばらく一人暮らしを楽しむの巻。

何せ、90歳まで40年はありますから(笑)。

さてさて、今日も暑いですね~(@@)

外にいる人たち、動物たちのことを本当に祈ります。


それにしてもツイッターってホントにすごいツールだわ~!

改めてコミュニティの作り方も学んだ一夜でした。

本当はその後ミニパーティがあり、参加するつもりだったんですが、今日が朝早く断念。

今度機会があったら、色々と日笠さんにもお話を聞いてみたいと思いました。

今日も皆さんお元気で!
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by kuniko_maekawa | 2012-08-24 12:26 | 心のつぶやき | Comments(4)

夏のうさぎ

毎日毎日、本当に暑いですね〜(゚o゚;;

今日は一日中何もせずに、ただTVを観るの巻き。

来週からは稽古期間に入るので、つかの間の夏休み。

まあ、今年は毎日が日曜日みたいな日々ですが(笑)

iPhoneになっちゃんの画像が溜まって来たので大放出!

夏のうさぎをご堪能あれ〜!
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真夏でも部屋の中は平均温度25度扇風機付き(^_^;)

節電中の皆さんすみません。
でも他で節電中なんで(笑)

レイキと言うマッサージを受け始めて調度一年経ちました。

身体に気が流れて来始めて、担当さんからお店の講習が受けれると言われました。

是非!\(//∇//)\

これは本当に良いマッサージです。

自分の治癒力を高めて身体を癒す。

最近は私の手からも気が流れるようになってきました。(#^.^#)

練習がてら、人を捕まえては手を当てさせてもらってて、結構良い感じです(笑)

真面目にこれを一生の仕事にしようと考え始めています。

先ずは経験!

実験台になって下さる方募集中!

楽しい夏はまだまだ続く…ですねo(^▽^)o
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by kuniko_maekawa | 2012-08-23 13:00 | うさぎ | Comments(0)

拡散希望!

多頭飼い放棄!
今月末までに、後4匹!

一時預りも可!里親なら、尚宜しい!
とにかく拡げてください!

http://s.ameblo.jp/yosi373/entry-11286844199.html

いつまでも、どこまでもこういう戦いは終わらないですね。
結局は人間の犠牲になっています。

最後まで責任持てよっ(--#)

うちでも引き取ろうかと一瞬思いますが、なっつがいる間はウサギならばともかく、異種動物はNGです。とにかく拡散!

愛媛の65匹も助かったんですから、きっと助かる!

一時預かりもありみたいなので、助けるために引き取るだけ引き取って、また里親を探すと言う手もあります。私もそうしたかったけど、先の理由でNG。

勢いで引き取ってもその後がケアできなければ意味ないです。

ぬいぐるみじゃない。

命ですから。

皆さん、それぞれお使いのブログ、HP、SNSなんでも良いです、拡散してください!

よろしくお願いします!!!!
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by kuniko_maekawa | 2012-08-23 12:59 | 心のつぶやき | Comments(0)

「支援したい音楽家」と言うことについて

お盆も開けましたね~(^^)

最近は、昼間は暑いけれど、朝夕がちょっと涼しかったりして、一応秋への準備が始まっていると思うべきですかね?

風も少し冷たく感じてきましたよね~。

さて、先の記事で色々と将来のヴィジョンのことについて書き連ねました。

そうやっていると、結構周りで新しい広がりがあったりなんかして、またまたびっくりしているところです。

けれど、そうやって自然に動いている時は、大抵神様が「やれば~(笑)」と言ってくださっていると思っているので、いずれ形になるんじゃないかな~と、密かに「聖なる野望」を抱いています。

その中に、エッセンスとして「音楽家支援」と言うのを挙げてみました。

「挙げてみた」と言うのは、これこそ、一番具体的にならんのじゃないかな~と思っているものだからです。

大きな理由は、記事にも書きましたが、日本と言う国で音楽家に限らず芸術家がそれだけで生活の糧を得るのは、現実的にもかなり難しいと言うことがあります。

そのため、残された道は「助成金をいただく」と言うこと。

例えばオペラ公演などを打っても、助成金を支援する団体は結構ありますが、その目的として必ず上がるであろう物が「若手音楽家の育成」。

それでオーディションなどをやり、経緯も年齢も「若手」であろう歌い手を選び、それが条件に叶えば助成が出来ます。

文化庁などでも、必ずや外せないところでしょうね。

しかし、実際には育成は愚か、結局は主役級はキャリアのある歌い手さんが歌って、端役を若手がやるなんてことも多々あるわけで、「若手音楽家の育成」は、助成金をいただくための看板にすぎないことも。

実際に、そういった公演に若手歌い手が出演してどれくらいのメリットがあるのかは不明。

まったく無いとは言いませんよ、経験を積むだけでも宝になるだろう若さでは。

けれど、だったら本来主役級を歌って一演目キャリアを積むと言うことをやらすべきだと思いますが、そうなるとチケットが売れないとか、それこそ、実際に歌いきるかどうかもわからないわけだから、弊害もあるかもしれない。

最終的には「公演を興すため」の手段となってしまうのもいたしかたないと言う風潮でもあります。

何せオペラはお金がかかり、助成金無しでは公演を興すのは無理と言う現状もある。

ただ「支援」と言うからには、先を見越したケアをす必要があるだろうと思っています。

文化庁の海外研修でさえ、留学から戻った音楽家をどこまで文化庁が「国の財産」として支援するのかは不明。

例えば、文化庁助成のオペラに主役で歌わせるとか、コンサートを1年間主催するとか、そういったことは聞きません。しらないだけかもしれませんが。

新国立劇場だって、国の助成金で研究生制度がありますが、月々お給料を払って勉強させている歌い手(勉強に集中するために働くことを禁止されているので、その生活費を私たちの税金で賄っています)が新国の舞台で主役を張ることは無い。

もちろん、これはオペラに関してのことですから、同劇場のバレエや演劇の研究生はもっとメリットがあるのかもしれませんが、とにかく多くの若手音楽家をケアすると言うところまで、助成は進んでいないのが現状のように思います。

これと比例して、音楽家達にもどこまでの目的意識があるのかが、私にとっては大きな問題です。

私のジャンルがオペラなので、どうしても歌い手をメインに考えますが、例えば楽器奏者であったとしても、オーケストラに入団して、演奏活動をしてどれくらい稼げているのでしょうか?

しかし、自分の核である音楽を生活の中心において生活して行きたいと思っているのじゃないかと思います。

楽器は世界に出る年齢も早いですから、そういう意味では未来や自分の力量に関して、現実的なものあるかもしれませんね。

歌手は、楽器が自分の体で、育つのに時間がかかります。

声だけを持っていてはだめで、その声を楽器として表現していくと言うのが本来の仕事ですから、個人の経験や人間形成も大きく左右される。

ある意味赤裸になることを要求されますよね。

この「自分」と言う、手に負えないであろう「楽器」を使って、どういう歌い手になりたいのか。芸術家として、音楽家として何を表現したいのか。

別に歌い手には限りません。

自分の楽器を使って、どういう音楽家になりたいのか。

何を表現したいのか。

目的を持つと言うことに於いては、なんだって同じです。

私は、自分が支援する音楽家には、まずこのことを求めます。

「あなたはいったい、どんな音楽家になりたくて、どれくらい稼ぎたくて、何を表現し、伝えていきたいのか」

この問いに、100%応えられる音楽家を、ジャンルを関係なしに支援したいと思っています。

そしてきっと最後に聞くな~。

「それはいつまでに叶えたいのか?」って。

なぜならば、それによって「仕事」を提供したいと思っているからです。

日々の生活費だけが欲しいのならば、違う支援で菜食レストランをやろうと思っているので(笑)、そこで弾くことから(歌うこと)始めれば良いし、本気で音楽家として食っていきたいなら、海外にいる友人を通じて、エージェントを紹介してもらい、あるいは劇場を紹介してもらい、オーディションなり受けてもらう。

そこでキャリアと糧を得たら(学校は紹介しません。レッスンだけの留学も不可)、日本に凱旋して音楽家として売れるようにケアする。

はっきりしているのは、「勉強のため」の支援はしないと言ういことです。

だってそうですよね?

「~家」と名打っているのであれば、そこでまず職業はあるわけです。

だから、その名前がもらえている道具を使って稼ぐのは当たりまえ。

後ね、稼げるようになったらば、謝礼として寄付をいただきます。

当り前です。
助成金はあくまで「助成」するためのもんで、成長したらお世話になったお礼しなくちゃ(笑)。

返還する奨学金と違うのは、寄付する金額がその人次第と言うことですかね。

団体と言うものを立ち上げるのならば、その団体を存続させるために寄付してほしいと言う感じです。

なんだかんだ言いながら、アメリカ人の演出家やイタリア人の指揮者や、フランス人のピアニストや、なんだか私の周り、結構国際的になってきてるんですね~。

日本を視野に入れないのは、基本食えない国だから。

まずは芸術家に対してケアがちゃんとしている国で、だからこそ厳しいレベルを求められて生活できるようになれば、日本でも絶対に困らないと思っているんです。精神的にね。

結構ね、非現実的でもないんですよね。

後は、どこから出資を得るかってだけ。

ま、とりあえずは神様に祈ってみて、扉を開いてもらいます。

急いては事をし損じるってね~(^0^)

さて、ご興味のある方は是非お声をかけてくださいませ。

志が集まると、案外叶うもんなんです!
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by kuniko_maekawa | 2012-08-17 13:41 | 心のつぶやき | Comments(0)

共存するいうこと

紆余曲折の今年、夏に入った辺りから段々目が覚めて来た感じがあります。

年明けから異常に忙しく、内容もかなりきつく、精神的にも肉体的にも疲弊して終わった春先から4か月。

え~!!まだ4カ月なんだと思いますが、永遠に思えるくらい、実はしんどかった。

段々に落ち着いてきました。

まだまだこの先の身の振り方は決まっていませんが、神様に愛され支えられていると言うことを、嫌と言うほど分からせていただいて今に至る。

ま、また宗教くさいと思う方もいらっしゃるでしょうから、そこは自分の心に秘めてウフウフ喜ぶとして、最近頭に浮かんでくるヴィジョンが、かなり具体的に感じます。

これまた言葉にすると「非現実」とおっしゃる方も多いかなと思いつつ、ちょっとだけ。

大きなテーマは「共存する」といういこと。

う~ん、このあたりで「大丈夫~?」とか言って、頭をなでられそうですが、大丈夫です(笑)。

一国を建国するつもりとかではありませんから。(^^)

どちらかと言うと、ヴィジョンの共存ですかね~。

私には現実的に叶えたいことがチラホラあるんです。

一つは女性を支援すると言うこと。

詳しい話になるとジェンダーがどうとかってことになってきますが、そこは私も勉強不足で・・・。

ただ、ここ2年くらいでふと気が付くと、私の周りにいわゆるDV被害者が多いことに気付きました。

以前記事にしたように、私自身も父からのモラハラの中で育ってきましたから、いつの間にか引き寄せてんのかな~なんて思ってましたけど、時代もあって私くらいの年齢の家庭では、むしろ多かったのかもしれないと思います。

それと並行して、障害者を抱える母親と出会いました。

今までも、「障害児の友人のお母さん」と会った事はあったけど、「お母さん」と「友人」になったことは無かった。

話には聞いていても、非現実的でしたね。

ところが、自らも障害を抱えている障害児のお母さんと知り合いになったおかげで、その世界への扉が一気に開いた。

それともう一つ、先のDV家庭に育ったことに関係して、動物愛護の扉が開かれました。

内容は「犠牲ということについて」という記事であげていますので、そこはスルーして、ここでも私に何が出来るかを考える出来事が起こったんですね。

さて、この三つの事については、ちょっとネガティブに感じる言葉がキーワードになっているのでありますが(これはまた別の機会に)、今、私の中ではこの三つの出来事がひどく具体的に繋がっているのです。

そこにもう一つ、エッセンスとしてあるのが「芸術」。

私が神様から頂いた「天職」(と信じているもの?)。

3月までの疲弊が緩和されて、ふと向き合った場所は舞台袖。

比喩でも何でもなく、本当に舞台袖です。

このことを「嬉しかった」と認識した日から、もう迷いはなく、私はずっと舞台の仕事をしていくだろうと確信しています。

その中に、閉ざしていた「育てる」ということも含まれています。

こんなこと、もう無理かも~と思っていた4カ月はなんとか終わってくれて、これからは本当の意味で「育てる」ということをやろうと思っています。

一見繋がりそうな、でも、繋がらないかもしれないこの3つとエッセンスを現実化していくのが、ライフワークとなりそう(^^;)

ま、すっごく単純に考えているのは、痛まっている人たちには、実は一番必要なのは、「そのことを忘れる時間」なんじゃないかなと思うので、「何も考えない場」を創ろうと思っています。

そして、DV被害者などは正にそうですが、「存在価値を得ること」。

これね~、ほんっと私も親父のおかげで経験済みですが、存在を否定されて長いこといると、そのことが当たり前になっちゃうんですよ。

「お前は駄目だ」とか「あほだ」とか、言われ続けて殴られ続けていると、なんかインプットされちゃうんですよ。
駄目だから殴られてるとかって。くそ親父~!!!(--#)

親父ならともかく、これが旦那とか上司とかだと、実はもっと最悪なんじゃないかな。

事実、私の知っているある女性も、すごく頭も良いし、結婚する前は特殊な仕事をやっていたにも関わらず、常に「いや~、出来ないと思う」が口癖です。

この方は、結婚して20年、ずっと旦那に無視され続けているのです。

人間には、「誰かの役に立っている」という自意識がとても必要です。

もしかして「愛されている」という事よりも必要なことかもしれません。

役に立たない自分をどれだけ責めるか。

ってことで、自分の力をもっと再認識できるような場が出来たらと思います。

単純なことですが、難しいことでもあります。

大きな問題は、障害児の母であれ、DV被害者であれ、一人で外出することが可能かどうかということです。

それが出来ない場合の手も考えなければいけません。

子供と一緒にいても忘れられるのか、どこまでDVで精神的に支配されているのか。

踏み込む先が「家庭」という、ドア一枚隔てた「王国」には色んなセオリーや規則が潜んでいます。

動物保護の問題も同じことです。

鳴いているのが悲痛な声でも、虐待か鳴き癖があるのかわからない。

ドアの向こうから「NO」と言われてしまえば、それ以上踏み込むことは出来ない。

だからこそ、その先をお任せするのは神様です。
(あ~、また宗教くさい?^^;)

私は現実に出来ることだけをやる。

コンサートが出来るサロンを開設し、音楽家支援を行う。そこで女性たちが喫茶やパンや雑貨や、出来るものを売り利益を得る。併設して動物シェルターを作り、動物の一時預かりや里親探しをする。

何よりもやりたいことは、音楽家にしろ、女性たちにしろ、その場を設置する私にしろ、利益を得ることです。

これは音楽家支援の非常に大きな理由です。

日本は芸術で食えない国。

寄付をもらおうと思えば、「古臭い」とかどこかの市長に言われて国が守るべき芸術がないがしろにされる。

もちろん、寄付だけで賄おうとする甘い風潮もあるかもしれませんが、必要なのは音楽家たち自身の決意。

「絶対にこれで食ってやる!」と言う決意です。

食えるくらいの腕前を自分が持っていると自負できることが、才能をもっと伸ばします。
野球選手と同じ。打ってなんぼ。守ってなんぼ。

どれだけ客を感動させるかで、金を稼いでもらいたい。
もちろん、そのためには世界レベルの演奏が必要ですけどね。

と言うわけで、コンサートの収益金、販売するものの利益(動物シェルターにはペット用品の販売もつける)。

私が支援しようとしているこの三つに属している女性たち、音楽家たちは、「食えない」から抜け出せないジレンマも抱えていると思っています。

「自信」は「自立」からです。

私自身も、今それを先ず目標として、もう一度立て直しを図ろうとしています。

後は祈るだけ。

そして一生懸命やるだけ。

この「場」。

まだ名前はつけていませんが、絶対に叶うと信じて、今日も一生懸命やります!

共感する方いらっしゃいましたらご連絡くださいませ~!

まずは名前を付けるところからかな~(笑)


もうすぐお昼ですね~(^^)
今日の健康も感謝して!

後半日、頑張りましょう!
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by kuniko_maekawa | 2012-08-14 11:44 | 心のつぶやき | Comments(0)

行きつく先の先

エキサイトブログは、毎日ブログアクセスしてくださる方々の記事別ランキングを観ることが出来ます。

人数は目安ですけど、来訪してくださる方が私のどんな記事を読んでいるかを知るのは、ちょっと面白い。

上がってくる記事は、それこそ思いもしなかったものが上位ランキングを占めていたりして笑えます。

今、その記事別ランキングを観ていたら、すご~く前の記事がランキングに上がってました。

題して「行きつく先

私には一人戦友と呼べる歌手がいて、その人がイタリア留学する前に語り合った事を書いてますが、すごいのは、その時42歳だった私が持っている夢を、5年越しで叶えるつもりで、「行きつく先」を47歳と記していること。

え~っとね、とっくに越えてます(笑)。

そして、その時思っていたであろう、「夢」と言うものは、やはり叶えられておらず、42歳から49歳の現在に至る間に、洗礼を受けクリスチャンになり、大学の非常勤講師と言うフィールドを与えられ、挫折し、またぷー太郎に戻ると言うことをやったのみ。

この時考えていたことは、とっくの昔に「夢」でもなんでも無くなっていました。

内容も、文章を読んで思い出したくらい。
「あ~、そう言えばそんなこと考えていたっけな~」(笑)

でも、この時の私が常に掲げていた「夢」や「大義名分」と言ったものは、その時の私の看板みたいなものでした。

「何か目標を持っている」「夢に向かって走っている」、このことをずっと言い続けていないと、自分でも何をしているのか分からなくなる感じだったのですね。

その時考えていた事を、本当に5年で実現出来たら素晴らしいことが起こっていただろうな~(笑)、今はなんだかその時の自分がほほえましい感じさえする。

記事で語っている友人も、紆余曲折してやはりオペラ歌手として舞台を踏んでいますが、世界ではありません。

私は、大きな人生の節目を経験して、今は本当の意味での「行きつく先」を目指して、歩み始めており、来年には50歳になります。

ブログも随分長く続けて来たのだな~、なんかすごくメモリアルな気分になった。

42歳の自分は47歳の事さえ、想像できてなかった。
それを今、予定の年齢より2年も生き過ぎた私がすべて経験して生きている。

ちょっとパラドックスですね(@@)
タイムマシーンに乗ったみたいだ。

47歳の自分は、そこそこ何を考えていたか覚えているから、その記事を読んでもあんまりびっくりしないけど、40代の前半って、まだまだ自分の人生がなんとかなるんじゃないかと思ってたんですね。

その後私は洗礼を受け、今は神様の開かれた道をただ歩む自分でいたいと思っています。

神様が本当に私に望まれていること、神様が本当に喜ばれること。

そのことに頭をあげて歩んでいきたいと願っています。

昨日、大きな恵みをいただきました。
私の肩の力が一変に抜けてしまうようなこと。

そして、今朝、久しぶりに左足が痛んで、足が動かなくなった時の事を思い出しながら、先のブログ記事を読んだ次第。

そうだった。
足が動かなくなって、痛みに耐えかねて教会を訪ねたんだっけ。

神様は、今日、もう一度スタートラインに立ってごらんって、おっしゃっているのかもしれません。

私がこれから「行きつく先」のもっと先へ、神様のいらっしゃる場所がある。

その日まで、思いわずらうこと無く、すべてを預けて生き切ることが出来ますように。

そして42歳の自分、ありがとうね。
いや~、めちゃくちゃだったけど、結構頑張ってたよ(^^)!感謝、感謝!

今日のこの日が10年先にまた思い出されて、同じように自分を労わることが出来ますように。

ま、若気の至りで結構こっぱずかしい事もやってましたけどね~(^^=)

今朝は随分涼しかったけど、今はまた30度越え?

でも、少し風が冷たくなってきましたよね。

今日も一日お元気で~!
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by kuniko_maekawa | 2012-08-10 11:10 | 心のつぶやき | Comments(0)

拡散してください!

なんと!今Twitterを読んでたら、全員(全犬?)助かったそうです!
今日書いた記事で、助からないかもしれないなんて書いちゃった自分が恥ずかしいぞ(~_~;)
種としての人間も、捨てたもんじゃ無いんですね。
本当に良かった!




いきなりですが、拡散希望。
ブリーダーが放棄。65匹の中型犬の里親募集です。
なんで放棄なんだ…(~_~;)
命が助かりますように…。

http://s.ameblo.jp/ehimeinuneko/
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by kuniko_maekawa | 2012-08-07 20:52 | 心のつぶやき | Comments(0)

「犠牲」というもの

わ~、せっかく1時間くらいかけて書いた記事を送信する前に消してしまった~!(@@)

も~、かなり真剣に書いたものだったから、モチベーションが上がらない~(;;)

とは言いながら、多分、二度と書けない気がするから、もう一度書いてみます。

スマホで書いてたら下書き保存が出来たのに~!!

いやね、何を書いていたかと言うと、「犠牲」と言うことについてでした。

最近、私のブログでも動物保護のブログを拡散していただきたく、そのための記事を紹介していますが、それが何故かということ。

人間がこの世界の主である限り、人間の欲のためにこう言った犠牲は無くなりません。

トップにおいてある65匹の犬も、すべてが助かるかどうかはわからない。

もちろんそうなれば良いと思っていますが、そこに命を見ている人がどれだけいるでしょうか。

「物」だと感じれば、例え人間であっても、それはお金や快楽に変わっていく。

人身売買も臓器売買も同じです。

知ってますか?

毛皮にされる皮は、生皮をはがします。
つまり生きている動物から皮をはがします。麻酔なんてあるわけないですよね?

フォアグラは無理やり胃にホースで食物を流し込んで、病気にさせて作るものです。

眠らない人のための薬には、何故か生後21日~28日の仔猫の瞼を降りないように縫いつけて実験します。

マウスや猿やウサギや、人間が生き延びるために、自分たちにはあり得ない病気にさせて新薬を試されます。

人間の赤ん坊の瞼を縫いつけたら、虐待で訴えられるだろうに、仔猫は問題ないでしょうか?

飼っている動物を手放したり、殴ったり、感情のままに命を奪う。
ストレス解消のために殺すと言う事件は多々あります。

この時、何故人間は生きている動物じゃないとだめなんでしょうか?

人形をボロボロにするとか、窓ガラスを割るとか、建物を壊すとか、もちろんどれもやって良いわけではないですが、命は無い。血もでない。

なのに、人間は暖かく血を流す動物をいじめます。

恐らくそこに、「犠牲」を強いる優越感があるからかもしれません。

人類のために、俺のために、私のために、「犠牲」になって。

月に行く時、初めてロケットに乗ったのは、チンパンジーと犬と鳥だったかな?

映像を見たことがありますが、チンパンジーは手かせ足かせをはめられ椅子に固定されていました。口にも鉄の轡がはめられ、頭も動かせない状態になっていました。

どれくらいその状態でいたのか分からないけれど、ぐったりしているチンパンジーの横で、人間が笑っていました。さも、これから偉業を成し遂げると言わんばかりに。

このロケットにのった動物たちには餌も水もありませn。
全部固定されて飛ばされました。

恐らく最初のGがかかった時には死んだかもしれません。だったら幸せだったかもと言えますか?
最初から殺すつもりで、しかも断末魔の叫びさえも奪って乗せたんですから。

皮製品や肉を食べないと方、いらっしゃいますよね。

私も最近はそうなってきました。

ただ、本来人間は肉食生物で、自然の連鎖の中で生きているならば、ライオンだってうさぎを食べます。
これは犠牲とは違うと思っています。

だから感謝して必要なエネルギーはとっても良いかもと思います。

先の月に送られた動物たちのために、衛星放送は見ないと言うこともしません。

それこそ「犠牲」を無駄にするからです。
感謝をこめて、必要な知識と楽しみをいただきます。

何故、こんなことを書いているかと言うと、14年間飼っていた犬を「犠牲」にした経験があるからです。

小学校3年生の時に拾ってきた犬でしたが、酷い飼い方をしていました。

子供だったからとか、親が何も言わなかったからとかいう問題ではなく、私の中で、その犬は「所有物」で「命」ではなかった。

高校生になり始めてから、やっとまともな飼い方が出来たような気がしましたが、長い間、彼女を無視していました。

顔を見せたら吠えて尻尾を振るからと、見ないようにしていました。

あんなに愛してくれたのに。

何故そんなことをしたのかと、気づいたのは去年あたりです。

今はウサギをかわいがり、命をかけて愛しているのに、そういうことがちゃんとできるのに、何故、彼女にはできなかったのか。

ひとえに彼女に「犠牲」を求めていたからです。

彼女をいじめてないと、少々暗い家庭だった我が家で、私は生きて行くのが辛かったのではないかと思います。

そう気づいた時に、彼女の無償の愛の深さに愕然とし、そしてその犠牲を強いた自分を悔みました。


これから先、私が神様の国に行った時、私は彼女が私に対して、行う報復を誰も止めないでくれと祈っています。

どんなに酷いことをやっても、どんなに辛い状況にあっても、彼女が気が済むまで私をぼこぼこにしてくれていい。

そして、それが終わったら心から謝って抱きしめて、愛すると誓っています。

何より、生きている今、絶対に幸せでいようと思っている。

そうしないと、彼女が私の与えてくれた無償の愛と犠牲が全部無駄になる。

そう思っています。


人間が生きている限り、私が気づかないうちに、沢山の犠牲を強いています。

しかし、そこに無償の命の代償がある限り、私たちはそのことを認め、そして絶対に無駄にしないように生きるべきなんです。

これ以上、長生きも良い生活もいらない。
原発だっていらない。

もう一度、私たちの足元にどれくらいの生き物、自然の「犠牲」があるのか、本当に理解するべきだと思います。


最近、私の家の近所で良く犬が鳴いています。

鳴き方が結構悲痛で、虐待なのか、ただ夜泣きする犬なのかはわかりませんが胸が痛いです。

子供の虐待も同じですが、部屋の中は本当に無法地帯。

もし、みなさんの中でも、動物への責任放棄や虐待を感じることがあったら、各地域に動物愛護センターがあります。

まず連絡してみてくださいね。

大きな災害で置き去りや、津波の被害にあったのは人間だけではありません。

どんな形でもある「犠牲」というものを、本当に忘れずに生きていかねばなりません。

公益財団法人動物愛護協会
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by kuniko_maekawa | 2012-08-07 12:11 | 心のつぶやき | Comments(0)

暑中見舞い(#^.^#)

あ〜、何時の間にか8月〜(゚o゚;;
ブログが放置状態でした〜!

何だか日々ダラダラとやる気なく(笑)
今年の夏は尚更暑いですよね〜(^_^;)

さて、一昨日は一年振りに仙台へ。

うちの教会が所属しているバプテスト連盟主催で、ゴスペルコンサートを開催し、ステマネ擬きの御奉仕。

仙台はゴスペルが盛んみたいで、フェスティバルなんぞも毎年有るのだそうです。

オペラ団体も大きなところがあるし、ジャズフェスも盛んだそう。

アートな街なんですね~(^^)

コンサートのメインはテキサスから来たゴスペルチーム。

7月の23日くらいに来日して、東北を二箇所回って、昨日の仙台へ。

仙台にある4つの団体混声チームとのジョイントで、盛り上がりました(#^.^#)

久しぶりに舞台袖で公演を見ていましたが、いつものスタッフモードよりは、やはりクリスチャンモード。

主催がクリスチャンの団体で、関るスタッフも、すべて諸教会の牧師や教会員と言う現場を初めて体験しました。

今回は私のフィールドである舞台だったから余計にそう感じたのかもしれませんが、いや~、みなさん、本当にプロ仕様。

制作、ステマネ、音響等々、諸々の部署を全て素人さんがやっています。

各教会で発信するために、色んなことをやっている間に、出来る方や機材が揃っていくのですね。

そういう意味では、巨大コミュニティですから、一国の仲間のような感じがしました。

歌う方も裏方も、目的は「主の栄光を現わすため」ですから(すんませんね、宗教臭くて(笑)私もクリスチャンなので^^;)、私欲もアピールもなく、黙々と働いている潔さがある。

お金も、見栄も何もない一生懸命さがあるのですよね。

面白かったのは、舞台を務めた二つのグループの違い。

日本チームはほぼノン・クリスチャンみたいです。

ですから、ただ自分たちがゴスペルが大好きで、つまり、曲とか、発散するエネルギーとか、自分を解放することに楽しさを覚えている「趣味」の方々が大半。

なので、歌っている姿を見ても、すごく楽しそう。

それはそれで気持ちの良いものですが、対するテキサスのゴスペルチームは、皆クリスチャン。

歌う目的は「賛美」。

彼らのステージには、何と言うか、個人的な趣向がありません。

もちろん、歌うことは好きでしょうが、その目的が自分のストレス解消とかではなく、ただ、「神の御技」を示すためとか、「神の栄光を賛美する」ためとか、祈るためとか、個人的な感情であっても、見つめているものがはっきり揺らがないと言う強さがある。

英語が全部わかるわけではありませんし、このチームも、すごく上手と言うわけではありませんが、やはり心を打つ「言葉」が聴こえました。

最近、思うのだけど、音楽も、絵も、デザインや文章でさえも、そこに表現者の「言葉」を感じると、私は心を打たれると言うことに気付きました。

文章には言葉があるのに、とお思いでしょう?

でも、それが心の言葉かどうかは別なんです。

そして、その「言葉」が聴こえた時は、きっと発信している人がただの素材になっている瞬間なんじゃないかなと思うのです。

私は常に、この「素材」と言う言葉にあこがれていますから、この時も羨ましかった。
英語が喋れれば、もっと色々聴きたかったけど(笑)・・・・

同じ信仰に強められている人たちが、同じ目的でいつの間にかチームになって一つの公演を成功させると言う体験が出来たことは、大きな心の糧となりました。

いつもいつも、神様の「素材」として表現すると言う仕事が出来たらどんなに幸せだろうな~。



昨日は午前中に帰ってきて、しっかりと休み、今日は朝から教会事務のお仕事。

8月になりましたね。

最近、月が変わると、次の月へのステップが始まったと感じるようになりました。

ので、もう秋への入り口が見えています。

早く1年が終わって、お正月には、少しくらいほっとしていたいな・・・・。

とはいえ、毎日30度越えの猛暑。

熱中症にはお気をつけて!
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by kuniko_maekawa | 2012-08-01 19:27 | 心のつぶやき | Comments(0)