トレーナーの役割ということ

三月に入ってから、トレーナー作業がちらほら。

昨日もヴィオラを弾く方と二時間ほど、作品について色々と語ってきました。

ここ5年ほど、とある大学に勤務していた間は、なんとなく個人的なトレーナーのレッスンは途切れていたので、インフォメーションもちゃんとやってなかったことを思い出し、久しぶりにFBを通じて、幾人かの方にインフォメーションを入れさせていただいたところ、わざわざお返事いただいたりして、嬉しかったです(^^)

そのお返事ですが、これが案外同じような内容なのに気付いた次第。

そう言えば、トレーナーを初めて色々とインフォしていた時も、大抵同じ内容のお返事だったことを思いだしました。

それはですね、「必要な時に助けてもらえる場所があるって心強いですよね」という内容。

あるいは「必要な時、是非伺いたいと思います」

あるいは「私も必要な時るかしれません」等々・・・・

つまり、「必要な時」というのが大前提であると言うことです。

以前、こういうお返事をいただいた時は、「今は必要ない」ということのみ解釈していたようなところがありますが、今回は、俄然理解度が増した。

何について?
私のトレーナーという職業についてです。

ひょっとして、私は大きな勘違いをしていたかもしれないと最近思うのは、トレーナー作業というのは、教えることではないと言うことの再認識をしたからです。

それが「必要な時」という言葉に集約されてくる。

上手く言えませんが、以前は私のレッスンは継続してやることに意味があると思っていました。

役を創ると言う事は色んなプロセスが必要であり、それは短い時間では成し得ないことで、やはり1年か2年をかけて、クライアントさんのメンタリティも含めてケアしていく時間がかかると思っていました。

一日や二日という短い期間のものは、むしろスポット的で、短時間で必要なことだけやると言うイレギュラーなものだと思っていたのですが、このところ、考え方を変えています。

元々トレーナーというのは、トレーニングしていく人なわけですから、クライアント自身が手にあまる問題が起きた時、あるいは手を借りたい時に存在し、その内容に応じて期間を変容させていく事が仕事だと思います。

長期間を定期的にトレーニングしていくことは必要だと思いますが、やはりそこにはクライアントの望む目的が必要だと思います。

以前は4,5人くらいのクライアントさんと、1年をかけて一本を仕上げるようなこともやりました。

集大成として、年間一回構成舞台を演出してお客様の前で表現することもやりました。

で、本当はそこから新たに次のステップに踏み出し、せめて3年は継続してトレーニングしてみたかったのですが、残念ながらそこまで長くレッスンが続けられたことはありませんでした。

今思うは、私との作業は1年くらいがちょうど良い期間のプロセスなんじゃないかと言うこと。

二年目、三年目と言うのは、次のステップに進んでから行うべきプロセスだと思うのです。

つまり、最初に私と創った事で、あるイズムがその方の中に育ち、それをベースに色んな経験を踏む。そして次のステップに行くために必要となって、初めて、あらたな段階のトレーニングが必要なのではないかと・・・。

私はその間、待つしかありません。

クライアント主体と言うのは、そういうことですよね。

そして、その方が次のステップを「必要」だと感じるのは、その方がどういう環境で経験を踏んでいるかにかかると思います。

当然、期間もまちまち。

もしかしたら、先に進む必要が無くなる可能性もある。

一足飛びに海外に行ってしまって、日本でトレーニングする必要が無くなることだってあるでしょう。

日本では、ステップを上がる経験が踏めない可能性も大いにあります。

トレーナー作業は、レッスンではありません。

内容を語る言葉が無いので、レッスンと使っていますが、教えることは何一つとしてありません。

私は、クライアントさんが欲しい情報を、経験や勉強したことから言葉にして伝えていきます。

そこからクライアントさんが、何を探し当てていくかを、常に推理しながら方向を見定めていきます。

ですから、教えることではありません。

「提供する」と言う言葉が一番近いです。

こういった作業にお金を払うかどうかは、相手が欲しいものの価値にあるでしょうね。

私には正直、その価値と言うのは計りしれませんが、それでも時として声をかけてくださる方がいる限りは、そのお金を無駄にしないように、「提供」していこうと思っています。

そして、1時間か2時間の間に、相手の不安や迷いがなんとなくすっきりしてくる時、「必要な時」に居られた自分を神様に感謝するばかりです。(^^)

ご興味がおありの方は、是非、「必要な時」お声かけくださいませ。

その時を決めるのは、私ではありません。

まあ・・・神様だったりするんだけどさ~(笑)

昨日、今日とぼんやりとした天気で、蒸し暑いですね~(@@)

家は毛のある動物が二匹になりましたから、なんだか室温が高く感じる(笑)

春が終わると、みんなが苦手な夏が来ます。

1年はあっという間ですね~!

今日も良き一日でありますように!
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by kuniko_maekawa | 2013-03-29 15:04 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)

「マタイ受難曲」と向き合うの巻き

今日はまた暖かいを通り越して、少々暑いような陽気ですね~(@@)

胃炎を起こして敢え無くプー太郎に戻ってから一週間。

ようやく胃痛も収まり、また新たな仕事探しにいそしむ毎日。

え~、結局新しい派遣の仕事は就業時間が変わってしまい、私の予定に合わず。

あんなに日曜日、意気揚々と教会のみんなに報告してたのにさ~(^^;)

まあ、神様がまた何かお仕事を用意されているのでしょう。焦らず探します。

とはいえ、ただ今はその神様からお仕事を頂いて、「マタイ受難曲」の39番をヴィオラの方とトレーナーレッスンをしています。

元々はオペラ歌手の方を対象にやろうと思っていたトレーナー作業でしたが、ここに至って、分野以外の方から声をかけていただくことの方が割合としては多くなってきたかも。

もちろん、回数あるわけでは無いので、比較にはなりませんけど、これはこれで面白いことが経験できています。

さて、何故に「マタイ」かというと、今教会暦では「キリストの受難週」なるものに入っています。

イエス・キリストが捕らえられ、ゴルゴダの丘で十字架刑に処せられ私達の罪を贖ってくださったことを祈る週でありますが、「マタイ受難曲」と言うのは、調度その間のことを聖書に伴ってバッハが作曲したものです。

作曲の経緯は長くなるのでここではパス(笑)。
しかし、毎年受難週になると、教会のあらゆる賛美でマタイが演奏される機会に恵まれます。

私の所属する教会には、聖歌隊とオーケストラが小編成ながらありまして、24日の礼拝がパームサンデーと呼ばれる受難日礼拝で、その時イエス様の受難を聖歌隊とオケで綴る音楽礼拝が行われます。

私も一昨年前は聖歌隊の指揮をしましたから、この音楽礼拝に参加して、改めて主イエスの受難を心に刻んだ思い出があります。

このオケの責任者が今回のクライアントさん。

そして若きバイオリニストのKさんとM君が参加して39番を演奏します。

本来ならば「マタイ受難曲」を一曲演奏したい所ですが、今回は賛美歌や聖句を混ぜて20分ほどの礼拝にしますので、その中の一曲として39番があります。

御存知の方も居るかもしれませんが、この39番はペテロと言う12使徒の一人が、最期の晩餐の時にイエス・キリストが「みな私から離れる」と予言したことに対して「絶対に私は離れません」と反論し、イエス様が「お前は鶏が鳴く前に私のことを知らないと三度言うであろう」と言う予言が成就した後の激しい嘆きの歌です。

有名な箇所なので、御存知の方もいらっしゃるかも。

本来はアルトソロで歌われる、ゆっくりとした切ない音楽です。

・・・・・・が、これが楽譜を見てみると、決してそうでない気付きがありました。

問題は歌詞。

これにはドイツ語の歌詞が付いており、概要はこんな感じ。

Erbarne dich, mein Gott
哀れんでください 私の主よ

um meiner Za"hren willen
私の涙の故に

Schaue hier, Herz und Auge weint vor dir bitterdich
私をご覧下さい 心も目もあなたの御前に激しく泣いています

この歌詞だけ読んで、バッハの「嘆きの音形(半音階で下っていくメロディーです。ロ短調ミサなど有名)」を聴いていると、ペテロの涙が悲劇に思えてくる。

でもですね、これは多分日本人的な涙と言う物に対するイメージの問題で、やはりここはヨーロッパ人(笑)。これはペテロが怒りを伴って嘆いている激しい歌詞では無いかと私は思っています。

因みに私の解釈は、まず辞書。

そこで拾えるあらゆる意味を拾って、そこから時代性、状況、作曲家がその曲を作曲した時の状態などを鑑みて、これかな~と言う言葉を探っていきます。

まず最初の「Erbarne」と言う言葉。

これは「哀れむ」と言う意味ですが、辞書的には「同情の気持ちを起こさせる」「気の毒に思う」などの意味がありました。

そうすると、主に向かって「私を気の毒に思ってください」とはっきり言っているペテロが思い浮かんできました。

そしてそれは「meiner Za"ren(ウムラートが表示できませ~ん^^;)willen」→「私の涙のために」 私を気の毒に思って欲しいと続きます。

つまり、泣いている自分を主が見ていることが前提で、ここからは私の解釈ですが、全知全能の神が自分の状態を知らないわけがないと考えました。

今泣いている自分も、理由も主が御存知でないわけがない。

つまり、イエス様を裏切る自分の行為は神様の大きな力で成されたことで、群集に捉えられたイエス様の仲間だと詰め寄られ、「知らない」と三度言って、その直後に鶏が鳴いたとき(夜明けを知らせるためです)、これが神様の御計画であったことを、ペテロは気付いた上での言葉であると思うわけです。

そして、その大きな力で御計画が進められた時、自分はこんなに苦しまなければならない事を、神様に向かって訴えている。

「Schauen」と言う単語は「意図的に目を向ける」と言う意味があります。

「Sehen」と言う、ただ「見る」と言う言葉ではなく、「Scauen」を使ったことにも大きな意味がありますよね。

主に向かってペテロが「私を見ろ!」と訴えている。

その言葉は最期の「bitterdich」、「激怒している」と言う言葉に繋がります。

激怒している。

どうしても逆らえなかった大きな力に向かって、ペテロが激怒して「私を見ろ!あなたの御計画の中に無力である私を見ろ!」と叫んでいるような絵が浮かんでくるのです。

このことを考えながらこの曲を聴くと、とても叙情的な嘆きには感じない。

事実、余りない音楽表記の中の「f」と言うダイナミックスだけははっきりと書かれています。

特筆なのは、バッハの対位法と言う物が初めて楽曲の時計軸や空間を創っている瞬間を感じています。聴いている方に、勝手に一つ一つのパーツに役割を感じることが出来る。あくまで「勝手に」ですが(笑)

今回は歌は入れずに、ヴァイオリン二つとオルガンがオケの部分を、ヴィオラが歌のパーツを弾きますが、言葉の意味を説明して、実際に音を合わせてみると、ちゃんとペテロの激しい嘆きが聴こえてきます。いや、素晴らしい。

そして、この対位法と言う、一つの和音を一辺に違うパターンで弾くという奏法によって、客観性というのもがちゃんと生まれていて、そこにこの福音書を書いた「マタイ」と言う使徒のもう一つの目を感じる。

エヴァンゲリスト(福音家)が存在していることを常に感じることが出来るというわけです。

「福音」と言うのは「良い知らせ」と言う意味です。

これはマタイと言う12使徒のうちの一人が、自分が見てきたことを書いたもの。

それをまたバッハが伝えるために音楽をつけ、福音の連鎖が生まれています。

そういう意味では、福音があり、聖書が書かれ、曲が書かれ、演奏され、聴衆の耳に福音が伝わるという、何重にも重なった客観性が感じられる。

演奏した場所も時代も今とは違う、なのに、伝わる福音は変わることがない客観性。いやいや、これぞ神の業でなくて、なんであろうか・・・(@@)

だって、今またこれに参加する4人の人たちと私で、新たな福音が語られているわけです。
それを考えると、私たちに神様が少なからず与えてくださっている「才能」というものの使い道は、「福音を伝えること」に終始すると思える。

私は、こうやって頂いた賜物を、神様のためにずっと使っていただきたい。

別に数ある「福音書」を解き明かすことだけが「福音を伝える」と言う事では無いと思います。

私という人間を使って、御言葉やイエス様のことや、それ以外の言葉であっても、何かが成し遂げられた時、それは神様の御計画が成就することになり、福音となると、心から思っています。

私の与えられた目と耳と心。

これをもっともっと沢山使っていただきたいと心から願っています。

さて、今日はこれからまた仕事探し。

でも、きっと神様が本当に私にやらせたいと思われる仕事が待っていると、思います。
楽しみですね~(^^)

以前はレッスンをすることが自分のステイタスでした。
自分を望んでいる人がいると言うことは、自分の功績だと思ってた。

でも、今は神様が私を使われることの方が大切なので、誰が私を望まれるか、お金が稼げるか、どこの場所なのか等々、まったく関係ありません。

ただ、「行け」と言われるところに言って、楽譜を読み、その時のクライアントさんと一緒にステップを上がる。う~!なんて楽しいんだろう~!(><=)

ってことで、その方とのレッスンはまだまだ続きます。
慣れないオケ譜にちょっと必死ですが、これを踏まえてまた神様が私をどこかでお使いになるでしょうから、そのことを楽しみに。

段々気温差が激しくなってきましたね~。

今日も一日頑張りましょう!
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by kuniko_maekawa | 2013-03-19 12:50 | トレーナーのつぶやき | Comments(0)

心機一転!

いやはや、神様の御計画はまたまた面白いことになっています。

って言うか、何度「整えられる」と言うことを体験しても、やっぱりびっくりして感謝するって言うことの繰り返しですが、またも事件ですよ!姉さん!(だから、わかる人はお友達~^^)

先日ブログを更新してから、うたとの生活も派遣の仕事も淡々とこなしていたと思っていたらば、火曜日に胃痛で起きれず、なんと、神経性胃炎再発。会えなく派遣仕事を退職と相成りました。

まあさ、うたこを飼い始めたのは仕事を始めてからのことで、それは予測してなかったことなので、仕事の勤務地や時間帯等、結構稼ぐためにきつめだったのですね。

それでうたことの新しい生活形態を入れたらば、そりゃ壊れます(笑)。

と言う事で、今日これから退職手続きに行きますが、胃はおかげさまで何とか痛くなくなりました。

さて、神様が凄いのはこれから先の話で、まず、昨日今の派遣会社に退職の旨を伝えてこれから職探しと思っていたらば、電話の後にお願いしていた別の派遣会社から仕事の電話。

時給は200円ほど安いですが、うちから電車で15分と交通費が支給され、尚且つ9-17と言うことで、うたこと散歩してもなっつと遊んでも睡眠時間を削られることはなし。

土曜日含め週4日からと言うことで、平日に休みを取れる。そうなると稽古やレッスンを入れやすい。

と、そこまでは取り合えず良いかなという感じで、仕事をする意志を伝えました。

そして、電話を切った後、何気に電話機の上のボードを見たらば、そこにいわゆる区報が貼ってあり、なんだっけと思ったらば・・・・思い出した!手話講座だ!

実は、私は鈴木絵麻さんと言う素敵な手話歌手の方と知り合ってから、手話を習おうとずっと思っていました。生活を整えるのに必死で、忘れていましたが、先日区報に無料の手話講座の記事があって、受けたいな~と思って取ってあったのです。

ただ、平日の昼間と夜だったので、今の勤務形態だと無理かな~と諦めかかっていました。

うたこはおしっこはケージのトイレでしてくれますが、ウンチはどうやら外と決めているらしい。

どうしようも無ければやるでしょうが、出来れば彼女の生理的な部分は変えないで居てあげたい。

それに体力的にも、仕事の後の散歩は速いほうが嬉しい。

なので、手話講座に夜行くとして、その前にうたこの散歩には行きたく、仕事を毎回休むか早退するのもね、と思ってやはり諦めかかっていました。

でもですね、もし今お願いしている仕事が決まったら、平日一日休みが取れるので、私、手話講座にいけます。

あら~、ここにもしかして神様の御計画あり?

だったら相当楽しいなあ~(^^)と思った次第。

時給が安いので、かなり生活は厳しいですが、手話が出来るようになったら私の世界は広がる。確実に。

私がいつも神様のこういう「整え」を面白いと思うのは、「あれ~?手話講座行ける~?」と思った瞬間から、全てのパズルのピースがはまるから。

そしてそれを遡ると、必ずこの方向に行く道が見えてくるからなんですね。

あ~!あそこから繋がってたか~!みたいな(笑)。

難しいのは、これに気付いた瞬間、全てを神様にお任せして自分からは何もシナイってこと。

嬉しくなっちゃって、自分でシナリオを書き出したら、あっという間にうまく行かなくなります。

そのことだけはなんとか学んできたので、最近の私は先走りが大分なくなりました。

今回も、手話講座が御心ならば必ず叶います。うたこを連れて来た時の様に。

さて、現職の派遣会社にもお世話になりました。

うたこを連れてこなければ、仕事は続けていたと思います。

感謝して、退職手続きに行ってきま~す!

今日は少し寒いですね。

季節の変わり目は体調も変化します。
御身体御自愛くださいませ~(^^)
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by kuniko_maekawa | 2013-03-14 11:38 | 心のつぶやき | Comments(2)

3月になりました~(@@)

うわ~、ちょっと目を離した隙に、一月経ってる・・・・(^^;)

これにはちょっとびっくりしました。

って言うか、本当にこの一月は全くPCを開く時間さえなかった感じです。

何をやっていたかと言うと・・・相変わらず派遣社員をやって9~18までびっちり働き、疲れて帰ったらただ寝るだけ・・・・

それに加えて・・・実は二週間前、新しい家族が加わりました。

こいつです!
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「前川うたこ」
柴犬女子、推定7~10歳。

実は二週間前の日曜日、あることを考えていて、東京都の動物愛護センターのHPを見ていました。

もちろん、犬を引き取るなんて考えていたわけではなく、殺処分機械のボタンを押す職員さんが、かなり精神的に傷ついて大変だという話を聞き、職員さんたちに何か出来ないだろうかと考えていて、住所を調べるためにHPは開いたのです。

殺処分のことがあるので、写真を見るのは辛かったのですが、ページをめくってそこに飼い主を探すためのページがあり、うたこの写真がありました。

うたこは、皮膚病で身体の内側は足の先まで毛がありません。

その写真を見たときも、かなりひどい状態と言うのは判ったので、これは多分処分だなと思ったんですね。

悲惨なことですが、この犬を引き取ってうちでケアすることは出来ないと思っていたのです。

ただ、写真を観ているうちに、こんなにボロボロになって、尚且つ死ぬ時まで苦しんで死ぬことないんじゃないかなって、思い始めました。

殺処分は二酸化炭素ガスでの毒殺です。
アウシュビッツと同じ。

15分~20分、苦しんで死んでいきます。

そんな最後で良いのかと思いました。

だったら、少々不自由であっても、私となっつと一緒にちゃんと年をとって寿命を全うさせてあげても良いんじゃないかなって。

そして、月曜日センターに電話をし、車の手配をし、うたこはうちにやってきました。

なんかね~、大それたことやっちゃったな~と思ったんですよね~。

でも、二週間経って、毛が段々生えてきて、ダッシュで散歩するうたこと一緒に暮らしていると、なんだか良かったのかもしれないって思うようになりました。

「思うようになった」と言うのは、私自身、これが美談でもなんでも無い事を良く知っているからです。

うたこと生活していて、いつも思うのは、「うたこには最悪の結果があった」と言う事。

つまり、殺処分が免れなかったということです。

この大前提があることで、私はかなり力が抜けています。

例えば、うちは1Kの部屋で、うたこはキッチンスペースにケージで仕切った中に居ますが、昼間は出かけているので、一日中そこにいます。

例えば、夕食は手作りしますが、私はそんなに器用でも裕福でもないので、同じ野菜と肉を続けて食べたりしています。(基本、私の食事がそんな感じなので)

例えば、病院代もかなりかかるので、半日ドックに連れて行くのも、給料日まで待ってもらいます(緊急性がないので)。

こういった、小さいことだけど、もう少し改善できるんじゃない?とか医者なんだから、早く連れて行かないと、みたいなことも、「でも、うちに来なかったら死んでた」と思うと、少し力だ抜けるのです。

どうせ死んでたんだから、これくらい我慢しろと言うことではなく、必死に改善しなくても、私のペースでゆっくりやらせてね、って言えるって感じです。

病院などに行くと、なんでも「早めが良い」とか言われて、予約を取られたりしますが、そのために私の経済的なことが厳しくなると、もっとやばいですよね。ご飯買えなくなる(笑)

だったら悪いけど、ちょっと待ってもらって、お金が入ったら検査する。
うたこは問題なく、生きてますし、毛も生えてきてる。だったら「今まで大変だったんだから、物凄く可愛がってあげなきゃ」みたいな、変な正義感に煽られないでいたい。

これが、うたこと私となっつの生活を順調に進める大前提です。

おかげで、今は大分ペースが出来てきました。

うたこも慣れてきて、性格もわかってきたし、何より、この犬はかなり頭が良いです。

今、できるのか出来ないのか、待つことが出来る。これは嬉しい誤算でした(^^)

うたこを家族として迎えたことは、きっとこの先の私と動物たちの関係を大きく変えると思います。

愛護センターと言う所がどんなところで、少なくとも、収容された動物たちを、なんとか生かそうとしていることは判りました。

東京都の場合、30団体ほどある保護団体にまず譲渡され、そこから一般の方々に譲渡していただく、あるいは、愛護センターでも譲渡会をやる。

殺処分の対象は、老いているか人間に対して獰猛なものらしいです。

それだって、生きてきたからには理由があると思いますが、その努力は大変なものだと思います。

多摩支所に行きましたが、綺麗なセンターでした。

うたこも皮膚病以外は、綺麗に収容されていたと思います。

この努力を無駄にするのは、やはり捨てたり、持ち込んだりする人間なんですね。

このことも踏まえて、私がこの先、動物たちを保護するとしたら、この殺処分対象の動物を主に選ぼうと思います。

つまり、年老いていたり、人間に慣れなかったりする動物たち。

年老いた動物のことは考えていました。
人間の老人ホームと同じように、最期を看取るために引き取りたいと思っています。

獰猛なものは今はヴィジョンがないけれど、でも、理由を無視したくないです。

そして人間も同じようにそこに居られたら本当に良いですよね。(^^)

取り合えず、今はもう少し、うたことなっつと、派遣社員の生活に慣れて、身体を健康にしないとね~(笑)。

頭ではやりたいことが段々と固まってきているのですが、もう少しこのペースに慣れるのに時間がいるみたい。

さて、これからうたこと散歩に行ってきます!

絶対に老犬じゃないでしょ、あんた!ってくらい走ってくれます。
おかげで二キロ痩せました~(^^;)

暖かい良い週末ですよね。

皆さんも楽しんで!
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by kuniko_maekawa | 2013-03-09 15:17 | Comments(2)