オペラ・レッスンのこと、演出のこと、舞台や絵画や色んなことを書きまくっています。


by kuniko_maekawa
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共存するいうこと

紆余曲折の今年、夏に入った辺りから段々目が覚めて来た感じがあります。

年明けから異常に忙しく、内容もかなりきつく、精神的にも肉体的にも疲弊して終わった春先から4か月。

え~!!まだ4カ月なんだと思いますが、永遠に思えるくらい、実はしんどかった。

段々に落ち着いてきました。

まだまだこの先の身の振り方は決まっていませんが、神様に愛され支えられていると言うことを、嫌と言うほど分からせていただいて今に至る。

ま、また宗教くさいと思う方もいらっしゃるでしょうから、そこは自分の心に秘めてウフウフ喜ぶとして、最近頭に浮かんでくるヴィジョンが、かなり具体的に感じます。

これまた言葉にすると「非現実」とおっしゃる方も多いかなと思いつつ、ちょっとだけ。

大きなテーマは「共存する」といういこと。

う~ん、このあたりで「大丈夫~?」とか言って、頭をなでられそうですが、大丈夫です(笑)。

一国を建国するつもりとかではありませんから。(^^)

どちらかと言うと、ヴィジョンの共存ですかね~。

私には現実的に叶えたいことがチラホラあるんです。

一つは女性を支援すると言うこと。

詳しい話になるとジェンダーがどうとかってことになってきますが、そこは私も勉強不足で・・・。

ただ、ここ2年くらいでふと気が付くと、私の周りにいわゆるDV被害者が多いことに気付きました。

以前記事にしたように、私自身も父からのモラハラの中で育ってきましたから、いつの間にか引き寄せてんのかな~なんて思ってましたけど、時代もあって私くらいの年齢の家庭では、むしろ多かったのかもしれないと思います。

それと並行して、障害者を抱える母親と出会いました。

今までも、「障害児の友人のお母さん」と会った事はあったけど、「お母さん」と「友人」になったことは無かった。

話には聞いていても、非現実的でしたね。

ところが、自らも障害を抱えている障害児のお母さんと知り合いになったおかげで、その世界への扉が一気に開いた。

それともう一つ、先のDV家庭に育ったことに関係して、動物愛護の扉が開かれました。

内容は「犠牲ということについて」という記事であげていますので、そこはスルーして、ここでも私に何が出来るかを考える出来事が起こったんですね。

さて、この三つの事については、ちょっとネガティブに感じる言葉がキーワードになっているのでありますが(これはまた別の機会に)、今、私の中ではこの三つの出来事がひどく具体的に繋がっているのです。

そこにもう一つ、エッセンスとしてあるのが「芸術」。

私が神様から頂いた「天職」(と信じているもの?)。

3月までの疲弊が緩和されて、ふと向き合った場所は舞台袖。

比喩でも何でもなく、本当に舞台袖です。

このことを「嬉しかった」と認識した日から、もう迷いはなく、私はずっと舞台の仕事をしていくだろうと確信しています。

その中に、閉ざしていた「育てる」ということも含まれています。

こんなこと、もう無理かも~と思っていた4カ月はなんとか終わってくれて、これからは本当の意味で「育てる」ということをやろうと思っています。

一見繋がりそうな、でも、繋がらないかもしれないこの3つとエッセンスを現実化していくのが、ライフワークとなりそう(^^;)

ま、すっごく単純に考えているのは、痛まっている人たちには、実は一番必要なのは、「そのことを忘れる時間」なんじゃないかなと思うので、「何も考えない場」を創ろうと思っています。

そして、DV被害者などは正にそうですが、「存在価値を得ること」。

これね~、ほんっと私も親父のおかげで経験済みですが、存在を否定されて長いこといると、そのことが当たり前になっちゃうんですよ。

「お前は駄目だ」とか「あほだ」とか、言われ続けて殴られ続けていると、なんかインプットされちゃうんですよ。
駄目だから殴られてるとかって。くそ親父~!!!(--#)

親父ならともかく、これが旦那とか上司とかだと、実はもっと最悪なんじゃないかな。

事実、私の知っているある女性も、すごく頭も良いし、結婚する前は特殊な仕事をやっていたにも関わらず、常に「いや~、出来ないと思う」が口癖です。

この方は、結婚して20年、ずっと旦那に無視され続けているのです。

人間には、「誰かの役に立っている」という自意識がとても必要です。

もしかして「愛されている」という事よりも必要なことかもしれません。

役に立たない自分をどれだけ責めるか。

ってことで、自分の力をもっと再認識できるような場が出来たらと思います。

単純なことですが、難しいことでもあります。

大きな問題は、障害児の母であれ、DV被害者であれ、一人で外出することが可能かどうかということです。

それが出来ない場合の手も考えなければいけません。

子供と一緒にいても忘れられるのか、どこまでDVで精神的に支配されているのか。

踏み込む先が「家庭」という、ドア一枚隔てた「王国」には色んなセオリーや規則が潜んでいます。

動物保護の問題も同じことです。

鳴いているのが悲痛な声でも、虐待か鳴き癖があるのかわからない。

ドアの向こうから「NO」と言われてしまえば、それ以上踏み込むことは出来ない。

だからこそ、その先をお任せするのは神様です。
(あ~、また宗教くさい?^^;)

私は現実に出来ることだけをやる。

コンサートが出来るサロンを開設し、音楽家支援を行う。そこで女性たちが喫茶やパンや雑貨や、出来るものを売り利益を得る。併設して動物シェルターを作り、動物の一時預かりや里親探しをする。

何よりもやりたいことは、音楽家にしろ、女性たちにしろ、その場を設置する私にしろ、利益を得ることです。

これは音楽家支援の非常に大きな理由です。

日本は芸術で食えない国。

寄付をもらおうと思えば、「古臭い」とかどこかの市長に言われて国が守るべき芸術がないがしろにされる。

もちろん、寄付だけで賄おうとする甘い風潮もあるかもしれませんが、必要なのは音楽家たち自身の決意。

「絶対にこれで食ってやる!」と言う決意です。

食えるくらいの腕前を自分が持っていると自負できることが、才能をもっと伸ばします。
野球選手と同じ。打ってなんぼ。守ってなんぼ。

どれだけ客を感動させるかで、金を稼いでもらいたい。
もちろん、そのためには世界レベルの演奏が必要ですけどね。

と言うわけで、コンサートの収益金、販売するものの利益(動物シェルターにはペット用品の販売もつける)。

私が支援しようとしているこの三つに属している女性たち、音楽家たちは、「食えない」から抜け出せないジレンマも抱えていると思っています。

「自信」は「自立」からです。

私自身も、今それを先ず目標として、もう一度立て直しを図ろうとしています。

後は祈るだけ。

そして一生懸命やるだけ。

この「場」。

まだ名前はつけていませんが、絶対に叶うと信じて、今日も一生懸命やります!

共感する方いらっしゃいましたらご連絡くださいませ~!

まずは名前を付けるところからかな~(笑)


もうすぐお昼ですね~(^^)
今日の健康も感謝して!

後半日、頑張りましょう!
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by kuniko_maekawa | 2012-08-14 11:44 | 心のつぶやき | Comments(0)