L'OPERA PICCOLA公演「結婚手形」

本日は久しぶりに若者のオペラ公演に行きました。L'OPERA PICCOLA(オペラ・ピッコラ)公演の「結婚手形」と言うロッシーニ作曲のオペラファルサです。来年やる「魔笛」に演出助手で入ってくれている山田力君が友人二人と立ち上げたオペラ団体で、なんと、製作スタッフから舞台監督にいたるまで、すべて仲間たちでやっていると言う、ちょっとオペラでは珍しい形態の団体です。通常、こう言う風に団体を立ち上げても、歌い手や指揮者、演出家までは仲間内で揃いますが、舞台スタッフまで揃うと言うことはあまり無いことだと思います。総勢20人あまり。それぞれの役割分担が良く出来ており、きちんとした舞台構成でした。
さて、この団体の主旨はプログラムによりますと、「気軽に足を運んでいただけるオペラ公演を提供する」と言うことだそうです。その、コンセプトの通り、小さな規模でわかりやすい内容。好感を持ちました。
「結婚手形」はロッシーニが19歳で書いた初めてのオペラで、通常オペラ・ファルサと言うジャンルに分類されます。「ファルサ」と言うのは「笑劇、茶番劇」などと訳され、元々は宗教劇の幕間に上演されたらしく、小1時間くらいの喜歌劇です。
ある日、トビーア・ミルと言う貿易商のところにアメリカの資産家ズルックから、書類が届きます。内容は、借金の肩代わりをする代わりに、条件にあった嫁を探してくれと言うもの。もし首尾よく見つけ出された時には巨額の手形を切るというので、トビーアは自分の娘を差し出すことにします。しかし、その娘ファニーには恋人がおり、密かに密会を重ねている。なんとかして二人を助けようと召使達も頑張りますが、トビーアは聞き入れない。そこにアメリカからズルックが到着し・・・・。と言うような話しで、なんとチマローザの「秘密の結婚」、ロッシーニ自身の「絹の階段」とまったく同じ内容。ご存知の方はそちらを思い浮かべてくだされば早いです。
結果的にはズルックと恋人達二人が和解し、ズルックの助けを経て二人は晴れて結ばれるのですが、初めて書かれたオペラにして、この完成度、そして、いい加減度(笑)。いかにもロッシーニと言う感じです。音楽は非常に軽妙で、幼さも感じますが楽しく綺麗です。彼の真骨頂であるフィナーレも音楽のテンションが高く、ここから先の作品を予感させます。しかし、リブレットは案外ご都合主義で(笑)。例えば、ズルックとエドアルドというファニーの恋人は親戚関係らしきことをにおわす台詞があるのですが、それに関しては一切触れられずに大大円を迎えます。しかし、恋人達が思い余って、ズルックを殺そうと脅すところなど、その先には無い、荒唐無稽さもあり、尚且つ稚拙さもあいまって逆に楽しかったりします。ズルックの描き方にもよるでしょうが、二幕になって和解をする時に「どういう方法で私を殺したいのかな?」などと聞いたりする辺り、案外、嫁探しに困窮しているズルックが見えたりして、なんか笑えます。
まあでも、それもこれも、今日の公演を観た上で改めて感じたことです。そう言うことをちゃんと考えられるくらい、今日の公演はきちんと創られていました。演出は、先の山田君で時代を1910年にして、現代に持ってきていますが、基本的にはリブレットと楽譜に忠実で、誠実に舞台を創っていました。結婚手形と言う、特殊な書類をテーマにして楽曲が始まる前に召し使い役の歌い手が大まかなあらすじを芝居しながら話していくことで、それがわかります。小道具の扱い方などもうまく、すべての場面に自然な流れがあって心地よく物語りに集中できました。ただ、時々詰めが甘いと感じるところが何箇所か。丁寧に創ってるだけに、もったいなかったです。
指揮は粂原裕介君。ピアノ二台をピアニスト4人で弾いていました。彼の音楽は丁寧で、舞台とのかかわりをきちんと持った音楽の創り方で良かったと思います。こう言うセッコ(詠唱とか重唱の間をつなぐ台詞の部分に音がついた物)で物語が語られるものは、音楽観として全体を繋げていくにはやはり楽曲を構築することが大切だし、どうセッコから楽曲に繋げていくかにセンスが問われると思うのですが、そこを上手に舞台と歌い手と会話してしたように感じます。ただ、時々丁寧すぎて場面と場面の間がちょっと止まってしまう感じがしたのが残念。きっと、これからもっと彼自身の音楽観が広がっていけば、彼の中のヴィジョンが見えてくるのではないでしょうか。ピアニスト達は良く弾いていましたが、全体的にもう少し積極性があっても良かったような気がします。実際のオーケストラスコアを見ていませんからわかりませんが、せっかく4人居たのですから、オーケストレーションをもっと色々使えたかもしれません。メロディを補足して大きくしているという感じに聴こえました。でも、セッコの音の入れ方や、オーケストレーションを構築して行くのはそれぞれの感覚と遊び心みたいなところもあります。これから、きっと、そう言うところも磨かれていくでしょうね。
歌い手達はよく歌っていました。特筆すべきはトビーアを歌った吉武大地君とズルックを歌った上田誠司君。吉武君は非常に良い声の持ち主で、驚きました。バリトンとしてはテノールのような明るさを持った響きですが、低い音域から高い音域まで、その響きが変わりません。元々チェンジがはっきりしてないのかもしれませんが、基本的にどの音を歌っても綺麗な響きで声が前に飛んできて不安定さが無く、加えてお芝居の感や、動きなども悪くないので、これからきっと伸びていく人だと思います。しかし、惜しむらくは常に声を出しすぎていて、色が変わりません。つまり、息の流れが変わらないので、どの場面を歌っても、顔を見れば表情はわかりますが、歌を聴いてると表情が無いということがままありました。それからイタリア語の扱いがあまりよくありません。子音が立ちすぎていて母音がつぶれる時があるので、何を言っているかわからない。これは、きっとこれからの課題でしょうが、きっとクリアにできるのではないでしょうか。またどこかで聴けると良いと思う歌い手さんです。
上田君は非常に芸達者で、細かい表情や指先や、何から何まで彼特有のセンスがあります。それもちょっと品がある。こう言ったセンスはやはり創られるものではないので、本人の感性が良いのでしょう。出てきた瞬間から場を持って行ってました。特に貴族や金持ちなどをやる時に、日本人にかけている上品さ、慇懃無礼さ、こう言ったスタイルがあるのにはびっくり。ギャグセンスも悪くなく、楽しみました。しかし、彼も惜しむらくは音楽が弱い。声も良い声だと思います。もう少し音楽を自分で創るということが出来るようになると、今の持っている感性とあいまって素晴らしいオペラ歌手になるのではないでしょうか?つまりキャラクターを立てるのをリブレットからではなく、音楽からできるようになるとすごいと思うのですが。今のままでも勝負できる場所はあるでしょうが、もっとレベルを上げるために、まだ使ってないところに早く気づいてそこを使えるようにすることです。アジリタ(早い音形のフレーズです)もよく回ってましたし、声の色も好きですし是非頑張って音楽もセンスもある歌い手になっていただきたい。その可能性を十分に持っている人だと思いました。
それにしても、彼らのほとんどがまだ学生です。これからこの人達がオペラ界にデビューして、新風を巻き起こして行くのはそう遠くないことかもしれません。こう言う公演を観るたびに、今、中堅どころにある私達の役割を、改めて考えさせられます。いずれにしても、この人達が歩く道を繋げていくことが私達の仕事であることは、確かです。少なくとも、追い抜かれないように頑張らないとね・・・(^^;)色んな刺激を受けて楽しめた公演でした。
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by kuniko_maekawa | 2005-07-29 20:59 | 観劇日誌 | Comments(0)