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言の葉のいずるよりも前にきみが好きだった

ドイツ歌曲にはまる

少し前に歌い手の友人と話している時に、ドイツ歌曲の話になりました。その友人はバリトンで、今はイタリアオペラが多いですが、学生の時にずっとドイツ歌曲を勉強していて、なんの話をしていてそうなったか忘れましたが、いつか、ドイツ歌曲に戻って演奏会をライフワークにしたいといっていました。そこで、急に食指が動き、久しぶりにドイツ歌曲を聴いてみようと、さっそく図書館でその時話題になった、シューマンの「詩人の恋」と私が好きだった同じくシューマンの「女の愛と生涯」のCDを借りてきました。

私は大学で声楽を学んでいた時も、先生がイタリアに留学なさっていた方なので、ずっとイタリアものを勉強していました。こう言うのは、習う先生の方向によります。大学に入学したときから、はっきりしたヴィジョンをもって、先生を探すと言うことなんて、あまりないですから、たまたま入った門下によって、勉強するものが変わります。
そう言うわけで、あまりドイツ歌曲を歌ったことはありませんでしたが、聴く機会はもちろんありましたので、やはり楽譜を買い求めたりはしていました。

しかし、この世界に入ってからは、イタリアオペラ一辺倒。これまたお仕事をしていた環境がそうだったこともあり、ドイツオペラを原語でやる機会など、長い年月1,2回くらいでしたでしょうか?こんなわけですから、すっかりドイツものから遠ざかっていました。

久しぶりの、ドイツ歌曲。その友人が何年か前に演奏会でシューベルトを歌ったのを聴きに行って依頼です。しかし、美しい旋律、そして、新鮮です。何かと言いますと、学生の時には感じなかった、言葉の感覚、いわゆる語感と言うものに、それぞれの歌い手の妙を感じます。そして、その元になっている詩のイメージ。これがまた、美しい。っていうより、ひどく肉感的に感じます。

元々歌曲は詩を作曲家が選んで、それに曲を付けるものですから、非常に、作曲家自身の気持ちや環境に近く感じます。オペラにもそれは感じる時がありますが、「詩」と言うもののバックグラウンドが、個人的な感情の吐露であり、その吐露された感情を、「言葉」と言うオブラートに包むと言うような、すごく心の内側に迫るもののようなものですから、歌手とその歌手が選んだ歌曲との関係性みたいなものも、すごくあからさまにされるように思います。

こんなこと、学生の時にはもちろん、わからなかったのですが、今、私の耳が刺激を受けるのが、何を聴いていても、まさに「言葉」のみ。語感と、その時使われている音楽が合致した時に心が震えます。これは、どうやら、歌曲の方が刺激的で、背景がない分、想像力を掻きたてられるみたい。すっかりはまってしまいました。

先の友人に、何曲か紹介してもらって、CDを聴きまくり。シューマン、ベートーベン、ブラームス等々。今度はシュトラウスや、ヴォルグ。近代のものも聴いてみようと思っています。そして、歌曲を聴くのが私によいと感じるのは、歌手を意識するからですね。

普段、私は、オペラを聴く時に、あまり歌手では選びません。やはり指揮者か、映像の場合は、演出家ということがあります。それに、アンサンブルと言う意識が強いですから、一人ひとりの声よりも、なんか、もっと大きな枠で聴いてしまうので、よっぽど嫌な声じゃない限りは、案外選んで買いません。
しかし、歌曲の場合は、そうはいきません。たった一人の歌手の言葉の妙技を楽しみますから、やはり選びたくなりますね。そう言う意味では、もっともっと色んな声を聴こうと思っていましたから、良い機会となりました。

舞台上の可能性としても、広がりを歌曲に感じます。この想像の世界を、立体化させたいなどと、大それたことも考えてしまいます。でも、ちょっと歌曲と、自分と言うテーマを、もう少し発展させて、何か形に出来ないかと思い始めました。
それにしても、ひょんなことから、自分の新しい世界が見えてきました。友人には感謝。神様にも感謝。しばらく、はまり込んでしまいそうです(^^;)
by kuniko_maekawa | 2006-07-17 22:48 | 演出家のつぶやき | Comments(0)

オペラ・レッスンのこと、演出のこと、舞台や絵画や色んなことを書きまくっています。
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