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言の葉のいずるよりも前にきみが好きだった

セッコの扱い方

昨日、今日と新しくお借りしたレッスン室でのレッスンでした。いやいや、快適。場所も家から程よい近さで、目白からも池袋からも歩いていける距離。何よりも、レッスン室が広く、天井もありますから、空間としても程よいのですね。昨日は、歌唱ではなくて台詞を読むレッスンでしたから、空間を感じながらの、台詞を扱うということが出来ました。これはやはり読み手の感覚を変えますので、非常に良い。その先にすすむイメージも持ちやすいです。ああ、神様に感謝!

さて、今日は歌唱レッスンでした。と、言っても、私は発声を見るわけではありません。そこは皆さんちゃんと歌の先生に付いてらっしゃるのですから、問題はありません。私が歌を聴くのは、実際にその歌い手さんの音楽観と、場面が構築されているか、発語の距離感や、イメージとしての音などを聴くためです。ですからアリアといえど、オペラの一場面としてみますから、そう言う意味では、楽譜の内容を細かくつつくことにはなります。それを、今、彼ら、彼女らが持っているテクニックで出来るのかどうか、そう言うことも、見つけていく作業ですね。恐らく、稽古場で、要求されるであろう、歌唱が出来るようになるためだと思っても良いです。

本日はセッコの歌唱を聴きました。12月の試演会に出演する子で、先月くらいから、丁寧に勉強しています。歌唱能力はある子で、研究生を修了した時も、1番だったと思います。感性も悪くなく、自分で考えることも出来ますが、ちょっと声を出した時に消極性を感じます。それは、今日のセッコにも現れていました。

セッコというのは、主に古典のオペラの中にあるもので、重唱やアリアが、その場面の思いを歌うものならば、セッコはそのつなぎにある、台詞のような部分です。ですから、物語が進行していき、キャラクターなどもわかるような台詞が多いです。音は単音で、通奏低音の伴奏しか入りません。ただ、歌い手の言葉のみで、物語を進めていくところ。これが、案外難しいです。

まず、基本的にしゃべる。アリアのような歌い方でセッコを扱うと、言葉がまったくわからなくなり、物語は進行しません。ですから音符も細かいですし、読み方によっては如何様にも解釈の出来る、難しいものです。アリアのように歌わないにしても、きちんとした発声と声でしゃべらなければ、やはりお客には伝わりません。ここが難しいところですね。

今日レッスンをしたSopさんは、言葉の感覚は非常に良いですし、イタリア語も綺麗に入ってきます。しかし、元々感受性の強い彼女は、思い入れが入ると、どんなに楽しい会話をしていても、眉がよってきて、語尾が延びてしまいます。しかも、母音の響きが無くなって、段々に声が消えていく感じ。これは、あまり使えません。
加えて、彼女が今やっている曲は、本来はメゾのものです。ロッシーニの「セビリアの理髪師」のロジーナと言う役。ですから、彼女にとっては音が低い。これは、無理無理やらせているわけでもなく、ロッシーニは、メゾのものでも、パッセージの形を変えれば、十分にコロラトゥーラの技術を持ってSopでも歌えるのですね。それで、彼女がやってみたいということになったのでやっているわけですが、セッコはそのままです。ですから、Sopには低い中音域が一杯出てきます。

まず、ここから呪縛を取っていきました。つまり、低い音に力を入れない。どうしても声が届かないのではないかと言う、不安がありますから、力を入れて言葉をしゃべってしまいます。其れを、響きだけにして後は息でしゃべるという風にしてもらう。それから、低い音でしゃべらなければならないところを、彼女の出しやすい音に変えて、言葉をしゃべってもらう。そうすると、本来扱っている母音の音が聴こえてきます。彼女は、その母音の扱いが、ちょっと奥目です。つまり、あごの辺りでしゃべっている感じ。ここに引いてしまうのですね。

文章だと中々表しづらいのですが、簡単に言うと、一番響くはずの母音を口の奥で作る癖があるということです。感情が入ると余計そうです。それと、3度や4度くらいの音の跳躍を、低いところから始めるために、8度くらいに感じる癖もあるみたい。例えば、五線の中にあるファの音からドの音に上がるのに、大した高さじゃないのに、すごく構えて力が入る。それで、言葉が奥に飲み込まれるということです。

こういったことは、感性があればあるほど起こります。何かを表現しなくてはいけないと思うのですね。そこで、まず単純に自分の良い響きに当ててもらい、あとは出ない音は捨てて、出る音は母音を前に扱うということに終始してもらいました。すると、ちゃんと言葉が聴こえてきて、明るいSopらしい音が出てきます。

セッコであろうと、アリアであろうと、声が必要なのは同じです。しかし、息の分量と、力の入れ具合は、すべて同じとはいえません。それから、案外皆さん、響きと言うものに集中しないのだということに最近気づきました。恐らく、「歌う」ということに捕らわれすぎていて、それがただの響きと息なんだ、と言う単純な図式にはいたらないのでしょうね。一生懸命、何かをやらねば良い声は出ない言わんばかりです。

私は単純に響きと息があれば、恐らくもっと体を開放できて、発語が可能になると思っています。その単純なことが、皆さん難しいのですよね。

それにしても、このレッスン室でのレッスンは本当にメリットがあります。こんなにも色んな方向でクライアントさんを観ることが出来る。これから、私自身も、もう一ランク上がらなければと、心から思います。頑張ります!(^^)
Commented by sop-hitomi at 2006-08-09 00:34
どのくらいの広さのレッスン室ですか?興味津々。
私も物件さがししなくちゃいけないので、参考までに。
やっぱり広いレッスン室の方が声の伸びが分かりますよね。
Commented by うさぎ屋店主 at 2006-08-09 14:10 x
そうですね、単純に横幅が3間半くらい(すみません、スタッフ仕様で、一間180センチ四方の正方形です)縦2間半くらいの細長い空間です。天井もわりと高さがあるので、響きが抑えられるということはありません。持ち主さん曰く、防音をちゃんとしたかったのですが、普通の土建屋がやったので、少し甘く、建物自体が響くので、フルートには響きすぎると思われているみたいです。それで、ソファーを置いたり、カーテンを引いたりしていらっしゃるのですが、歌にはさほど支障がない様に思いました。娘さんがバレーをやってらっしゃったので、鏡やバーまである。驚きです(笑)。
Commented by sop-hitomi at 2006-08-10 00:33
すばらしいっ!鏡がある稽古場。それは感動ものです。
うさぎ屋さんの嬉しい気持ち、よく分かります。
by kuniko_maekawa | 2006-08-08 17:45 | オペラ・レッスン | Comments(3)

オペラ・レッスンのこと、演出のこと、舞台や絵画や色んなことを書きまくっています。
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