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言の葉のいずるよりも前にきみが好きだった

オペラレッスン・音楽編

本日は暑かったですね~!!日中外を歩いていて頭がぼーっとしてくるのがわかるくらい、蒸して蒸して。こんな中でもレッスンはもちろん、行われます。
今日は出張レッスンです。通常楽譜やリブレットを読む時は狭い我が家でやっていますが、音を入れて、実際に歌ってみるとなった時に、残念ながら音だしが出来る部屋ではありません。それで、ご自宅に伺ったり、スタジオを取ったりして、声が出せる稽古場所に出張します。そう言う形で今日もレッスン生のご自宅に伺いました。
ある程度楽譜を読み進めたら、時として実際に歌って見ることを勧めます。オペラの楽譜の情報を探し、リブレットを読んでイメージや単語の知識を増やしても、知識は知識。頭が膨らむだけです。それが悪いことではありません。もちろん、大切なことです。しかし、実際に楽譜を声にした時に、それらの知識が表現の道具として使われなければ、せっかくの机上の勉強も意味の無いものになります。
今日レッスンをした方は現在研究生機関に在籍し勉強をしています。そこでの試験のための演目をずっと勉強しているのですが、今日は相手役の方もいらして聴かせていただきました。レッスンの内容は、以前も書きましたから割愛しますが、研究生の授業でも、こう言うレッスンでも、台詞としてリブレットを読む時や、楽譜の情報を探している時には新しい感動や新鮮さがあって、読み方や色が変わるのに、音が入って歌うとなると急に何もなくなってしまいます。
それを気づかせるのにどうしても時間をかけざる終えません。何故って、歌っている本人達にはわからないのです。ちゃんと歌っていないと言うことが。
以前、私の師匠がある研究生機関のクラスを持っていたときに、目から鱗が落ちることがありました。そのクラスでは「チェッキーナ」と言うコメディ(オペラではブッファと言います)をやったのですが、その作品の中にサンドリーナと言う狂言回しの役があって、それをやっている女の子が何故か師匠の気に入らず、しょっちゅう怒られていました。師匠曰く「ちゃんと歌え」。しかし、その子は本当に良くやっていて、芝居もうまいし、声もあるし、私も含めて皆がどうして師匠が気に入らないのかわかりませんでした。その女の子も一生懸命色んな手を変えて頑張りますが、どうしても、師匠は良いといいませんし、「ちゃんと歌え」以外の駄目だしをしません。そこへ今は亡き中村邦子先生がいらっしゃって、その子の歌を聴いた途端、授業から彼女を連れ出してレッスン室へ拉致していきました。びっくりしつつも、授業を滞りなく進めているうちに、その子と中村先生が戻ってきました。それで彼女の場面を稽古し始めたわけですが、恐ろしく良くなっているのです。それと同時に余計な動きが無くなっている。なのに、ちゃんと彼女は役になっている。
余談ですが、私が神様からもらった能力があるとすれば、「気づく能力」です。これは結構自分でもすごいと思ってて、例えば、師匠の稽古を始めて見たときも、どんなに楽譜通りに舞台を作ることが大切か、そして、自分がそれまで良しとしていたものがどんなに意味の無いことだったのか、瞬時に気づきました。この「瞬時」が私にはあるのです。目から鱗とはまさにこのこと。そして、このときも、「気づいた」のです。
その子は「ちゃんと歌って」いました。これがどういう事かわかりますか?皆さんは歌を歌うと言うことをどう捕らえてらっしゃるでしょうか。綺麗な声を出すこと、音符通りに歌うこと、歌詞を間違えないこと。こう言ったことでしょうか?もちろん、どれも不可欠ですよね。しかし、本当に大切なことは、楽譜に書いてることを「ちゃんと歌う」ことなんです。オペラの楽譜には当然歌詞が入っています。その他の楽譜の情報は以前記事にもしましたが、音楽記号、音楽表記、ダイナミックス。それらをすべて台本のト書きのように読む必要があります。そして、それらを「歌う」ことが歌手の仕事です。その彼女はずっと「形」を作っていました。表情や、身体の動きや立ち位置など、そういったことを一生懸命作っていました。しかし、ただ、楽譜にあることをきちんと歌えばよかったのです。例えば、私達が日常使っている言葉も、感情的なことに左右されます。機嫌が良いか悪いか、好きな人か嫌いな人か。そういったことで「おはようございます」でさえ、言い方が変わりますよね。大切なことは、故意的にそういった感情を作るのではなく、リブレットや楽譜の情報からそういったことを読み取り、そのイメージを持った言葉を発語するために声を使うと言うことです。そうなると、声はその言葉を伝える道具になりますから、当然磨く必要があります。そして、舞台から少なくとも10メートル先にある客席に届かせるために、あますところなく身体を使って声を出す。サンドリーナをやった彼女は中村先生とのレッスンでそれを体現させられたようです。稽古場に帰ってきて、その場面をやった後、初めて師匠が「ちゃんと歌う」以外の駄目だしをしました。彼女は終わってから師匠に「歌うって、こんなに疲れるんですね」といって、失笑をかいました。「形」を作ることにこだわって、音楽をつることを忘れてた彼女はそれまで汗をかいて歌うことなんてなかったんだそうです。それが出来て、初めて音楽が客席に伝わると言うことが、その時わかったんですね。
今日レッスンをしたお二人も、歌いだした最初は、まったく身体を使わずに、こちらの投げかけに対して、ただ、おたおたしているだけでしたが、段々「歌う」ことの大変さと、大切さがわかってくると、急に体が動き出し、表情が着いてくる。そこに至らないと「歌ってない」と言うことに気づかないのです。これは、この先、私にとっても、ずっと課題になっていくことだと思いますが、とにかく歌うことが何よりも歌手の大切な仕事。今、オペラ歌手を目指して頑張っている人達に、一番理解して欲しいことです。
by kuniko_maekawa | 2005-08-05 00:05 | オペラ・レッスン | Comments(0)

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